2/20 彼の存在(エルシオ視点)
「何を騒いでやがる!」
男の声が、室内に響いた。荒々しい足音。
唐突に差した光に、一瞬目がくらむ。
「クソガキが……大人しくしてろっつっただろうが?」
男たちは、複数。みんな仮面のようなものをつけている。でかい図体に、雑な身なり。絶対に貴族じゃない。筋骨隆々、腕っぷしはありそうで、その見てくれだけで恐怖を覚えるだろう。
――普通なら。
でも、今の僕は、怒りも憎しみも冷めない眼で、男たちを睨み上げる。
「……黙ってくれる?」
低く唸る。
こんなの、相手にしている暇はない。
こんなのを、相手にしたいわけじゃない。
僕が話をしたいのは、彼女だけ。
僕を騙して嗤ったあの人だけだ。
僕の剣幕に、男たちはぎょっとしたようだったが、すぐに体勢を立て直して拳を振り上げる。
「ちっ……このクソガキ、まだわかってねえようだな!?」
でもそれを、僕は避ける。
何でもないことのように。
彼女がやったみたいに。
頭の中が沸騰するようだ。
かつてない感情の嵐が、体中を駆け巡っていく。
「なっ!?」
「おい待て、何で縄が……!?」
にわかに男たちが慌て始めた。どうでもいい。ていうか邪魔。煩い。退いてくれないかな? 探しに行けない。
無視していこうとして、でも、まだこいつらはしゃべっていて。
「まさかこいつが自分で――」
耳に勝手に、入ってくる。耳障りだ。煩い。無視しようと、思った。
――けど。
「――いや。こいつが自分で、何にもできるわけがねえ。だって……」
その言葉、が。
引き金のようだった。
体が熱い。
「……もう一度」
「は?」
歩みを止めて、問う。
「もう一度、言ってくれる?」
何にもできない?
僕が?
――誰も彼も、そんな風に僕を思っているんだね。
僕が睨むのを、男は笑った。多分、この誘拐犯たちの中でリーダー的存在なのだろう。さっきから道をふさいで、ホント邪魔。
奴が、口を開こうとする。嘲るように。
いうな。
頭の隅が警告を発する。さっきの自分の言葉と矛盾している。でもそれ以上は、何もしゃべらないでほしい。
僕は、もう。
冷静さを、保たなきゃ。
振り切れる。
全部が。
――でも。
「は、聞いてるぜ? 魔術も使えねえ、落ちこぼれ、ってな?」
刹那。
爆発だった。
駄目だ。
――彼女の嘲笑が、耳元で蘇る。
得体のしれない何かが、僕の中で湧き上がって――。
燃えた。
「落ちこぼれ? 僕が!? 何にも知らないくせに、僕のことを――!」
叫んでいたことにも、気づかない。暴走していく。感情だけが、先走っていく。
だって悔しい、悔しい。
そう在りたくてできないわけじゃない。
出来ないなりに頑張ってきた。なのにそれを全部否定して、魔術が全てだとでもいうのか。僕の存在も努力も無駄だっていうのか!
「は!? あ、うああああ、あ! なん、ああああ!!」
男たちが慌てふためく。
悲鳴が上がる。
醜い叫び。
恐怖の声。
でもそれ以上に僕の心は憎悪で満たされて。
なんで、どうして、
……ただ僕を僕として、認めてよ。
自分が何をしているかなんて、判らなかった。
燃えていく。燃やし尽くす。全部全部全部。
僕は同じことを、繰り返す。
何が? わかんない。
どうでもいい。
悔しい、憎い、嫌だ。……悲しい。
全てが。
消えてしまえと、思ったんだ。
頭が高揚する。感覚が麻痺していく。駄目だと思う意思はとっくに潰えている。どこまでもどこまでも。
もっともっともっと。
そう願った、時、だった。
業火が全部、凍り付く。
「――それ以上は、駄目だよ、エル」
声が響いて。
ぐら、と視界が、かしいだ。
何が起きたのかわからない。
ただ、目の前が暗くなった。