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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第十章 世界の全て
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10/64 一歩間違うと悪役だが、考えてはいる(ルフ視点)


 あの男、囮として才能が有りすぎではないか。ワタクシたちはそう思った。


 襲撃は、真昼間に行った。薬によって眠り続けるウィルネラム皇子殿下を閉じ込めている箱型魔道具――名称を『塞の玻璃箱(さいのはりばこ)』というらしい――を監視する体制は昼だろうが深夜だろうが変わりはなかったからだ。奪還組であるワタクシを含む者たちにとっては迅速かつ繊細さが求められる作業であるため、昼でも夜でも敵への対処が同じなら昼の方がましだという結論に至った。


 そして今。こっそり忍び込んでこっそり監視役を無力化し、最終的に力技で『塞の玻璃箱』をどうにかしようとしているワタクシたち……ワタクシ・ケイラ・シルヴィナ皇女殿下の三人組は、遠い目をして行動の時を待っていた。


「……さすがお父さま。『正面突破』ですわね」

「……言葉どおりでしたね」

「……あまりにも正々堂々としていて敵側の困惑が伝わってきますヨ」


 ぼそぼそと言いあうワタクシたちの言葉通り、皇帝はあまりにも皇帝だった。彼はバディア商爵の屋敷の正面玄関を拳で破壊して言い放ったのだ。


「ジューリアーンくーん! こーんにーちはー! お話し合いにきましたー! うちの子返せやオラあああああ!」


 彼は皇帝ではなくチンピラなのでは? と疑いがかかるガラの悪さだった。実に堂々と現れ、堂々と正面玄関を破壊したザキュラム皇帝に、理解できない事象が起こったとばかりに門番たちは止めようとした動きのまま硬直し、本当にお前は『話し合い』に来たのか? とオロオロと揺れる瞳で語っていた、とのちに部下に聞いた。憐れだった。


 言っておくが、作戦通りだ。話し合った結果の行動であって皇帝の暴走ではない。皇帝の護衛のため追従している『宝瓶』隊員たちは顔をひきつらせていたが、計画通りなのだ。


 さて、この暴挙にも似た行動を作戦として許した背景には、当のザキュラム帝の言葉がある。


「バディア商爵はともかく、ジュリアンは私を殺す気はないだろうよ。……んで、現状『公爵』たるジュリアンに従う形になっているのなら、堂々と訪問してやっても即殺されることはないだろう。むしろ目立てば目立つほど、バディア商爵側が『偶然』や『どさくさに紛れて』私を殺しづらくなる」


 ペリドットの瞳に獰猛な色を浮かべ、口元に酷薄な微笑みをたたえた彼は言った。


 ――もう少し、作戦について説明しよう。まずワタクシたちは三つの組に分かれている。囮1(ザキュラム帝と『宝瓶』隊員)、囮2(ソレイラ殿とダブ)、そして実行犯(ワタクシたち三人)だ。


 囮1の役割は、とにかく派手に、目立ちながら『交渉の席に着くこと』。一週間後、とロッセイ公爵は言ったそうだが、別に律儀に待つ必要はない。『交渉しようと思ったから来た』、ただそれだけであるという頭を抱える案件も『ザキュラム帝ならやりそうだ』と各所が思うことだろう。ワタクシでさえこの皇帝は素でやりそうだなと思った。


 そしてこの囮1、おとなしく、しおらしく、まずは文書で伺いを立ててから訪問する……という手もないわけではなかったし、皇帝の言動によって襲撃と思われて爆破ボタンを押されたり、警戒態勢を整えられたら面倒だという意見も出たには出た。しかしその意見は打ち捨てられた。何故なら会議中、皇女殿下は言った。


「……いえ、たぶん、お父様が下手(したて)に出た方が警戒されるんじゃないかと思いますの」


 皇女殿下の言葉で我々は深く得心した。いや、それより前の皇帝陛下自身による証言ももちろんあったけれども。


 ともかくも、そんな囮1の裏で動くのが囮2だ。これはソレイラ殿・ダブという戦闘力と機動力を重視した二人で動く。いくら何でも馬鹿正直に皇帝陛下が交渉をしに来たと信じるほど敵方もおめでたくはない。なので、彼女たちにはこっそり動き、最短距離をウィルネラム皇子殿下の場所まで進んでもらうことにした。そして彼女たちはわざと(・・・)発見される。


「対バディア商爵が必要っすもんね」


 そう作戦会議中に言ったのはダブであり、彼は囮2に自ら立候補した。この役は戦闘力・機動力と同時に演技力と厚顔さが必要とされるのでどちらも持っているダブにはぴったりだろう。なお、同行者は鉄壁無表情を誇るソレイラ殿一択だった。


 囮2の二人は『(陛下がやらかしたので)ウィルネラム皇子殿下の安全を確かめに来た』という体を装ってもらう。相手が信じるかどうかは問題ではないし、十中八九信じないだろうが、……ここで重要なのが、皇帝が姿を現したことで、用済みとなったとみなしてウィルネラム皇子殿下をバディア商爵が切り捨てるのを阻止することだ。


 ロッセイ公爵の真意は未だ測りかねる。あるいは皇帝陛下にはある程度の推測ができている可能性もあるが、ワタクシたちにははっきりとはわからない。だが、バディア商爵の

目的は明確だ。


 商爵の目的――それは現皇帝・ザキュラム・アセス・ゼノム・ヴァルキア陛下の排除だ。ロッセイ公爵が要求したように、皇帝位を譲位するという方法もあるにはあるが、皇帝の性格からして現実的ではないだろう。


 すなわち、バディア商爵は皇帝の殺害をもくろんでいる。


 これまでは皇帝陛下の戦闘力が異様に高いうえに、ワタクシたちが強固に皇帝一家を守り隠していたためにそれを成せなかった。だが現状、人質を取られた陛下は敵陣に踏み込んでいる。これ以上ない機会だろう。


 ゆえに、皇帝を引きずり出した時点で、バディア商爵にとって皇子殿下を生かしておく意味は半減したといえる。交渉がどう転ぼうが、この邸から皇帝を逃さず殺害するつもりであるならば、皇帝の心情も言動も関係ないからだ。むしろ、愛息子を亡くし我を失った状態に陥れば、目的を遂行しやすいとさえ考えているかもしれない。


 だから囮2でバディア商爵を牽制する。人質は生きているから人質なんだぞ、と。ついでに実行部隊であるワタクシたちの眼晦ましとしての役割も担っている。


 囮1は、正面玄関を破壊からのあくまで『招き入れられて』屋敷内に踏み込む。まあ、皇帝陛下にあからさまな護衛が許されるとも思っていないので、随行する『宝瓶』隊員はしれっと『陰歩法』でついて行くことになるだろう。


 では囮2およびワタクシたち実行班はどうやって侵入するのかと言えば……これまでこっそりバディア商爵の屋敷に忍び込んで監視や情報収集をしていた部下たちと同じだ。屋敷に張られている対侵入者用の結界をばれないように解析・部分的解除してそっと忍び込むだけである。


 お嬢様やエル様の張るような高度かつ緻密、美しく完璧で厳重、だというのに威圧感すら感じさせない崇高な結界でないのならば、ワタクシたちには障害にならない。多少は解析に時間がかかるし――だからこそ『塞の玻璃箱』の解除は断念したのだが――熟練の魔術師ならばその干渉に気づかれる可能性もある。だが何度も侵入を果たしている時点で気づかれていないことは確実だった。


 それでも『気づいていて放置した』という可能性を考慮し、囮2も侵入までは行動を共にしている。その後、囮1と2が正常に機能したところを見計らって、実行犯たるワタクシたちが動くのだ。具体的に言うと、認識阻害の魔術をかけたまま、ワタクシが『陰歩法』で皇子殿下がいる部屋まで行き、見張りを眠らせ、その後個人間転移魔道具で皇女殿下とケイラがワタクシのもとへ来るという流れだ。


 正直、ここまでの流れだと皇帝陛下の文字通り『玄関からお邪魔します』以外の何が『正面突破(力づく)』なのかという話だが、本当の『正面突破(力づく)』はここからだ。ワタクシたち実行犯は、これから、この危険魔道具『塞の玻璃箱』を、解除でもなければ無効化でもない、『破壊』して皇子殿下を救出するのである。













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