7/7 ネイシア・ドレーク男爵令嬢
最近、嫌に脳筋に縁がある。
ネイシア・ドレーク男爵令嬢。名乗った彼女の美しいオッドアイを見つめ返しながら、私は思った。なぜならば混沌へ転がる会話は以下のように続いたからである。
「……ヴェルザンティア王立魔術学院にはわが兄に少々用があり立ち寄ったのですが、さきほどシャーロット様がこちらにいらっしゃると伺い……」
そしてネイシア嬢は私を見た。シルヴィナ様とリーナ様とソレイラも、私を見た。エルとエイヴァに至っては「お礼参りかな? 兄フルボッコの復讐かな?」と困ったような面白がるような視線である。正直私もそう思った。いくら本人たるドレーク卿がまさかの斜め上解釈をしてさわやかに師弟関係を結ぼうと迫ってきていようとそれは正しい反応とはかけ離れているのだ。それを思えばフルボッコ被害者な彼の身内が何かしら思うところがあるのも仕方ないだろう。
普通なら。しかし。しかし、だ。
「……まずはやはり手紙にて請うべきかと思っておりましたが、シャーロット様はご多忙のご様子。なかなか面会の機会もいただけぬと聞いておりまして、この機を逃してはならぬと、直訴に参りました。……ほんの少々、お時間をいただけませんでしょうか!」
カッと、彼女のオッドアイの瞳が瞳孔を全開にして私を見据える。うん、なんていうか……うん……雲行きが怪しいと感じるのは気のせいだろうか……? おかしい、私の中の面倒ごとセンサーが激しく警報を鳴らしている。遅い。部屋に通した時点で話を聞かねばならないというのに。
ちら、と室内のメンバーたちをみる。同様に雲行きの怪しさ、というか違和感を敏感に感じ取った面々に、言外にがんばれ、と目線を返された。なお、リーナ様は柔和にふわふわ微笑んで通常運転である。
「うふふ。元気なお方。シャロン様のお友達でしょうか? お菓子食べます?」
そうだ! とばかりに手をたたいていそいそと席を用意しようとするリーナ様は……空気を読んだのだろうか、それとも天然でしかないのだろうか。判断に悩むところである。どちらにせよ動じない。心が強いな、未来の王妃。それだけ思って、私はネイシア嬢に向き直る。
「ええ、どうぞ。お話しください」
そしてついで席を勧める――が、それを固辞して、ネイシア嬢は膝まづいた。そして私を見上げ、凛々しくのたまったのである。
「当代一の魔術師、かの第二王子殿下のライバルと名高きシャーロット・ランスリー様! なにとぞお願い申し上げる! 私と手合わせをしていただきたく!」
――いただきたく!
――――いただきたく!
――――――きたく!
――――――――く!
高らかな少女の声が部屋の中にこだました気がした。一瞬だけ、室内は沈黙が満ちる。ネイシア嬢は私を見ていた。リーナ様も、私を見ていた。シルヴィナ様とソレイラも、私を見ていた。エルとエイヴァは、……お菓子を食い尽くさんとするエイヴァをエルがいさめているようだ。飽きたのか。飽きたんだな。今ばかりは私もそっちに入りたい。でも入れない。当事者だもの。かっぴらかれた少女の瞳孔が私をとらえてはなさない。怖い。
ともかく。
「お断りしますわね」
断った。それはもうほかに解釈のしようの余地がないくらいきっぱり、断った。カッとネイシア嬢の瞳がさらに見開かれた。そのうち目から光線が出るのではないか……? それぐらいの勢いがあった。
「なぜです!」
「理由がございませんわ」
「わが愚兄はお相手いただいたと聞いております。ぜひ私にも一度のご指導を願えませんでしょうか!」
なるほど、これが『巡り巡ってその結果』というものか。あの日あの時先送りにしたドレーク卿の師匠発言問題が一週間のインターバルを置いて変化球で返ってきた。やめろください。
「……ドレーク卿の件は、不可抗力ですわ。無益な争いを私は好みません」
だがネイシア嬢はコテンと首をかしげた。兄にそっくりな幼い仕草だった。
「なぜです? 兄から、これ以上なく素晴らしい『師』として仰いでいると伺っております! ぜひ、私にもその機会を与えていただけませんでしょうか」
そんな事実はない。ゆえにそんな機会は来ない。来ないのだ、ネイシア・ドレーク嬢。
そして妹に情報をゆがめて伝えるのは感心しないぞドレーク卿。シバくぞ。いや、シバくと師匠認定されるのか。なんて罠。朽ちろ脳筋。
「そのような事実はございません。私はドレーク卿の『師』ではありませんわ、ネイシア様?」
バッサリ、切り込んだ。……が。
「……? 兄は、シャーロット様に膝をついたのでしょう」
「………………そうですわね」
「負ければ門下に下るもの。ならばあなた様は兄の『師匠』でございます」
何これデジャヴ。




