1/24 偶像はいらない
この、完璧にも思える宰相補佐兼教育係、マーク・ビオルト侯爵。
――彼は王族至上主義。そして、それゆえの完璧を追い求める理想主義者だ。
つまり端的に言おう。うざい。
それが、この男マーク・ビオルトの私の中でめっちゃ主張してくる印象です。
そう、彼の中には『完璧』な王族の姿があって、
それからジルファイスたちが外れることが許せないのだ。
何この人、マジ押しつけがましく暑苦しい。我が家の某筋肉達磨が変化球でやって来たかのようだ。
その怜悧な灰色の瞳のどこにそんな情熱を秘めているんだ。偶像を愛したいのならそれでもいいが偶像を現実に求めるな。あんたはあれか、イケメンはトイレに行かないって信じてる乙女か。乙女なのか。
そりゃそれを直接ぶつけられるジルファイスは辟易にもほどがあるだろう。
だって、ビオルト侯爵は『王子』を見てるけど、『ジルファイス・メイソード』は見てない。
勝手に過度の期待をかけられて、失敗したら失望されて。
大人から子供に対するそれが、人格の否定でなくて何だろう。
王族というのはどうしてもしがらみが多くて、教育係の彼はそれこそ実父の国王よりも傍にいる時間は長かっただろう。
その彼は、例えばジルファイスがどれほどの功績を残そうと、己の理想の姿がそうなのだからできて当然という顔をする。
なまじジルファイスができる子だから盲目的な尊崇まで入っていてますます増長している性質の悪さよ。
……ヤダ、気持ち悪い。
気持ち悪いわあ。
だから気付いたんだけどね! 私も『明日セカ』の『ジルファイス・メイソード』を先に見て、現実のジルファイスを直視していないってさ! 悪かったと思ってるよ! だから読み違えたんだしね、肉食獣系令嬢を晒した時のジルファイスの反応を。
それに気づいた時は本当に反省しましたとも。ええ、反省しましたが何か。前世悪友ならば『貴重な行動ね、天変地異でも起こすつもりなの?』とのたまいながら観察日記をつけるだろう。そう、彼女は私の失敗を逃さない鬼畜だった。『私』の死後あのブラックノートが闇に葬られるよう画策はしていたがそれさえ乗り越えてきそうな友人であった。本当にやめてほしかった。
ともかく。
反省した私はフィルターを取っ払って向き合うことを決意した。
もちろんジルファイスのことは『王子』という肩書ありきで見ているよ。だって生まれなんて誰も選べないけど、だからってそれを排除して個人を見るのって違うだろう。王子であるという事込みで、ジルファイスはジルファイス。
腹に一物背に荷物、意外と熱くなりやすくて好戦的で楽しいことに全力で悪乗りすることもあったりするけど利を見る能力にはたけている。キラキラ属性の粘着王子様、ジルファイス・メイソード。
ここは日本じゃないんだから、身分がものをいうんだし、弁えるべきは弁え使えるものは使う。
私がどうあがいても公爵家の令嬢であるように、そうしてその肩書きを思う存分利用して活用しているように。
『肩書き』は武器で鎧だ。そしてそれそのものがその人物の構成する要素でもある。
でも、逆を言えば『構成する要素の一つでしかない』。
まあ、『肩書き』が独り歩きをして、それしか見ない人間だって多いのは判っている。『王子』や『公爵家』の肩書きに寄ってくる羽虫。外見だけを見ている令嬢たち。
そんな輩にはこう言おう。観察力が足りないよ君たちと。
なぜならば『公爵家領主代理』で『外交官』という大層な肩書を持っていた某男はその実我がランスリー家と心中したい豚野郎だったからだ。
なんというわかりやすい例であろうか。
これを判らないでこのどろどろ愛憎模様まで飛び交う貴族社会を優位には泳げない。つまり、『肩書き』や『外面』で他人の全てを理解した気になっている、そんな輩は大変小者である。能力のある人間にあっちへこっちへころころと転がされる未来しか見えない。そして私はもちろん転がす側です。さあ踊れ。
ではなくて。
繰り返すが、教育係殿は有能な人材だ。
個人の高い処理能力があり、他者を見る目を持っている。
他人の能力を測り人柄を測り、肩書きを踏まえ利害を見出しそれを活用できるだけの頭を持った人間だ。
ただ、『王族』というそれだけが、かの男の目をくらませている。
私は情熱と評したが、ぶっちゃけあれは自己満足だろう。
王族であるというだけで、盲目的に尊崇し、自分の理想を押し付ける。それが正しいと思っている。
……いや、自分にとっても周囲にとっても、それが間違っているとは思っていないのだ。
一体お前は何様だ。
たかが教育係兼宰相補佐様だろうが。
……鳥肌立つわあ。
あの見ているようで見ていない、自己満足に染め上げられた眼なんて見た日には、もう。
心より同情申し上げます。私の師匠は只の変態でよかった。……いやよくないのか? ………よくないかもしれないが拳で語り合える変態だから気にしないことにしておこう。
さて、その鳥肌モノの教育係殿は基本能力が高いし彼の盲目さは王族限定にしか発揮されないから気づかれにくくはある。ていうか、下手に能力が高いから政治の場から国王も排除できないんだろう。そして彼のいだく理想は『理想』としては確かに美しい。
現実との区別ができない夢の住人なんてどれほど有用でも私なら全力で拒否するけどな。
ぶっちゃけ潰してもいいくらいに怖気がするんだけど。
行く? いっちゃう? 国王側は良識とか甘さが邪魔して表面的には落ち度のない教育係殿を罷免できないようだし。てか、それもあって敢て王子の教育係にして、現実見て目を覚ませっていう魂胆だったんだろうけど。
というか、王子がそのプレッシャーに耐えられなければ国王である自分が口を出す理由になるし、逆に耐えきるぐらいに優秀ならば王子自身が教育係の盲目さに危機感をいだいて対処の口実を見つけられると考えていたのか。
……だからあの国王は肝心なところが抜け作だと。なぜ対外的には賢王で通っていけてるんだあのすっとこどっこい。
国王として有能なあのおっさんは己の子供を読み切れていない。案外負けず嫌いのあの王子様が、国王に泣きつくわけもないし、本当に幼いころからの教育係なら本能的にどこかで委縮してしまうこともある。
つまり、『子供』であるということを『大人』である国王にはくみ取れなったが故の微妙過ぎる悪手だ。
面倒臭いったらない。
……はっきり言って私が彼を潰すのは簡単だ。だって手段選ばないもの。ばれなければいいのよ、ばれなければ。
でも、やっぱり現時点では時期尚早かなあ。
タロラード公爵も片付いてないし、なによりジルファイスは負けず嫌いで思いのほか好戦的。
刷り込みで委縮してようが何だろうが、ぶっちゃけ王子自身で踏みつぶせるでしょう?
だって恐怖に似た『苦手意識』で済んでいるジルファイスは、概ね国王の期待通りの優秀さで己の教育係に危機感なり不信感なりいだいている。
粘着王子はストーカーだが、馬鹿ではない。
ま、だからって傷つかないわけでもないし、この王子国王を頼らずに多分自分で動こうとするし。だから国王の読みは的外れじゃないけど読み切れていない微妙な悪手。
でも今すぐ私が動く理由はない。怖気はするが、私、忙しいし。もう少し様子見て悪い方に転がるなら考えるけどさ。
……この教育係殿は気持ち悪くて面倒臭いのでできる限り関わりたくないし。さっきから私の思考ばかりで全くあちらの会話をピックアップしないのも同じ理由だったりする。うん。王子たちの話もそろそろ終わるしさあ今日の予定をサクッとこなして帰ろう。そうしよう。
そう結論付けて内心深く頷いた私。本当に終わりそうな目の前の会話。差し迫ってきた今後の予定時間。
だのに。
「……そう言えば、そちらの領地はいかがですか?」
ここで王子からまさかのキラーパス。
おい? ジルファイス。
いい笑顔取り戻してんじゃねえよ?
巻・き・込・む・な☆
「……うちの街道整備のお話でしょうか」
いや、私の猫はこれしきの動揺ではげたりしないけどな? 内心舌打ちしつつ、令嬢仮面は完璧です。でも乗ってはやらんぞ?
「ええ。最近特に頻々に魔物が被害が起こっていますからね。現在こちらでもいろいろと対策を打ち出しているのですが」
「――ええ。うちの領地は幸いに、さほどの被害もなく」
当たりさわりなく返す。まあ、事実だけどな。うちの魔物対策は万全なんだよ。私が警備隊と結界隊と魔物の嫌う香や草花の調合を指示したからな。
でも詳細はここでは言わない。香とか草花とか知られてない発見だけど言わない。まだ実験残ってるし、現段階では国の魔術師で十分対処可能だし。
そう、だから怠慢じゃありません、ここぞというときに恩に着せて情報売りつけようとか思ってるだけです。
――とか考えてましたよ、私は。そう、私は。面倒臭いとか打算とかもあったけど、穏便に済まそうとしてたの。私は。
でもね?
「……そうですか。それはようございましたね?」
……ほほう。
教育係殿、その眼はいただけないな。
王族に張り付く小娘が気に入らないとして、公爵令嬢に向けていい視線ではないよ。
この私、シャーロット・ランスリー、売られた喧嘩は高く買う主義だと知っておいた方がいい。
さて?
覚 悟 は い い か な ?