8/7 あるいは見えない縁の先
さて、この二年で進んだ恋模様もあればさっぱり進まなかった恋模様もある。
まず若干進んだ方であるが、わが愛弟・エル。婚約者は未だに決まっていないが、シア様――今では私はネイシア嬢とも愛称で呼び合う仲である――は、エルに実にゆっくり近づき、最初は剣の話や共通の知人友人の話などから始まってそこそこ良き友人のような付き合いをしていた。だが割と最近の話、彼女は決意を秘めた目をし、感極まったように言い放った。
「わたっ、私が、あなた様を一生お守りいたします!」
たぶんシア様的一世一代の愛の告白だった。だがしかしそれに対するエルの返答は。
「えっ。ネイシア嬢なら王妃殿下の専属騎士も目指せると思うよ……?」
実に困惑していた。多分、シア様的には『あなた様を(妻として隣で支え、)お守りいたします!』だったんだろう。だがしかしこれまで主に剣術や魔術の話ばかりしていたエル的には、『あなた様を(騎士としてお仕えして)お守りいたします!』と、こう聞こえたのだろう。なぜならばほほを染め忠誠を誓い全力で私たちを守らんとする我らが使用人さんたちが重たい愛を語る様と、シア様の宣言はあまりに似ていた。仕方なかった。がんばれシア様。負けるなシア様。私たち女性陣は彼女を慰めて応援するしかできなかった。
まあ、彼女が突如思い切ったというか、焦ってしまったのは、この春、私たちが四回生に上がるのに合わせて、アザレア商会の会長をエルに譲ったうえで商会がランスリー家のものであることをカミングアウトしたため、エルへの縁談がより一層真剣みを帯びて増加したからだろう。エル自身は仕事に手いっぱいという印象だが、今の風潮であれば婚約を焦る必要はまだない。そのあたりの温度差も伝わらなかった原因かもしれない。
……ちなみに、『シャルル・ラング』および『エイル・ラング』という私たちの隠れ蓑は表向き隠居して自由な世界一周の旅に出たということになっている。なお、アザレア商会での私の立ち位置はアドバイザーというか会長補佐のようなものだ。エルが完全に仕事に慣れれば、研究開発局の方に収まろうとは思っているけれど。
そしてそんなエルとシア様が進んだのか進んでいないのかわからない状況であるのに対し、さっぱり一歩たりとも進展していないのがドレーク卿とソレイラである。相も変わらず会えば情熱的に愛を語りだすドレーク卿なのだけれども、やっぱり相も変わらず鉄面皮でバッサリ受け流すソレイラというこの構図。見慣れすぎてもはや私たちの中では彼らのやり取りはただのBGMである。
「今日も元気ね、うふふ」
と、微笑まし気に笑っていたのは最初はリーナ様だけだったのにいつの間にか当人たち以外の全員が同じように微笑ましげに見守りつつ放置することに相成った。いや、それでもラルファイス殿下は若干協力的姿勢なのだと思うけれども、いかんせん大体隣にいらっしゃるリーナ様がのほほんとしているので一緒にのほほんとしているというのが現状である。ドレーク卿がその恋心をかなえるまでの道のりは長い。まずはソレイラの死滅している恋愛思考回路を蘇生するところから始めなければならないだろう。
だがしかし、ドレーク卿にとっての幸いというべきか、ソレイラにとっての災難というべきか、リズ様夫妻以外にも目に見えて変わった関係性がある。
――そう、ソレイラの主君シルゥ様と、ジル。二人は婚約をした。
私は正直驚愕した。いや、別にお似合いの二人だとは思う。身分も釣り合っているし、美少年と美少女、見目麗しい。
まあ、この数年でヴァルキアの状況が変わった……というか、ヴァルキア皇帝に世継ぎができたというのが一番のきっかけだろう。それまでシルゥ様はヴァルキア皇帝の一人娘で、皇子はおらず、皇位継承権第一位は皇帝の弟君にあった。しかし四年前、皇妃の懐妊が発覚。生まれてみれば元気な男の子だったわけだ。実はシルゥ様が長期留学をすることになったのもそこに理由があって、皇妃の懐妊から皇子出産によって皇位継承権第一位から外れる皇帝弟君、あるいは弟君派がよからぬことを起こさないように、ということで皇妃と皇女はそれぞれ弟君の手が届かぬであろう場所に避難させられたわけだ。やたらと急に皇女留学の話が決まって強引に進められた理由でもある。
何であれ、皇女たるシルゥ様が『現皇帝唯一の実子』ではなくなったことで、他国へ嫁ぐことのハードルがぐっと下がったのである。
だがしかし私の驚きはそんなところにはない。私の驚きはただ一つ、そんなそぶりがどこにあった、という純粋な友人としてのものである。
だって彼らの間に穏やかさも恋愛感情も見いだせない。……いや友人としてはアリな遠慮のなさだとは思うけど……いやいや、あれこそがケンカップルというものなのか……? 顔を合わせれば二年たった今でも慎ましやかな体形で愛され妹系なシルゥ様を揶揄するジルがいるし、最近エルに身長を抜かされて若干気にしているジルを嘲笑するシルゥ様もいるんだけどケンカップルにしては殺伐としているのは気のせい……? そしてどうしてか、『利害の一致を見た』とばかりにがっちり手を組んだ二人を見かけた後に婚約が発表されたということを私はどうしても忘れられないんだけど追及もしたくなくて放置しているという事実があるんだけどやっぱり追求した方がよかっただろうか……?
いや、まあ、収まるところに収まったと考えればよかったのだろうと思い込んでおくことにする。色恋沙汰など、友人であろうと家族であろうと理解の及ばないこともあるのだから。
ともかくも、そんな感じで二年間の間に人間関係はそれなりに変化があった。そのほかにも魔道具の実用化やら違法薬物・イーゼアの調査やらその黒幕の調査やら、エイヴァの成長やら魔物の動向やら……数え上げればきりがない。
ただただ『平凡』や『平穏』とは遠い感じて過ぎ去っていったことは確かである。そして今もまた面倒ごとに直面しているわけだが……。
さて、それではそろそろ、『今現在の面倒ごと』に向き合うとしよう。




