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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第八章 黒の落失
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8/8 覚醒


 『主人公』ちゃん……、いや『異世界少女』が起きた。彼女の目覚めは鮮烈なものだった。考えをまとめ、さすがにそろそろ彼女を起こそうと私が手を伸ばした、その瞬間。


 カッと彼女は目を見開き、叫んだ。


「お母さん! それあたしのアンパンだからむしり取らないでってば! そんなんだからぽんぽこぽんなんだよ、もー!」


 彼女はどんな夢を見ていたのだろう。娘から食料をむしり取る系母とはいかに。たぶん彼女の母君はふくよかな体形をされている『オカン』なのかもしれないと想像はできるのだが、彼女の現状的に異世界にやってきて第一声がそれでよかったのだろうか。


 突っ込みをするべきか否か逡巡し、私は何事もなかったかのように話を進めることを選んだ。


「……目が、覚めたみたいね?」


 その声で、完全に寝ぼけていたらしい彼女はびくりと肩をはね上げ、くりっとした瞳をぱちぱちとせわしなく瞬かせ、勢いよく私を振り向いた。そしてあんぐりと、見事なまでにそうとしか表現できない最大限の驚嘆顔でぽつりとこぼした。


「……なんで美女?」


 たぶん、彼女、『長峰小夏』ちゃんは正直な子なのだろうな、と思った。ぽかんとしたまま、彼女はせわしなく己の周囲を見渡し始める。


「は? え? はぁ? 何これ? 何ここ? なんで美女? 模試は? 夢なの? 寝落ちしたの? やだ遅刻とか死んだ、もうお母さんがアンパンむしるからぽんぽこぽん……!」


 模試だったのか。受験当日でなかったのはせめてもの救いだったと思っていいのだろうか。そして先刻までの夢の名残か、母親にあらぬ濡れ衣がかかっている。ムリもないが、これ以上なく彼女は混乱しているようだ。


 だがしかし、彼女が発する言葉は口の動きを見る限り、当然のように日本語なのだが、私の耳にはこちらの世界の言葉として問題なく聞き取れている。そういえば『明日セカ』の中でも『主人公』が言語に苦労したという描写はなかった。そう思って、じっと見ると、彼女をうっすら、取り巻く『加護』を感じた。魔術ではないし、相当意識しなければわからないが……これは、自称神の気配だ。まあつまり、ざっくり解釈するのであれば『未来を見る』自称神が施した『ギフト』なのだろう。


「落ち着きなさい……無理でしょうけれど。とにかくあなたに危害を加える気はないから、私と少しお話してくれるかしら」


 この様子であればおそらくこちらの言語でも聞き取れるだろうと思い、私は努めて優しく、視線を合わせて、ベッドに体を起こして髪をぐしゃぐしゃにし今にも叫びそうな少女に話しかけた。


 バッと、彼女は私を再び振り向く。


「美女がしゃべった!」


 彼女の中で『美女』はどういうカテゴリに入っているのだろう。しゃべったらいけない生き物なのだろうか。


「……ともかく、現状を説明したいのだけれど、いいかしら? ……その前に自己紹介かしらね。私はシャーロット・ランスリーよ」

「外人美女!? あいどんとすぴーくいんぐりっしゅ?」


 この子受験生で大丈夫だろうか。その『美女』という呼称は名乗ったのだから改めてほしいのだがまだちょっと無理だろうか。


「いえ、私はあなたの話している言葉が分かるわ。あなたも、わかるのではないかしら?」

「のっと……あれ? 日本語がしゃべれる美女! 夢だなこれは!」


 残念だけれど現実なんだ。その気持ちすごくわかるけど。私もこの世界で記憶を思い出した時は錯乱したものである。そしてメリィを筆頭に使用人のみんなを阿鼻叫喚に叩き落し地獄絵図を作り上げたものである。懐かしい思い出だ。


「残念だけれど、夢ではないのよね。そして私の名前は『シャーロット』よ。あなたの名前も教えてほしいのだけれど」

「夢じゃない……だと……? いやいや。コスプレ美女に誘拐されるとか夢だって。布団フカフカだし」

「布団がフカフカなのはメリィたちが整えてくれたからね。驚きのお知らせなのだけれどこの世界の貴族社会では私の恰好が一般的なのよ。短いスカートをはこうものなら懇々とマナーのお話をされてしまうの。動きにくいけれど、仕方ないわ。何事も妥協が必要よね」

「やべえ、美女……しゃーろっと、さん? の言ってることが分かるけどわからん」


 ようやく私の名前を認識してくれたようである。


「そうね、今のは脱線だったわ。それよりも、あなたのことなのだけど。驚くと思うけれど、私が弟と友人たちと、『森』に出かけた時、あなたが空から降ってきたのよ。気絶していたようだから、とりあえずうちに連れ帰って様子を見ていたのだけれど……。元気そうだけれど、痛いところはない? 気分はどう?」

「え? は? いや、目覚めすっきりですけど……? あれ、でもこれ夢なら寝てんだよね、今? あれ?」


 彼女は目を白黒させる。キャパオーバーを起こしたようだ。だがしかしこればかりは現代日本に生きる女子高生にとって非現実すぎて即受け入れるのは無理すぎる。九歳のあの日、前世を思い出して三日寝込んだものの、目覚めれば錯乱しつつも現状把握を優先した私は思い返すも『普通』ではなかったのだろう。根気良く、私は彼女と話を続けるしかないのだった。







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