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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/71 オレアノイド・ハルト・バディア商爵(ソレイラ視点)


 秒単位での作戦は、最終的には力業だった。


 それでも、これが今の私たちにとれる最善策であったのだから仕方がないと割り切る。……そもそも、ロッセイ公爵はともかくバディア商爵には、皇子殿下を生きて帰す気などさらさらなかった。だからあんな、不良品一歩手前の魔道具に閉じ込めたのだろうし、前提としてザキュラム皇帝陛下の血を引く正当な第一王位継承者を生かしておくメリットなどバディア商爵たちにはない。


 だからこそ少しでも早く、救出が必要だった。この作戦では姫様に相当なご負担をかけてしまうことが気がかりであったが、ここ数年、シャーロット様やエルシオ様、ジルファイス殿下と共に研鑽を詰まれた姫様の実力は我が国に在っては他の追随を許さないといっても過言ではないだろう。姫様がご自身の御力を過小評価されているのは、周囲におられる方々が常識から逸脱しているにすぎない。


 ――そうして今、轟音がする。私とダブ殿はそれと同時に動いた。次の瞬間金属音からわずかに遅れてぐしゃり、と。人の崩れ落ちる音がした。それは複数、四方から。


「……」

「へえ、いいコマ集めてるっすね!」


 へらりと、至極胡散臭いほほえみを張り付けたまま言うダブ殿。言い方はどうかと思うが内容には同意する。敵を減らすために剣をふるい、かなりの数が集まっていた私兵のうち戦闘不能に陥ったのは約半数。残りの半数は寸でのところで回避したようだった。


「っ、あんたら『も』囮とは……っ」


 私兵に守られたバディア商爵が言う。左袖の内で右手を握るしぐさをするのは、皇子殿下をとらえていた魔道具の爆破装置を試しているのであろう。先ほどの音から、すでに無意味と知っているだろうに。


「言ったじゃないっすか。皇子殿下を救出する手立てがあるって」


 私兵を平然と切り捨て、何でもない事のようにのたまうダブ殿は、先ほどからのバディア商爵との問答と全く変わらない調子だった。驚くほどに信用できない上に中身がないような会話で、のらりくらりとしていたけれども、その実ダブ殿はほぼほぼ嘘はついていない。内心、彼を敵には回したくないなと思った。まあ、あらゆる意味で『彼等』に敵対する気は起きないけれど。


 バディア商爵が舌打ちを大きくして、彼の背後にある扉……皇子殿下の監禁部屋を開け放とうとする。しかしそれよりも早く、扉は内側からバンッと開いた。


「ソレイラっ!」

「はっ」


 飛び出してきたのは姫様、その両脇を固めるようにルフ殿とケイラ殿。扉を開けようとしていた兵はお二人によってなぎ倒されている。皇子殿下はおそらく収納魔道具にいったん保護されているのだろう、お姿は見えない。けれど私は姫様のお顔に作戦の成功を悟った。


 姫様に付き従う私、この後の対応にためにパッと目配せをしてそれぞれ兵を減らしながら散っていくダブ殿・ケイラ殿。ルフ殿だけはこの場にとどまり、バディア商爵を相手取る。


「逃がすか!」

「貴様の相手はワタクシだ」


 叫んだバディア商爵に返すルフ殿をしり目に、私と姫様も駆ける。ここから私たちはまた、それぞれに異なる役割を持って動くことになる。


 私と姫様の役割は、敵を引き付けるということ。思ったとおり、私たちの中で抹殺対象として優先順位が高い姫様が先陣を切っているがゆえに、兵士の多くが私たちを追ってくる。先ほど持ち場へと散っていったダブ殿とケイラ殿、あの場に残っているルフ殿が、この後すべてを終わらせることになっている。それでもさすがは大商人の別邸というべきか、屋敷は広く敵兵は多い。できるだけ邪魔をするものを減らすのが、私たちの役目だ。


 ……なぜウィルネラム皇子殿下を保護しておいて一刻も早く逃げないのかと言えば、この邸は、実は入る方が易く、出る方が難いからだ。個人間転移魔道具も屋敷の結界から出なければ発動できないし、屋敷を覆う結界の性質上、入るときよりも出る時の方が解析するにしろ破壊するにしろ時間がかかる。まあ破壊できなくはないが、周囲の町に甚大な被害が出るから最終手段ということもある。


 なお、『出る方が難い』というのは初めからそうだったわけではなく、侵入者を逃がさない仕掛けを屋敷に施されたのだ。……我々が情報を集め、作戦を練っていた間、バディア商爵たちもただ泰然自若と待っていただけのわけがない、ということだ。そして後発動型でもあるその結界強化は、我々……正確には皇帝陛下が中に踏み入れたのちに、すでにその仕掛けは発動されていた。秘密裏に追加された仕掛けであったようだが、例のごとく『宝瓶』の隊員が持ち帰った情報に記されていたからもはや彼らは堂々とやるべきだったかもしれないと作戦を練っているときに思ったが、口には出さなかった。


 ともかく、そんなバディア商爵の目的は何度も言うように明快だ。姫様を含むご一家の殺害であり、その殺意は私やルフ殿たちにも等しく向けられている。私たちは彼にとって……ベルキス将軍にとって、『邪魔者』以外の何ものでもないのだから。


 ――視界の後方、ルフ殿と向かい合う姿に思いだす。オレアノイド・ハルト・バディア商爵とは、その本質はどちらかと言えば商人というよりも賭け事を好むギャンブラーだと口をそろえたのはメイソード王国の王子殿下お二人だった。


 だが、私はただそれだけの人物だとは思わない。確かに王子殿下お二人の見解は誤りではないと同意する。けれどそれだけではなく、……彼は騎士ではないのに、商人として生きてきたのだろうに、『金』ではなく『人』に忠誠を誓ってしまったお人なのだろうと私は思っているのだ。


 彼は常に賭けている。利益、金、評判、今後の展望、そして命。そうして結果、その鋭い頭脳で不利だと察しても、それでもベルキス将軍に賭けている。そのために他人の命を使い捨てる。……そういう人だ。


 ここで皇帝陛下を含む全員を殺すために、出入りを封じられたこの屋敷ごと消滅させる。ウィルネラム皇子殿下を私たちに奪還された時点で、その筋書きに沿って彼が動き始めたのを私たちは察している。


 だが、商爵。あなたはここで死ぬつもりはないのだろう。


 『宝瓶』の隊員が探り当てた。普段ほぼ魔術を使用しないバディア商爵がたった一つだけ極めたもの。そりが合わないらしいラクメイナム騎士爵に教えを請い、己の魔術属性に合わせて練り上げた魔術。エルシオ様が解析した、ラクメイナム騎士爵の土魔術であり、魂を乗り移らせてまるで本物とたがわない動きをできるという代物。それを、バディア商爵は光魔術で再現した。


 今、この邸にいるオレアノイド・ハルト・バディア商爵。あれは本人ではない。光魔術でそう誤認させ、その魂が乗り移ってあたかも本人であるかのように動いている『死体』だ。


 そう、彼の魔術は死体を光魔術による幻術で外見を似せたうえで憑依するという命を他人の冒とくしたものなのだ。


 それを聞いた時、それだけのことを成すほどに、ベルキス将軍とラクメイナム騎士爵、そしてバディア商爵の関係性は深く、強いのだと私は怖気と共に実感した。


 ……ベルキス将軍とその右腕と言われるラクメイナム騎士爵の関係は、私と姫様の関係に似ているといわれたことがある。否定はしない。私も姫様のお言葉であればすべてをかなえようと思う。時にはいさめることもあるだろうが、それができないのならば地獄へでも付き従いお守りする。そういった意味で、ラクメイナム騎士爵を、私は理解できる。


 一方で、ベルキス将軍とその左腕たるバディア商爵の関係性は、……どちらかと言えば、ザキュラム皇帝陛下とロッセイ宰相閣下の関係性に似ていると思っている。苦言を呈すこともする、間違っていれば止めることもする、それでも止まらないなら、願いをかなえるためにどんな手段でも厭わず支える。


 どんな手段を使っても、彼は皇帝陛下たちを殺そうとしているし、もしそれがかなわなかったとしても自身は生きてすべての情報をベルキス将軍のもとへ持ち帰るつもりなのだ。


 ……まあ、敵である私がここまで知っている時点で、全てはこちらの手のひらの上なのだが。










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