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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第二章 家族の定義
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2/6 似てない親子


「失礼いたします」


 そう断って入ってきた二人。

 一人は茶の瞳で、瞳より明るい茶髪を短くそろえ、口ひげを蓄えた壮年の男。そしてもう一人は黄土色の髪にこげ茶色の瞳を持った、ちょっと儚げな印象の美少年。


 ――言わずもがな、ギムート・アッケンバーグ伯爵と、その実子エルシオ・アッケンバーグである。……いや、既に手続きはすんでいるのだから、この場合はエルシオ・ランスリーと呼ぼうか。


 紆余曲折あって、結局三か月もの時間がかかったが、ようやく相まみえた義弟とその実父である。


 思いのほか長い時間物思いにふけっていたから、結構待たされていたんだけど、心が海より深く広い私は指摘せずにいてあげよう。まあこれは『貸し』だけど。


 ともかくも私は優雅に礼を返しながら微笑んだ。


「遠いところをようこそいらっしゃいました。……どうぞ、おかけになってください」


 私の前の席を勧めると、伯爵はさすがに優雅に、エルシオ少年がややぎこちなくお座りになりました。それに合わせて、用意のいいうちの侍女さんにお茶を淹れ換えてもらいましたよ。ああ私のカワイイ侍女さんたちはいつでも有能。察し良すぎて戦慄覚えることがあるけど。こないだ書類仕事に没頭してたら何も言わないのに欲しいものが手元に出てくる不思議現象を味わった。インクなくなったとか紙が残り少ないとかちょっと口寂しいなとかあの資料が欲しいかもとか。


 うちの使用人さんは皆読心術を駆使できるのだろうか。一体いつから、そしてなぜ。超怖い。


 まあその有能さと反比例するかのような伯爵の態度が際立って仕方ないってことなんだけども。うちの侍女の優秀さとこの伯爵の残念さのマリアナ海溝のごとき深きへだたりっていうか。


 ちなみに際立っているのは伯爵だけだ。なぜならエルシオ少年は私と伯爵を遠慮がちにちらちら視線をさまよわせつつ困惑したような申し訳なさそうな色を表しているからだ。


 いくらギムート・アッケンバーグが『伯爵家当主』だからと言って、実子であるエルシオを迎え入れる家である公爵家令嬢を待たせることは無礼極まりない。

 ……今回咎めないのは、この伯爵の態度がそのまま『私』への侮りの表れであって、現状世間的に侮られているくらいが望ましいからだ。


 だからってなかったことにはしない私は明らかにこれを『貸し』としてカウントするけど。


 貴族間で『貸し』を貯めることほど愚かしい行為はない。知らぬ間にたまっていく恐ろしさ。気が付けば首が回らなくなっているぞ。


 こいつは何なんだ、ランスリー家とのパイプを求めてやってきたのだろうに何がしたいんだ。例えば『令嬢』に権力がなかったからと言って粗雑に扱っていいことにはならない。心象が悪すぎる。息子を託すのなら一層のこと。


 よく貴族でいられたものであるこのうかつな男。まあ指摘してあげるほどの義理などこの伯爵に対してはないのだが。

 神経だけは図太いのかなって思うけども。


 ――だってほらメリィを筆頭としたうちの使用人さんが殺気浴びせてんぞ、お前それでも気づかないとか鈍いにもほどがあるな。神経はあれだな、きっと鋼鉄で出来てるんだな。


 まあいい。


 そのまま、結局謝罪がなかったのはいい度胸してると思うよ、うん。貴族としてっていうか人間として大分あれだね。少しばかり当たり障りのない世間話から入ったからねこの伯爵。何なの、実は殴るべきだったりするのこの人。

 まあいきなり本題に入らないのはあれ、様式美だけど。時間の無駄とか言ってはいけないらしい。面倒だけどね。

 それでも私は完璧な外面で表面上は談笑しておりますけれども。


 でもね?


 ……うん、殺気をバッシバシに飛ばしてる侍女を除いても、空気は若干固い。

 言っておくが私ではない。断じてない。私が不穏さを醸し出せば目の前の小者臭漂う伯爵は黙るだろう。なぜならあの腹黒王子をしてトラウマを植え付けた肉食獣系令嬢の顔を隠しているのだ。


 つまり、私ではなく侍女でもないなら緊張しいのエルシオ少年と、欲を背負ったアッケンバーグ伯爵の所為だ。


 おいお前らもうちょっと猫を鍛えてこい。


 私は本性を出してもいないのにどうして裸足で逃げだしているんだ?

 いやまあ、エルシオ少年はまだいいよ? でもアッケンバーグ伯爵よ、お前はそれでも貴族当主か。伯爵家の人間か。マジでいつか足元掬われるぞ。神経の太さだけじゃ生き残れない世界のはずだろ。


 私の化け猫を見習え。


 なんていうか本気で腹芸出来ないタイプだったりするのだろうか。先ほどからの無礼も無神経も素だったりしちゃうのか。なのに気取ってやろうとして実は見破られてるタイプなのか。


 痛い。痛すぎる。


 これはあれだ、この伯爵うっかり詐欺にあっても対処ができなさそうな、小者感ばかりか残念臭が漂っているぞ?

 いや、ある意味尊敬するけどね。公爵家相手にこの態度って。意味わかんないくらい図太いわあ。


 例えば、私がただの子供であるとして、確かにこの場に表向き現在の領政を担っている領主代理は同席していない。『シャーロット・ランスリー』と『エルシオ・ランスリー』の顔合わせとしてその形を私が望んだからだ。だが、相手によって態度を変えている時点で既に三流だろう。


 ……いやでも、完全に素だろうけど、この残念さ。

 ちょっとかわいそうなものを見る目になってしまった。


 まあいい。


 そんな残念なアッケンバーグ伯爵、今もつらつらと社交辞令を述べておいでです。聞き流して相槌を適当にうってます。本題はまだか。遠いのか。


 どうしよう本格的に面倒臭え。

 会話に中身がないから暇すぎて仕事したい。これも仕事の一環だけど。


 いや、そうだここはいっそいい機会を得たと思って観察をしよう。そうしよう。大丈夫話しながらでも並列思考は私の特技。前世親友をして『貴方は一つのことに集中することは出来ないのかしら、特殊過ぎる注意力散漫ね、目つぶしするわよ』と言わしめた。話しながらパソコンをいじりながら書類を整理しながら片手間に学校の宿題をやっていたのが気に障ったらしい。効率的な時間の使い方をしただけなのに理不尽だと思う。そしてかくいう親友も話しながら宿題をしながら私の挙動を逐一観察していたのだから人のことを言えないと思うのだがそれをそのまま友人に告げたところ的確に眉間を狙ってコンパスが飛んできたあの時。華麗に避けた私、壁に突き刺さったコンパス、無表情な友人。流れた沈黙は痛かった。


 ではなくて。


 うん、観察しよう、そうしよう。

 とりあえずはアッケンバーグ伯爵だ。


 彼に関しては、エルシオ少年と違って小説でも使用人さんたちからも、容姿に関してはさして情報はなかった。つまり容姿に関しては前情報がなかった分先入観もなく評価ができる。


 パーツ一つ一つはまあ……うん、崩れてはいない。私の周囲の顔面偏差値がだいぶアレな感じなお蔭もあり色々とインパクトが足りないけど。そしてそこに足される絶妙な小悪党さ。この釣り目、くっきり一重に見えてんのってくらいの細さで見事な狐顔である。若干腹回りが残念な感じなのはお歳のせいだろうか。ぽんぽこぽんと叩いてみたい膨れ具合である。ここは狐と評すべきか狸と評すべきか。


 まあどっちでもいいけど。だって私を化かせるほどの立ち回りができない小物なんだもの。それが演技だったら感服するけど、今日の失態の数々を考えてもそれはない。今日、私に対して失態を演じるメリットがない。つまりあれは素。何て残念なんだ。せめてお腹周りは運動をして解消すべきだと思う、メタボは駄目だ。


 というか、実の親子だけどエルシオ少年とは似てないな。色彩は微妙に似通った感じもするけど。ある意味私とは逆かもしれない。私は髪色は全く両親に似ていないが瞳の色と顔貌は父と母から受け継いでいる。まあつまり何が言いたいかというと、エルシオ少年よ、君は成長しても絶妙に残念な小悪党にはならないだろう。朗報だ。


 次。

 そんなエルシオ少年である。


 さて何度でも言おう、美少年です。

 うん、美少年だわあ。

 なんという眼福。


 整ったパーツが小さな顔にいい感じにおさまっている。そして細い。小悪党っぽさもなく、あえて言うなら繊細で折れちゃいそうな感じである。何この儚さ。中性的すぎてドレス着せたら似合いそう。お人形さんみたいとはこのことか。喋らないし。いやさっき挨拶はしたけど。


 同い年ってことだけど、私と大して身長変わらないだろう。むしろややエルシオ少年の方が低いくらいかもしれない。男の子より女の子の方が、このくらいの時期って成長速かったりするから平均的なのだろう。『物語』の描写ではシャーロットに対しては攻撃的だったもののキラキラ属性腹黒王子に対して、ツンデレ装備かつ『シャーロット・ランスリー』にのみ超攻撃的なシャイ美少年って感じだったけど。現実の、いまだ幼い彼は引っ込み思案なふんわりした美少年である。いったいどんなターニングポイントを経るとツンデレにクラスチェンジするんだろう。


 いや、考えるのも面白いが、今はまあいいか。


 だって。


「……では、シャーロット様。エルシオをよろしく頼みましたよ」


 しみじみと美少年を観察しているうち、実のない話は終ったのだから。
















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