7/8 私の言葉は届いていますか
ドレーク兄妹はさわやか脳筋兄妹だった。そろって同じことを言いやがる。
「…………それはあなたがたの常識ですわね? 私の常識ではございませんわ。よって、私はドレーク卿を弟子にした覚えもなければこの先もありません」
「……? しかし兄にとってはあなたは師事すべきお方なのです。もちろん、私にとっても。騎士たるもの常に心身の研鑽に努めるもの。学ぶべき方から学ばねばなりません」
「勝手に頑張ってくださいませね」
「ならばやはり私たちはあなたを師として仰ぎたいと」
「却下」
「なぜです?」
「だから、私はドレーク卿の師匠ではございませんしなるつもりもございません」
やだこれデジャヴ。さわやかに、普通に、冷静に、まともな顔をして、しゃべっているはずなのに話が通じない。
というか、ごく自然にあたかも私がネイシア嬢までも弟子にするかのように語るのはやめていただきたい。そんな未来は来ない。
救いを求めて、私は室内のメンバーを見た。しかしリーナ様とシルヴィナ様は口元に手を添えて困惑していた。そのしぐさ、そっくりで姉妹のようである。かわいい。……まあ、多分、彼女たちにとってさわやかに人の話を聞かない脳筋は未知の人種だったのかもしれない。目の前で繰り広げられるかみ合わない会話自体が理解できないようだ。私とネイシア嬢を交互に見て、首をかしげている。彼女たちに助けは期待できないことを私は悟った。
次に、おのが脳筋を理性で御する女騎士・ソレイラを私は見た。彼女は基本、常識人だ。しかも現役女騎士。きっと彼女ならと思った。しかし早々に私は救いの手を諦めた。何故なら彼女は……彼女はいったいどうしたというのか。いや、本当にどうした。私以上に遠い目をしてふるふると頭を左右に振りつつつぶやく言葉は「その耳そいでやろうか」となにか物騒である。どうした。ここではないどこかの誰かに向かって放たれる呪詛は、うん。怖い。私は聞かなかったことにした。
そして最後に、エルとエイヴァ。私は最後の希望をかけていた。だってエルは我が家の常識人。エイヴァは空気クラッシャー。きっと、きっとこの不毛な平行線の会話を終わらせてくれると期待した。
しかし期待は砕かれた。粉々だ。
なぜならばじりじりと顔色悪く後ずさるエルはこちらを見ておらず、その視線の先はエイヴァ。そのエイヴァの手にはいつの間にか握られた、ゴリラの、グッズ。どうしてそうなった。さっきまでこっちを観察したり甘味を楽しんだりとフリーダムだったがゴリラの付け入るスキはなかったように思う。
……が、私はそこで気づいた。エイヴァの抱えるゴリラグッズに紛れて、愛らしくデフォルメされた、ゴリラ型のクッキーが、あることを。
そう、本日のお茶会は私の主催。茶菓子を用意したのは我が家のお抱えパティシエ。彼らは知っている。エイヴァのゴリラ愛を。ああそう、茶目っ気含みのサービス精神で、用意したのだろう。エイヴァが喜ぶと思って、―――ゴリラ型のお菓子を。私のかわいいハイスペック使用人さんたちのあふれるおもてなし精神が完全に裏目に出た瞬間だった。
ゴリラ愛スイッチを押されたエイヴァはグイグイとエルに愛を布教している。エルは必死に、「そっかそっか、後でね。後で聞くよ」と言いつのっているが「このゴリラのフォルムの美しさが云々。毛並みの極上さが云々」と語るばかりだ。室内に人の話を聞かない輩が増えたようだ。なんてことだ。主にランスリー家が被害を被っている。なんてことだ。
こうして室内は混沌に近づいていった。
――私とネイシア嬢は、ひたすら問答する。
「ぜひ、ご指導を。せめて手合わせを願いたいのです。もちろん、私ごときでは足元にも及ばないでしょう。あの兄が手も足も出なかったというシャーロット様です。ですが、遠慮はいりません。どうか!」
「いやよ」
「そんな、兄の師たるあなた様には、やはり私では力不足なのはわかっております。まだまだ見習の身。しかし、だからこそ研鑽を積まねばなりません。お願いです。ぶっ飛ばしてくださってかまわないのです!」
「私が構いますわね。いやです。そして師ではありません。誰の師匠にもなりません」
「ご謙遜を!」
「いえ、純粋に嫌です」
「遠慮はいりません!」
「では遠慮なく。嫌です」
「どうか!」
もうあきらめろよ。私は、疲れてきた。しかしそんな私の右手側ではエルとエイヴァがやはり問答をしている。
「このペンは東の通りで見つけた掘り出し物だ。ピンクがきれいだろう? 形も本物に近いものでな、ゴリラの力強さ、優しさがにじみ出てると思わんか?」
「そうかもしれないね。君が言うならそうなんだろうね」
「そうだろう、そうだろう。判るか! エルシオは見る目があるな! ではこちらだ。この栞。ゴリラの愛らしいイラスト。つぶらな瞳が我を見返していて、愛を感じるだろう。この画家は有能であるな! 素晴らしい」
「そうかもしれないね。君が言うならそうなんだろうね」
「わかるか! ではエルシオ、これは……」
エンドレスである。エルの瞳は死んでいた。エイヴァの瞳は輝いていた。あたかもエイヴァに生気を吸い取られ切ったかのようである。多分あながち間違っていないのだろう。
なんにせよ、この状況を打開しなければならない。私もエルも。リーナ様とシルヴィナ様は未だ絶賛困惑中、ソレイラは違う世界のだれかを呪っている。援護は皆無。しかし、私たちはやらねばならぬのだ。
――と、改めて覚悟を決めた時だった。再び、部屋の扉がたたかれ、訪問者を告げたのは。




