8/6 二年、
そう、二年もたっている、今の季節は冬。年が明けて春になれば王太子殿下が学院をご卒業なさるため、その祝いの式典やら何やらが迫ってきていてちょっとだいぶ私たちは忙しい。王族であるジル達はもちろん、私たち『ランスリー公爵家』としても『アザレア商会』としても仕事は目白押しだ。ゆえにストレスがピークを迎えて爆発する前に息抜きしようぜってことで今回の突撃『秘魔の森』弾丸ツアーが決行されたわけである。
ラルファイス殿下はさすがに公務を抜けられず、国王も右に同じだったけれども、最後の最後まで国王は王妃殿下を出し抜いてついて来ようと画策していた。しかし宰相とタッグを組み、己も公務を抜けられぬ王太子殿下の助力まで得た王妃殿下は強かった。今頃は泣きべそをかきながら執務室で書類を片付けていることだろう。ディーネが持ち込んださらなる厄介ごと・『異世界人落下事件』にそろそろ発狂するかもしれない。がんばれ。
まあ、推測の域を出ないことばかりではあるが、そもそも『異世界人の少女』とは偶然二つの世界に発生した『境界の歪み』に落ちてやってきてしまった存在だ。おそらくは『私』というイレギュラーが自由に動き回ったおかげで『歪み』の方にずれが生じたのだろう。
時期もそうだが、落下地点に関しては、『小説』の中ではそもそも『クラウシオ・タロラード王弟公爵』と『エイヴァ』によって外道魔術陣が敷かれ、国内の人間の保有魔力が高まり、発狂者が続出するという異常事態が発生していた。ゆえに王都の方が『歪み』が生じやすかったのだろうが、その事件は発生以前に捻りつぶしたため普通に『森』の方が『歪み』の場所になったというだけではないだろうか。落下地点も時期も異なればそこに『落っこちる人間』が違うのも当たり前だ。そもそも偶然落ちているのであって、誰かを狙ってその事故が起きたわけではないのだから。
ともかく。
いずれにせよやってきてしまったものは仕方がない。もうちょっと猶予があるかなと思っていたのは少々迂闊だったが、……やることが変わるわけではないのだ。そのためにはまずは彼女、『長峰小夏』ちゃんに起きてもらう必要があるけれども……その前に、この二年間に起こったことを、ざっくりと整理しておこう。
とりあえずあの『女子会』の後のことだが、私の暴露の反響はすごかった。噂の広まり具合ってとんでもないな、と思った。まあつまり、ありとあらゆる知人に詰め寄られた。柳に風と受け流したが。最近影が薄かった自称神まで夢に侵入してくるという事件もあった。「あなたが言うの? 自・称・神」と鼻で笑って帰しておいた。
ぶっちゃけ、私に想い人がいるのは事実である。だがしかしそれが誰かを公表することはしていないし、する気もない。……今はまだ。
あの時あの場所でほのめかしたのは、牽制の意味が大きい。……いまだに『私と結婚してランスリー家当主になる』ことを画策する輩は多いのだ。そして私への縁談も死ぬほど多い。でも私にはそれらを受ける気はない。いろいろと理由はあるが、一番はエイヴァのことをもうちょっとどうにかするのが先決だからだ。あとはまあ、エルやジル、シルゥ様――シルヴィナ皇女殿下のお願いにより現在愛称呼びを許されている――といった、ちょっと私になつきすぎな面々の尻を叩くためもある。
なお、私が相手をはぐらかしたこともあって爆発的に広まった『シャーロット・ランスリーの想い人は誰だ』という話は、現在おかしなところに着地している。
『まさか相手は故人ではないか。いや、それならばもっと沈痛なはず』『まさか、庶民なのではあるまいか。いや、シャーロット様ならそんなものは特に障害にはならないだろう』『まさか婚約者がいる男ではあるまいか。いや、シャーロット様なら男の婚約者である令嬢から落として三人仲良くゴールするだろう』『まさか、既婚者なのではあるまいか。いや、シャーロット様なら奥方から篭絡して三人仲良く過ごすだろう』などという紆余曲折を経た挙句、『きっとシャーロット様の相手は人ならぬもの。シャーロット様は神に愛をささげておられるのだ』ということに落ち着いた。何がどうなってそこに落ち着いたのかさっぱりわからないけれども私はすべて輝くばかりのほほえみで受け流しきっている。今後も時期が来るまでは受け流す予定である。
さて、一方で進んだ話もある。わが友人であり、魔道研究所局長でもあるリズ様……エリザベス・フィマード伯爵令嬢は、この春に学院を卒業。その半年後にはアーノルド様と婚姻を結んだ。現在、王家から新しく爵位と家名を授かって、アーノルド・ターナル男爵とエリザベス・ターナル男爵夫人として今も精力的に魔道研究所で働いている。
……まあ、婚姻までには『致命的な勘違いによる不幸な事故』を複数回引き起こし、そのたびに周囲を巻き込んで苛烈と言って過言でない痴話げんかを繰り広げ、今では副所長補佐官になってしまったレギー研究員が半泣きで駆けずり回り、最終的により仲を深めるということを繰り返していた。特にヤバかったのは『リズ様浮気疑惑事件』と『アーノルド様隠し子疑惑事件』だった。
ちなみに前者はアーノルド様への誕生日プレゼントを内緒で用意したいがために、リズ様がこっそり人と会っていたところを目撃されて勘違いに発展したという顛末で、後者はフィマード伯爵家が斜陽だったころに借金をしていた商家のお家騒動に巻き込まれたという顛末だったのだが、どちらもあわや破局か心中かという大騒ぎになった。アーノルド様の秘められしヤンデレが開花するかと思った。危なかった。
まあともあれ、仲良く夫婦生活を謳歌している二人である。フィマード伯爵家の跡取りであるリズ様の弟君も学院に無事入学してすくすくと育っている。リズ様の異常な快進撃により見事フィマード伯爵家の我が家への借金は完済しているのでもはや彼女はフィマード伯爵家の女神状態だが、弟君もそんな姉の薫陶を受けた少年である。奇抜さや派手さはないが堅実にじっくり、地盤を固めて手堅く物事を進めていく質のようで、まだ若干十三歳ながら将来有望である。己の親友・レリオン・フィマード伯爵が危機を脱したことで、我がランスリー領の領主代理・セルバート・アイゼン様も嬉しそうだったので、縁もあることだしこれからも成長を見守っていきたいものである。




