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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第二章 家族の定義
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2/7 ぶつかって、手に入れる


 観察して美少年にしみじみしているうちにアッケンバーグ伯爵との談笑という名の社交辞令は終わった。私がしみじみと観察していたことに気づいていないようで何よりだ。いやほんと全然伯爵は気づいてないな。もうちょっと視線に敏感になろうぜ、危機感のなさにびっくりだ。


 ……じゃなくて。


「ええ。アッケンバーグ伯爵。私もまだまだ未熟な身ですが、努力は惜しみませんわ。誠心誠意、家族として仲良くしていきたいと思っております」


 うふふ、あはは。

 とりあえず典型的な返事をして笑う。

 ……社交辞令って素晴らしいよね。楽しくなくても笑顔のオンパレード。裏は真っ黒で責任のなすりつけあいだとしても表面は穏やか。たとえ内心ブリザードでも。人間だれしも本音と建前があるものだが。


 まあいい。


 これで顔合わせも完了だ。顔合わせっていうか三者三様、伯爵の空回り対談だったけど。ていうか肝心のエルシオ少年ほぼしゃべってないけど。自己紹介すらしてないって何それ? 伯爵が勝手に紹介してエルシオは会釈しただけっていう。喋らせようぜ? 家で生活していくのは伯爵じゃなくてエルシオ少年だぜ?


 多分、今日この部屋に入ってきてからの伯爵のこの態度は、もちろん私を侮っているというのもあるんだろうけど。一番はエルシオ少年を軽んじているからなんだろう。そして、それが私にも共通する認識だと思っている。


 貴族には割り切るということは必要だ。でも、そういう割り切り方は、好ましくないなあ。


 いや、それは一旦置いておこう。


 それより社交辞令が終わったのだから早く伯爵は帰してしまうに限る。ランスリー家とパイプをつなぎたい一番の理由は経済的支援と後ろ盾を欲しての事なのだろうから。

 だが、契約以上のことをする義理はこちらにはない。


 なのでさて、帰れ。

 できれば二度とまみえないで済むことを願う。これから先しばらくは現領主代理殿が彼とやりとりをするから会う機会もおよそないはずだが。ていうか極力つくらないようにしたい。


 だって私は無駄が嫌いかつ先ほどまでのアッケンバーグ伯爵との会話は私の記憶の中にほぼ残っていない。

 つまりこいつとの時間は、私にとってまるっとぜんぶ無駄ってことだ。


 いやいや、私も観察とかしてたし、エルシオ少年と比較したりしてたけども。それはそれなりに楽しかったけど。

 ――それを差し引いても、中身のある会話じゃなかったし。そもそも暇つぶししなきゃいけないほどに暇だったから。


 無駄=来んな帰れ。


 これが私の常識ですが、何か。多分ジルの辞書にも同じことが書いてあると思うよ。


 そして笑顔で相手をしきって不愉快な思いをさせなかった私はたいへん大人な対応であったと大いに尊敬してほしい。まあジルには『貴方の猫かぶりには尊敬ではなく恐怖を覚えますね』と笑顔で言われたけど。同じ穴の狢のくせによく言う。


 ともかく。一応見送りにも出たし。最後の最後で、


「ではな、公爵家の方々に迷惑をかけるんじゃないぞ」


 とかなんとか言っているところまでばっちり聞いた。それが一応の家族愛だったのかもしれないが残念ながら私がこの対談で迷惑だったのは主にアッケンバーグ伯爵本人である。帰ってくれて何よりだ。


 さて。


 無駄な接待も終わったし、本題に入りましょう。

 ――もちろん、エルシオ少年だ。

 なぜならばエルシオ少年、いまだにまともに話していないという事実。


 存在感よ帰って来い。


 もうちょっと主張してくれ少年! はっちゃけようぜ! 大志を抱いて夕日に向かって走れ! ……あれ、なんか混ざった。


 でだ。


 そんなエルシオ少年、本当に儚げだわあ。

 とりあえず、使用人さんたちには下ってもらって二人にしてもらいましたけれども。


「……では、改めて自己紹介をしましょう。私はシャーロット・ランスリー。同い年ですが、便宜上はあなたの義姉、という事になりますわ。よろしくお願いしますね」


 とりあえずは伯爵が居なくなったテーブルに向かい合って、微笑みつつ声を掛ける。まあ、礼儀だよね。親しき仲にも礼儀ありっていうしね。まだ親しくないんだから、余計に大事。

 だから私からそう優しく声を掛け、

 声をかけ、

 声を、

 声……


「……」

「……」


 なぜに沈黙。


 お前は人形か。その口は何のためについている。穴か。食い物吸収するための穴か。縫うぞ。


「……エルシオ様?」


 名を呼ぶと、肩をびくりと揺らして引いた。引くな。野生動物を相手にしている気分になってきたが目の前にいるのは義弟であり貴族子息の少年である。それがなんという警戒心。あのキツネ顔な実父に分けてあげればいいと思う。


 なんだこれ。エルシオ少年の幼少期ってこんな感じだったの? あれだな、旧版のシャーロット並みの人見知りだな。

 アッケンバーグ伯爵に遠慮して喋らないのかと思ってたが違ったらしい。


「……エルシオ様……?」

「……」


 なぜ、もう一歩、引いた?


 やだ、肉食獣系令嬢の片鱗は出てないと思うんだけど。……でも、ああったくもう、埒が明かない。


 というか、面倒臭い。

 何度も言うが、無駄は嫌いだ。


 そう思ったからには笑顔全開。エルシオ少年、上目づかいに若干動揺。うん、自分でもこの笑顔はとっても優雅で優しそうに見えるって知ってる。知っててやってる。『確信犯のあなたには詐欺師の素質が十二分にある』と前世今世どちらの友人にも言われた折り紙付きだ。


 たちが悪い? 何を今更。

 エルシオ少年がだんまりなのが悪いと思います。

 ていうかだ。


「喋らんかいこの朴念仁」


 飛び切りの笑顔で飛びだした悪態にエルシオ少年は硬直しました。

 おっけー、常識的な反応キタ。


 華麗に猫を脱ぎ捨てた瞬間のこの清々しさ。たいていの人は衝撃を受ける。うちの使用人さんたちも脱四面楚歌後からタイミングを見て徐々にやらかしてみた。でも大分信者だった使用人さんたちは割とすぐに現実に返って来た。ちょっと怖かった。


 でもその後から本格的に打ち解けたのだからつまりは家族として扱い、本音でしゃべってほしいなら本音をさらせという事だ。そういう理由でこの家に居住する者の中で私が猫を投げ捨てていないメンツは現領主代理だけです。なぜなら領主代理は領主代理であってあくまで国王の配下だからです。


 ていうかね、アレだ。面倒臭い。切実に、面倒臭い。家族ということはこの先も一緒にいるのだ。取り繕う期間が長ければ長いほど疲れるだけだし無駄。


 そして動きにくい。私は対外的には『普通』の範疇におさまるように取り繕っているが、信用できる人間の前でまでは誤魔化していない。王子であるジルだって私が『普通』ではないと知っているように。


 そして情報規制が楽しい私が知る必要がないことを外部に漏らすことはあり得ない。まあ出たら出たで何とかすることは出来ない事もないってのもあるけど。


 エルシオ少年を逃がすつもりもないけども。


 さて。


 エルシオ少年は見た目通りというかうちの使用人さんより繊細なようでまだ混乱の真っただ中。でもね、いきなり戦う肉食獣系令嬢を見せつけられたジルより衝撃は薄いと思うの。と、言うことで、現実に戻っていただくためにももうちょっと揺さぶりをかける。まずは声を聴かないと。


「喋らなきゃあ何にも伝わらないでしょう。さあ口を開いて息を吸って」


 あくまで笑顔だ。

 活舌能くはきはきと。

 オブラートとか建前は猫の餌にして散歩中だ、しばらく帰ってこない。


「あ……」


 お、声でたな? もう一息。


「声が出るなら自己紹介をしましょう。君の名前は知っているが名乗るのは礼儀。これ常識。さあ、repeat after me 『エルシオ』!」

「り、りぴーとあふ……?」


 そこじゃない。


 いや、こっちの世界に英語とかないから意味わかんなかっただろうけど。


「あなたの名前は何ですか?」

「え、エルシオ、です」


 はい、よくできました。笑顔でかけた圧力に引き攣ってたけどちゃんと言えたね、お姉ちゃん嬉しいぞ☆


「エルシオ君、今幾つ?」

「じゅ、十歳です……」


 そうそう、その調子☆


 ……。………。


 あれっ、目の前の彼は年齢的に同級生……? うん、いや、我ながらちょっとおかしな方向に進んでるとは思ってるんだよ……。


 ……でも、あれだ。とりあえず、この極度のコミュ障を解消すべきだし。

 もうちょっと慣れるまではこれ続けようかな……。









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