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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/65 均衡は揺れる、(オレアノイド視点)


 包み隠さずいうのなら、玄関破壊されたときはうわって思ったし、侵入者を発見した時はうげって思った。


 とりあえず、ザキュラム帝は嘘でももうちょっと神妙な態度をとるべきじゃねーの? 人んちの別邸を迷いなく壊すってどうなの? 拳ひとつで粉砕された正面玄関の強度は見直しが必要だなって思ったあたり現実逃避でしかない。


 ともかく、ザキュラム帝は玄関粉砕時に叫んでいたとおり、ロッセイ公爵との対話をご所望のようだったので、宰相閣下に任せてきたところだ。……本来、まともに交渉とやらを行うのであれば儂も同席すべきだったろうが、おそらくあの堂々としすぎたザキュラム帝の動きは囮だ。ザキュラム帝だけならば素でああいうことをやりそうではあるが、共にいるランスリー公爵家の『影』、そしてシルヴィナ皇女が暴走を許すとは思わない。……皇女、父親に似なかったみたいだもんな……。


 だからつまり、こうなると思っていた。


「さて、招いていないお客様ですな」


 ウィルネラム皇子の監禁場所、その部屋に行きつくために必ず通らねばならない通路で張っていれば、気配もなく忍び寄っていた人影二つを捕捉した。


 一人は儂も見覚えがある。顎のあたりで切りそろえられたプラチナブロンドの髪、抜けるような空色の瞳。皇女専属護衛騎士、ソレイラ・アキト・ジッキンガム卿。皇室ではなく、帝国でもなく、『シルヴィナ・アセス・ヴァルキア皇女』個人に忠誠を誓っており、その外見は美女であるというのにひとたび剣を抜けば魔物を三十匹まとめて吹き飛ばすという猛者である。


 そしてもう一人は全体的にやや丸い印象を持つ男。麦わら色の髪は短いが、前髪だけは少々伸ばしているのをピンで左右に止めている。丸い瞳の色は新緑。ただ醸し出す雰囲気は軽薄で、どこかけだるげでもあった。年齢的には三十代後半から四十歳程度に見える。


(ダブ、だったか? 『影』の副隊長という話だったな)


 宰相殿に聞いた情報から儂はそう推測した。


「招かれてないけど来ちゃったっす。皇帝陛下ったらやらかしたもんで、流石に皇子殿下が心配にならないっすか?」


 ダブ、という名だと思われる男はへらりと笑い、侵入者の分際で何の罪悪感もないかのように、むしろ仕方ないことだったのだといわんばかりの態度である。なんだこいつ。でも言い分は微妙に理解できる。ザキュラム帝の訪問態度は『話し合い』じゃない。明らかに『話し合い(物理)』だ。おとなしく応接室に案内されていったが、戦争以前もよく見た皇帝対宰相でガチ組手が勃発していないか実は儂、はらはらしている。ここ、儂の別邸だから。儂の家だから。人んちで破壊活動は慎んでいただきたい。


 ……まあ、だからつまり、彼らは、ザキュラム帝が(はっちゃけつつ)姿を現したことで儂にとってウィルネラム・アセス・イム・ヴァルキアの価値が半減したうえ、ザキュラム帝の暴挙ともいえる行動を都合よく解釈した儂が皇子を始末する名分を手にしたことを危惧し、ここに来たのだろう。ゆえに監視……あわよくばそのまま奪還目的だろうか。


「心配性なのですね。ですが、勝手に侵入されてはこちらとしても対処せざるをえないでしょう?」


 一応、にこりと笑ってそう返しておくが、へらへらしたダブの顔は変わらない。ついでにジッキンガム卿は安定の無表情で何も読み取れない。むしろ儂、ジッキンガム卿の表情が変わったところを見たことがない。


「んー。でも多分、皇帝陛下とロッセイ公爵の交渉は決裂するっすよ。あの皇帝陛下っすからね。だから保険はかけとかないと。皇子殿下をとらえているのはすぐ爆発する危険魔道具だって話っすもんね」

「本当によくご存じなのですねえ。では、その魔道具が遠隔操作可能だという情報も、もちろん手に入れていらっしゃるのでしょう?」

「そりゃ、俺ら本職っすから。知ってるんすよね、バディア商爵様?」


 こちらも相手も口元の笑みは変わらないが、少しずつピリピリとした空気が蔓延し始める。ゆっくりと兵たちが集まり始めている。彼ら二人を囲うように。気づかれているだろうか。いや、気づいていないはずもないな。儂にはまったく気配とかわからんけど、ベルはいつも敏感に反応をしていた。傍に付き従うラクメイナム騎士爵も同様だったのを覚えている。騎士やら間者やらには標準装備の能力なのだろう。


 儂に、戦う力はない。あるのは財力だけだ。


「……けれど、君らはここで見つかってしまいましたね。こちらに遠隔爆破装置があり、誰がいくつそれを持っているかわからない以上、迂闊に抵抗できないでしょう? なぶるも殺すも私の思いのままですね」

「そう、その遠隔操作のボタン、簡単に量産できるらしいっすね! だからいろいろ作戦考えたのに却下になってこんなことになったんすけど」


 脅しをかけるが、あくまでダブは軽い調子、そしてジッキンガム卿は無表情だ。……ジッキンガム卿は表情筋が仕事を放棄しているのではないかと儂は思ってる。


「そこまで知っているのなら、おとなしく殺されてくださいますよね。保険、かけられなくて、残念でしたね」


 これまでも監視で何度も忍び込んでいたのだろうが、……これは、彼らの失態か? それとも裏が……? そう考え眼を細めた時だ。


「えー。保険、成功してるっすよ。あんたも迂闊に動けないっすよね、今。皇子殿下の命の価値、全回復したでしょ?」


 変わらない軽い声で、彼は言った。意味を測りかねて問う。


「……それはどういう意味でしょう」

「だって、あんたが皇子殿下を今殺したら、俺らあんたを殺すっすよ? その辺の護衛兵に負ける気、しないし」


 息をのんだ。軽薄な、というよりも酷薄な、そんな笑顔だった。


「それに、俺らのこと甚振ろうが、殺そうとしようがいいけどさ。……俺らのどっちも、一番大事なものって皇子殿下でもこの国でもないって、よくわかってるんじゃないっすか?」

「……」


 おそらく、ダブという男の『一番』はランスリー公爵。そしてジッキンガム卿は……はあ、当然、皇女だろうな。つまり、切羽詰まったらこの二人、皇子を見捨てるかもねって言いたいのかよ……!


 儂の動揺を感じ取ったのだろう。ダブは笑みをぱっと軽薄なものに戻す。


「ほら、保険成功。俺らも基本、皇子殿下はご無事で取り戻したいんで無茶はしないっすけど、あんたも下手に動けなくなったっすね。……あ、それとも野望のためなら命くらい惜しくないタイプっすか?」


 そうだったら困るなあ、なんて、全っ然困ってない声で言いやがったこの糞野郎……!














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