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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第二章 家族の定義
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2/12 特別じゃなくてよかった(エルシオ視点)

ここから怒涛のエルシオ少年視点が続きます。


 僕の名前は、エルシオ・アッケンバーグ。……ううん、今は、エルシオ・ランスリー。

 生まれ育った家であるアッケンバーグ伯爵家を離れて、半月前に引き取られたのがここ、『ランスリー公爵家』。メイソード王国筆頭公爵家だ。

 そんな名門の家で、僕は一応、家督を継いで次期公爵となる……らしい。


 らしいっていうか、ランスリー家唯一の直系で形式上は僕の『姉』に当たる少女、シャーロット・ランスリー嬢に輝く笑顔で言い切られたから彼女の中では決定事項なのだろう。なんで彼女はあんなに笑顔だったんだろう。眩しかった。


 ――まあ、最初にこの話を聞いた時には何の冗談だろう、としか思えなかったけれど。今でも、半分くらいは夢なんじゃないかと思ってしまう。

 この半月のことは全部夢で、目が覚めたら伯爵家で『家族』に囲まれているんじゃないかって。


 だって、あの、『ランスリー家』だ。歴代当主の功績も目覚ましく、何よりその血筋は王家からも特別視されている。

 誰もがうらやんで、今の僕の立場を求めている。大きな肩書きと権力にはそれ相応の責任と代償が伴ってくるけれど、それでも『ランスリー公爵家当主』の座を手に入れたい野心家は多いのだ。

 その家を、なんで僕が……僕なんかが。多少の血のつながりがあるとはいっても、伯爵家の三男で落ちこぼれだった、僕が?


 だって僕には、力がない。


 貴族の間ではできて当り前の魔術。それができないなんて、お荷物以外の何物でもないって、判っている。魔術をどれだけ使えるかで選べる将来の選択肢は飛躍的に広まるし、それは貴族のステータスだ。特に伯爵家という貴族位の中では中間に位置する家柄で、かつアッケンバーグ家にはこれと言った『特別』がない。だから魔力量や魔術的技量が貴族間の評価を左右する。


 良くも悪くも『平均的』な貴族がアッケンバーグ伯爵家。その中で、僕は魔術を行使できない『落ちこぼれ』。

 そんな僕を引き取って得られるものは何だろう。


 わからなかった。


 わからないから、怖かった。

 わからないものに、見えないものに、理解できないものに、手を伸ばすのは怖くて仕方がなくて、だから前に進む勇気もなかった。

 自分の意志を主張できる強さも、アッケンバーグ伯爵家に居続ける強さだって僕にはなかったから、今僕は『エルシオ・ランスリー』なのだけど。


 ……だって生家に居場所がないことは判ってたんだ。


 初めてランスリー家から話が来た時のことを、今でもよく覚えている。二年近く昔の事なのに、昨日の事みたいに思い出せる。

 妙に上機嫌だった父上。いつも以上に歪んだ空気と、普段は僕を見ないようにしているのにその時だけは鋭く刺さった兄上たちの視線。


 欲。歓喜。妬み。嫉み。蔑視。

 入り混じる彼らの感情は、彼らの間で交わされる言葉たちの中ではとてもわかりやすかったことを、覚えている。

 一度だって、僕自身の意見なんて求められなかったことも。


 家督を継ぐには十分な資質を持っていた兄二人がいて、姉もいた。何も持っていない僕は、何の期待もされていなかったんだろう。


 今だから思うのは、あの場所で僕は、息を殺して、生きていた。


 だから多分あの時の僕は助けてほしくて、でも助けを信じることが出来なくて、一歩も動くことができなくなった。

 そして、その僕の不信の罰だとでもいうように、正式に養子の話が決まる前に入った一報。

 ランスリー公爵夫妻を襲った不幸。

 既に話はだいぶ進んでいて、僕が養子に入るまでたいして間もないだろうという時期、立て続けに二人が倒れたという連絡が、伯爵家に舞い込んだ。


 父上にとって僕は『厄介者』以外の何物でもなかったのだと思う。


 だって、ランスリー公爵夫妻の病の報に、口先で心配を述べながら落胆を浮かべたのを見てしまった。

 知らなくてよかったのに、見ない方がよかったのに、

 厄介払いまでの時間が伸びたことに苦虫を噛み潰したような顔をしたあの人にとって、僕という存在はそれほどまでに目障りだったのかと判ってしまった。


 知っていたけど、分りたくはなかったんだ。

 そんな父の本音も、兄弟たちの嘲笑も。


 そして、もたらされたランスリー公爵夫妻の訃報。


 いきができなくなるかと、おもった。


『もうここから逃げられない』と、思った自分が嫌だった。


 父と呼んだ人が、母と呼んだ人が、確かに同じ血を引く兄姉が、僕を『いらない』と思っていることが理解できて、僕の幸せを『願っていない』ことも分かってしまって。


 愛されていないのは知っていた。

 でも彼らを『家族』だと思っていた。

 ……『家族』だと、思っていたんだ。


 なんで、僕は『こう』なんだろう。

 五歳のあの日――魔力の測定の日までは、父も母も、兄も姉も『家族』だった。使用人たちだって等しく接してくれていた。


 ただ魔術が使えない、そんなことで壊れる『家族』ってなんだろう。


 ――無条件で、愛される、なんて。

 何時まで信じていられただろう。


 魔力測定から帰って、すぐに初歩的な魔術を習い始めた。でも、僕は火も水も土も、雷も風も光も、何一つ使うことができなかった。

 最初だから、とか、子供だから、とか。

 その言い訳が通用するのも最初だけ。


 陰で顔をしかめていることは、知っていた。隠すのが下手な人たちだったんだ。……隠す気がなかっただけかもしれないけれど。本当に幼かった僕にもわかるくらいには露骨だった。

 焦った。未来が分かったわけじゃない、でも嫌われたくなくて、怒られたくなくて。

 怖かったから、何度も何度も練習した。教師にわがままを言って、縋った。

 一年がたつ頃には、視線に侮蔑が、籠っていた。


 失望。諦め。


 どうしてと泣いても、誰も助けてくれなかった。

 なぜできないのかがわからない。どうすればできるのかもわからない。


『一族の恥』という言葉を聞いた。


 アッケンバーグ伯爵家は、わずかながらにランスリー公爵家と血のつながりがあって、だからか代々魔術を得意とするものを生み出す傾向があった。一番上の兄上は魔術・剣術ともに文句なかったし、二番目の兄上は剣術の方が得意ではあったけど魔術だってちゃんと使える人だ。姉上は魔力量は少ないけど、その分扱いが上手な人だった。


 誇りを踏みにじったと、父は言う。

 家名を穢したと、兄たちは言う。

 母さんは不貞を疑われて、僕のことを毛嫌いするようになった。

 僕の声なんて、どこにも、誰にも、届かない。聞いてもらえない。

 どれだけ勉学を頑張っても、どれだけ剣を振っても。


 ……じゃあ、どうすればよかったんだろう。


 養子の話が流れてから、針のむしろに座らされているみたいに、視線が、無言の圧力が痛かった。食事はいつもひとりきり。勉強か、剣で兄にしごかれる以外には極力自室にこもった。部屋の外に一歩でも出れば、いや、実際には部屋の中に居たって、僕の居場所なんかなかったけれど。


 でも、そんな中、舞い込んできた噂は。



『ランスリー公爵家の怪』だった。







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