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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第二章 家族の定義
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2/13 選択肢は用意されていない(エルシオ視点)


 どういうことだ、聞いた覚えのある家の名前がなぜか怪談になっている。


 聞きたかったけど、僕には口を出す権利なんてなかった。だから聞き耳を立てて話を少しずつつなげるのに時間がかかった。


 どうにも、ランスリー公爵夫妻が亡くなってから、公爵領はかなり荒れた状態だったらしい。でもそれがここ最近、目覚ましい勢いで回復したと思ったら、ランスリー領領主代理を務めていた貴族が突如検挙された。

 あれよあれよというまに証拠が積み重なって、領主代理は断罪。

 なにかにとりつかれたかのように執務にいそしんでいた元領主代理の話や、人見知りで有名だった、黒髪の公爵令嬢が豹変したという話。


 曰く、ランスリー公爵領には悪霊が憑りついている。


 どうしよう、筆頭公爵家に何があったというのか。


 眉唾物のうわさもあり何処までが事実かは僕にはわからない。ただ、ランスリー公爵領が一度経営を傾けながらも持ち直したってこと。そして、現在公爵家にはなぜか突然人見知りをやめた、僕と同い年くらいの令嬢がたった一人しかいないっていうこと。それは確かみたいだった。


 ――それを聞いて僕が感じたのは、同情だったのか、共感だったのか。

 可哀想だなあと、思った。


 両親に愛される、というのがよくわからなくなっていた僕だけど、それでも今まで傍にいた人がいなくなって、家の経営も大人の都合で振り回されて。


 きっとその子も、寂しいだろう。


 その感情は、憐みに似ている気もした。

 でも多分あの時の僕は、その子だったら、僕のことを見てくれるんじゃないかって思ったんだろう。


 だって、僕も、寂しかった。


 それでも会う機会なんてないだろうと思っていた。一度は養子の話が上がったとはいえうやむやに立ち消えてしまっていたし、相手は筆頭公爵家。伯爵家三男で落ちこぼれの僕では関われるはずもない。

 なのに、ある日唐突に、本当に本当に久しぶりに、父上に呼び出された。意図がよめなかったから、この人は僕の存在を、まだ覚えていたのか。そんな風にしか、思わなかった。

 けれども、そんな醒めた感情は父上の言葉によって吹き飛ばされた。


『もう一度、養子の話を進める』。


 近年だらしなくなってきた腹回りをさすりながら、口の端を吊り上げて、そう言ったんだ。

 ――頭の中が、真っ白になった。

 馬鹿みたいに、口を開けていたんだと思う。


 何を言いだしたこの父は。


 まず最初に嘘だ、と思った。

 公爵家から再度言われるのであればまだしも、伯爵家から蒸し返せるほど軽い話じゃない。それでなくても、断罪された元領主代理の事でごたついているだろうに。


 でも、父は書類をかき集めて、申請をしに行って。証拠を集めて、以前の話の証人を集めた。そこまで積極的に、生き生きと動く父は初めて見た。

 そして半年後には、ランスリー公爵家にも話を通したとまで言った。


 その時の僕の状態は呆然、と言うのがふさわしい。

 兄弟たちの嫌がらせも、はっきり認識することもできないくらいに驚いていた。

 それが、『逃げ出せる』という思いからだったのか、そんなにも僕を家から追い出したいのかという哀しみかは判別できなかった。


 でも、きっとどちらも、というのが正しかったんだろう。


 ランスリー家の使用人たちが契約のために家に出入りするようになって、父も頻繁にその為に出かけるようになって、ようやく事実として頭に入ってきたそれ。

 喜べばいいのか、悲しめばいいのか。期待すればいいのか、絶望すればいいのか。

 わからなかった。


 だって、一度立ち消えた話が再燃したとして、もう一度消えない保証なんてない。ランスリー公爵家が言い出したんじゃない、アッケンバーグ伯爵家からねじ込んだのだ。

 公爵家の一声で潰える脆さしかない。


 そして、引き取られたとして、公爵家で僕みたいな落ちこぼれが丁重に扱われるなんて、誰が思うんだろう。実の『家族』だって僕をちゃんと見てはくれないのに? ……本当に跡取りとして扱ってくれるなんて、思えなかった。


 ――幸せなんて、幸福なんて。

 期待してはいけないと思った。

 だって期待して裏切られたらきっともう立ち上がれない。


 怖かった。

 引き取られるのが、怖かった。


 だってこの家は居場所なんかないけど、悦びなんてないけど、それでも殺されたりまではしない。疎まれても憎まれても嫌われても、もう慣れてしまった。

 彼らが僕を家族と思っていなくても、逃げ出したいくらいには息苦しくても。

 新しい場所で、もっとひどいことが、待ってるかもしれない。


 本気で逃げれば、どうなるだろう。


 何もかも捨てて逃げ出すという選択肢もあった。

 でも、その選択肢を選べばきっと死ぬしかないということも分かっていた。

 それが分かるくらいには自分を知っていた。


 疎まれていたとして、愛されなかったとして、殺されたりまではしなかった僕は結局死に直面したことなんてない。

 貴族として曲がりなりにも今まで生きてきた僕は市井で生き抜く人脈も能力も方法もない。それを学べる環境なら学んで、きっともっと早く逃げていたと思う。あの人たちはそんな僕を追うほど僕に興味がないから。


 でも、それらの知識を得られるほどの自由も伝手もなかった。使用人だって僕には近づかないから、世間話も出来なかった。

 市井に逃げて野垂れ死ぬか、公爵家へ行くか。

 その二択しかないなら答えは僕じゃなくても決まっている。


 父の仕度に時間がかかって、時間を大幅に遅らせてしまったけれども、それでも僕は公爵家についた。

 ――ああ、この扉が、開いたら。


 どう、なるんだろう。


 膝が震えて、どうしようもなかった。















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