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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第二章 家族の定義
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2/9 切り捨てきれない、


 いや、私とジルの個性は置いておこう。

 個性は大事だけど、いったんおいておこう。


 エルシオ少年である。


 彼はまだここにきて日も浅いし、伯爵家での扱いはなかなか記憶から消えないだろう。苦しい思い出は簡単には薄れない。

 軽んじられてきたから、大事にされている現状が続くことが多分安易に信じられない。


 まあだからといって安い同情するほど私は単純じゃないけど。

 事情も生まれ育ちも人それぞれ。王子で両親が健在なジルであっても苦悩がないわけじゃないのだ。


 だから私がエルシオ少年を引っ張ります。端的に言うと振り回します。今もすでに振り回してるけど。


 ……授業メニュー、割とかぶってるからね。


 ……いや、丁度いいんだよ、ダンスとか特に。身長の合ってる相手役として。他にも剣技とか魔術講座はほら、うちの筋肉達磨と魔術狂があれだから。繊細なエルシオ少年に向ってあの大分常識と礼儀が摩耗している二人が私にやってるのと同じことやろうとしたから。あの人たちはせっかくうちに来てくれた美少年を何だと思っているのか。


 うん、最初はね、男の子だし私とは別の時間帯に授業しようってことだったんだけど。背筋を這いあがる不安に駆られた私が最初の一回だけ見守ろうと思ってついていったの。そしたら、なんという事でしょう、二人がかりでエルシオ少年に全力で筋肉と魔術を向けるではありませんか。

 もちろん光の速さで回し蹴りした。あの時の私、潜在能力を出し切ってキレッキレの動きだったよ。いつもは防がれる攻撃が、ふいうちとはいえ変態二人に見事きまったからね。


 変態には、その後昏々と説教をしました。

 まあその時のエルシオ少年の顔はちょっとすごかった。恐怖、驚愕、唖然茫然。

 そして最終的にすごい未知の生き物を見る目をされた。


 対象は、筋肉達磨と、魔術狂と、私。


 違う、私はエルシオ少年を守りたかっただけなんだ。口に出さずに瞳でホントに貴族令嬢ですかって語らないで。そんな根本的なこと疑わないで。ホントだよ。生粋だよ。中身がチートな日本人なだけだ。ハイスペック万歳。


 でもまあ、エルシオ少年も充分ハイスペックなんだけど。

 勉強もダンスも剣も、思った以上にできてるし。

 領地経営とかの方面は、今まで三男だってことで縁がなかったのか、絶賛猛勉強中だけど。

 教師曰く、物覚えが大変宜しくて優秀だとか。


 まあ、本人はコンプレックスとトラウマの塊でそういう自分の優秀さを認めないんだけどね。見た目も、せっかくの美少年なのになよっちくて嫌いらしい。なんてこった。外見は武器なのに。

 私がいい例だ。あり得ないような美少女から繰り出される容赦ない必殺攻撃。労せず油断を誘えるのだ。超便利。

 容姿は釣りにも使える。儚げ美少年だというならショタコンを釣り上げて後々の手駒にしようではないか。あの手の変態には世間体と言う言葉が効くのだ、弱みを握って利益をかすめと……


 ……いや、話がそれた。


 ま、コンプレックスの際たるものはやっぱり、魔術を行使できないことなんだけど。

 まあこれに関しては実は、私は知っている。

 エルシオ少年自身でさえ知らない、と言うよりも意図的に忘れているであろう、彼の魔術の真実。


 エルシオ少年は、魔術が使えないわけではない、ということを。




 使えないのではなく、使わない。




 ……意図すらできない潜在意識の中で、エルシオ少年は自分自身の魔術の行使を忌避している。


 それによる弊害が伯爵家総出の迫害と言うか虐めであって、それももちろんトラウマなんだろうけど。

 物心ついてるかどうかも怪しいころの、誰も知らない事件。これが、一番のトラウマで、魔術を使えるようになって家族に認められたい、というエルシオ少年の悲願すら凌駕している。


 まあなんでそんな本人も家族も知らないプライベート情報を私が握っているのかと言えば前世知識ですけど。

『明日セカ』ですけど。


 主人公ちゃんが癒していくエルシオの心の闇の、一番根源となる部分。

 ちなみに、『物語』ではこれを解消することでエルシオは魔術、使えるようになります。もともと魔力は多かったから、魔術騎士として、『物語』の中ではなかなかの活躍だった。


 まあそれはいい。


 そんな彼のトラウマは何なのか。

 早い話が、人を傷つけてしまった経験だ。


 事件の概要を説明しておくと。


 幼いころ――三歳くらいだろうか、エルシオ少年は、その身分や美貌ゆえに賊に誘拐されてしまった。 この世界で魔術の勉強したり適性を調べたりするのっていろいろと安定し始める五歳になってからだから、エルシオ少年も周りも、全く彼の力なんか知らなかった。


 しかも、エルシオ少年は夜中にさらわれた。その上結構やり手な犯人だったのか伯爵家の当主が残念なのに比例して警備も残念だったのか。それはわからないが、邸の人に誘拐はすぐに発覚しなかった。


 たった一人で、幼い子供が抱いたのは恐怖とパニック。

 招いた結果が犯人相手の魔力暴走だ。

 高い魔力がある意味で災いしたのだろう。生み出された魔術の炎は、犯人を骨まで焼き尽くしてしまった。


 殺意がなくても、正しく現実が理解できなくても。


 ――たった三歳の子供には、耐えられるはずもない。


 でも、犯人とやりあったそこは森の中だったらしいんだけど、エルシオ少年は自力で私室まで帰ってきたそうだ。無意識に転移魔術でも使ったらしい。光る潜在能力。

 でもそのままベッドに倒れこみ、寝込むこと一週間。それを家族――と言うか伯爵家はわけもわからず、ただ体調を崩しただけだと思っていた。ほとばしる鈍感力。


 しかしそれがあの家族にとっての真実になった。

 なぜなら目覚めた時エルシオ少年は事件の全てを忘れていた。


 心に傷だけを残して。


 だからエルシオ少年は五歳になって、適正は確定されたのに、魔術を使えない。

 そこからは、もう調査通り。


 やだ、重々しい。


 この子も普通に主人公張れるよ。なのにあて馬におさまってるのはあれだね、きっと『シャーロット』に突っかかる様が実父譲りの残念臭を醸し出しちゃったんだね。


 まあともあれ、『物語』ではそんな諸々の傷を、やんわりと、天然に包み込んで、時間をかけて癒していくのが主人公ちゃんなわけで。

 ――私も、本来ならそれが誰も傷つかない方法なんだろうとは思う。

 思うだけだけど。


 エルのトラウマを、イレギュラーな形とはいえ知っている身ではあるが、ぶっちゃけ私の柄じゃない。あと時間がない。


 つまり私が癒していくのも、主人公ちゃんの癒しを悠長に待つものできないわけだ。だって、『物語』では伯爵家三男でも現実では公爵家次期当主。それが危うい爆弾を精神に抱えているのは非常に困る。


 私はあの子の潜在能力を買っている。

 でも、世の中そんな甘くない。

 だから、そう。


 打ち解けてきたところで、そろそろ荒療治が必要かなー、なんて思うわけだ。










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