8/5 その『少女』
少女とその荷物を連れてランスリー邸に戻るのは一瞬だ。魔道具とは違い、私が行使する転移はほかの人間も同時に移動させることが可能なのである。ディーネの先触れによって既に用意されていた客室のベッドへと、とりあえず少女を寝かせる。ディーネの報告から私の帰還までさして時間はなかったと思うが、それでも抜かりなく準備されているあたり我らが使用人さんたちはつくづく優秀である。
診察具や薬を用意してもらった後は、一度使用人を下がらせ、私は少女と二人にしてもらった。過保護なみんなは少々渋りはしたものの、魔術を使って調べごとをするためであると言って納得させた。魔術に関しては下手に無関係な人間が近くにいておかしな作用を起こしてしまうことも考えられる。攻撃ではなく調べごとであればなおさらだ。ついでに『異世界人』についての前例がないかを調べてほしいと頼んでおいたのでしばらくは大丈夫だろう。
少女はまだ目覚めない。実に健康的にすやすやと眠っている。今は夜でもないし、制服を着ているのなら元の世界にいた時だって昼間だったと思うのだが……なんだろう、寝不足だったのか……? その寝顔は幸せそうだった。起きてくれなければこれからの話も何もできないし、時間も限られてはいる。だから起こすのもかわいそうだ、というわけではないが、しかし私には彼女が寝ている間に確認したいものがあった。だから先にもう一度、荷物をみる。
「……『長峰小夏』……」
私が手にしたのは、生徒手帳だ。学校名はやはり私の出身高校。三年A組。そして『長峰小夏』が彼女の名前。記載の写真は確かに眠る彼女の顔で、間違いはないだろう。美人というよりはかわいらしいというのが合っている、くりっとした瞳が印象的だった。
「……ここも、違うのね……」
思わず漏らした独り言。眠っている少女を見て、ふむ、と私は考え込む。
――私の前世『刈宮鮮花』が読んだ小説『明日世界が終わるなら』の『主人公の少女』と、今目の前にいる少女。その二人には、ズレがある。それはもう、色々と大いにずれがいっぱいある。
まず名前が違うし、見た目も違う。小説の中の『主人公』の名は『美月・オーライト』。薄いブラウンの瞳と髪を持った日本とイギリスのハーフ美少女という設定だった。しかし、目の前の彼女は瞳の色は写真で見る限り黒、髪も黒髪で、名は『長峰小夏』。ほぼ確定的に純日本人だろうなという顔立ちをしている。この世界の人間は名前からしてそうであるように欧州系というか、海外では日本人は年齢よりも若く見られがちというのを実感した。
けれどそう、年齢も違う。『美月・オーライト』は十六歳、高校一年生という設定だったのに対し、生徒手帳を見る限り彼女は高校三年生だ。次期にもよるが、十七か十八歳。ぶっちゃけ十六歳と言われても頷ける少し幼めの見た目なんだけどそこは個人差だろう。……というか、高校三年生とほぼ確定である彼女、冬服なんだけど、もしかして受験真っただ中……? 勉強で寝不足だったりした……? だから今ここぞとばかりに懇々と眠ってるの……? もしそうなら彼女に降りかかった不幸さらに増したんですけど……。………うん、そこは後で確認しよう。
なんであれ、違いはほかにもある。小説の中の主人公が現れた時の服装は確かに制服ではあったのだが、……挿絵などはなかったためぼんやりとした記憶にはなるが、勘違いでなければブレザーだったはず。しかし今、彼女が身にまとうのはセーラー服である。
出現した場所も違う。『秘魔の森』などという下手すればそのまま気づかれずに死亡する可能性すらある場所ではなく、王都の教会内、しかも偶然『ジルファイス・メイソード』が来ていた時で第一発見者はその『ジルファイス・メイソード』だった。それもあって小説の中では『神の御使いだ!』みたいなとらえ方をする人も一定数いて、即不審者扱い牢獄行き、とはならなかったという流れがある。だがしかし、先ほど彼女が落下してきた場所は『秘魔の森』の入り口で、確かにジルはそばにいたけれども彼をスルーした彼女は私の腕の中にジャストフィットしたわけである。
そんなこんなでいろいろと違いがある。しかしあの場であんなに私が予想外だ、と驚いた理由はちょっと違う。何しろ前世で読んだ小説の内容の上、その根幹たる事件はずいぶん昔に破壊済みだ。
あの小説の内容と今現在の現実は状況が違いすぎて、もはや『参考書』にもあんまりならないので、細かい設定などはとっさに思い出せなかった。『主人公の少女の設定』と目の前の少女の違いに気づいたのはランスリー邸に帰ってきてからだ。
――あの場で何がそんなに予想外だったのか。それは、時期。
そもそも物語は、『シャーロット・ランスリー』が十八歳の時に始まる。だが今、ここにいる私はまだまだ十八には二年も早いのだ。
そう、私、シャーロット・ランスリーは今現在、十六歳だ。
今の季節は冬。あの、あらゆる人間にいろんな衝撃を与えた『女子会』及び『男子会』から、もう二年の時がたっている。




