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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第一章 貴人の掌
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1/23 鏡写しの無神経


 颯爽とやってきました、その男。びしっと皺ひとつないスーツを着こなした壮年の小父様ですね。亜麻色の髪にグレーの瞳が冷たい印象を与えるお方です。


 さて、唐突にやってきた私とは接点などなさそうなこのおっさん……。


 誰だお前。

 何故来た空気読め。


 ――とでも叫びたいところだがぶっちゃけて言えば私は彼を知っている。

 はっは。私の人脈と人物把握範囲を舐めるな? 城にいる人間で顔と名前が一致しない人間などいないと断言できる。


 まあ彼に関しては私でなくとも知っている者は多いだろうけど。


 彼の名前はマーク・ビオルト。ビオルト侯爵家の現当主。

 中々に誉れ高い、王子の教育係兼宰相補佐です。


「ご歓談中失礼いたします。殿下、この後の御予定について陛下より――」


 折り目正しく腰を折って断りを入れると、頷いたジルファイスに淡々と報告を始める教育係殿。

 国王。……国王ね、それなら一公爵令嬢よりも優先されないはずがない。


 さて国王から第二王子へなんのお話かというとだ。……いや聞かないのがマナーだけど聞こえるんだから仕方ないと思う。聞いていることが教育係殿にばれなければいいのだ、ばれなければ。

なお、ジルファイスには最初からばれているというか察して黙認していると思われる。


 その紅玉の瞳は「今更ですよねえ」と遠く語っていた。

 オッケーその認識で合っているよジルファイス。


 まあ、ともかくもさすがに全部聞こえるわけじゃないが、国道の政策で、と言っていたことから予想するに、あれだ。魔物が増えてちょっと問題になってるんだっけ? 王都に続く街道にも出て被害が割とシャレにならないっていう話だった。うちの領地は大丈夫だけど、他の領地では交易にも支障が出てるんじゃなかったかな?


 なるほど、魔物の対策は魔術師が出ることが必然多い。現在の王族の中で最も魔術的技量が、伸び幅も含めてあるのはジルファイスだ。のちのち宮廷魔術師の管理を任される立場に彼が立つ可能性は高い。その布石として一部の仕事を割り振られているのだろう。十一歳の労働責任者である。王族辛い。


 ともかく。


 私が仕入れている話だと軍の派遣と街道整備が現在の方針だったはずだ。討伐軍の編成はもう少し見直しが必要だと私は思うけどね。まあそれくらいジルファイスが思い至らないわけもないでしょう。


 だからそこは、どうでもいい。


 だってうちの領地に被害ないし。国策の全てに首突っ込むほど暇してないし。

 つまり私は帰りたいっていうか自分の今後の予定を消化したいわけで。そのために暇乞いをしたいんだけど教育係殿がジルファイスにべったりなわけで。

 用が終わったなら帰れよ。私を前にして自己紹介とかいらないから。すでに存じ上げてるから。


 いや、紹介されてる私の顔は慎み深く整ってるよ。それに彼は宰相補佐という立場もあるし、無下にできないよ。作れるなら面通ししといて損はないはずなんだよ。


 でも私、この教育係殿がぶっちゃけあんまり好きになれないので激しく遠慮したいんだよ。

 ジルファイスに関しては『面倒臭い』から、最初は近づきたくなかった。


 でもこの教育係殿はそういうのとは違う。


 ――一般的な意見として、教育係兼宰相補佐殿は優秀な人だということは否定しない。

 私自身、実際に言葉を交わしたことはないが、調べたことはある。だって城の人選に思いっ切り不審持ってたんだもの。あの豚領主代理を派遣してきた大ポカを国王がやらかしてはいなかろうかと疑心暗鬼だったんだもの。ちなみにまだ許していないからな国王よ。この借りはでかい。ネチネチ請求していく所存なので精々取り立てに怯えればいいと思う。


 だもんで、あんなの派遣した国の中枢はまさか身分だけのヘタレの集まりだったらどうしてくれようってな心境で、微笑みをお供にこう、ね。裏から……ね?


 だから彼は、間違いなく優秀な能力の持ち主の一人だ。……いやあ、あの眼光の鋭さというか無表情さは文官には見えないこともあるけど。ポーカーフェイスというか多分表情筋が仕事ストライキしてるんじゃなかろうか。


 ま、それは置いといて。


 的確な指示と状況判断力、王へも臆さず意見を言うことができるほどの才覚。

 この人が居るなら、とりあえずは安泰かなって思うくらいには。


 性格や素行調査とかもしたけど、問題は特に見当たらなかったしね。真面目で忠義一筋、礼儀やマナーにも厳しい。夫人との間には息子が二人、だったかな? どちらも私より少し幼いくらいの年回りだったと思う。うん、別に何処にも問題は……


 ないように思うだろ? そうじゃないんだ実は。

 問題、というよりは違和感。……違和感、というよりは。


 気持ちが悪い。


 高い能力を持つ人間が、同時に必ずしも優れた人格者ではないのだ。

 ほら私とか。なんという実例。


 ともかくも、そんな私をして心から思っている。

 ああ此の男の押しつけがましさは気持ちが悪い。


 本当に、本っ当に、関わりたくなかったよ、マーク・ビオルト宰相補佐兼教育係殿。


 ……いやこの男を目の前で見たのは初めてだけどさ。

 ジルファイス自身も、恐らくは私が感じるのと似た嫌悪を感じている。……いや、あれは嫌悪、というよりは。


 恐怖にも似た、『苦手意識』だろうか。


 この教育係殿がやってきた瞬間、一瞬だけ固まったこともそう。

 単純に苦手な人間、にしては『らしくない』委縮がどこかにある。


 ……私と同じく絶賛猫を飼育中で、最近はそろそろ尾が二股に分かれますか、な王子様はちょっとやそっとで外面を崩したりはしないのだが。苦手な人ぐらい、キラキラ五割増しで受け流せちゃう肝の太さを持ち得ている十一歳だったりするんだが。


 なのに、教育係殿にこの態度。


 それは教育係殿が優秀だから猫が通用しない、というわけではないのだろう。

 あれは本当に幼少期から傍にいた、彼がジルファイスの教育係であるからこそのものだ。


 これはないわー。

 ほんっとないわー。


 なんでこれを息子の教育係に宛がったんだ国王よ。可愛い子には旅をさせよという精神なのか国王よ。

 お前が私に教育されるか国王よ。


 ……国王にもこの教育係殿が『あれ』だと判っていて、思った以上にジルファイスが優秀で、ここまで来てしまったんだろうけどね。


 吐き気がするね。


 息子の能力を読み切れなかった国王にも、耐えてしまったジルファイスにも、ここまで『あれ』な教育係殿にも。

 ……そんな『あれ』な教育係殿のおかげで、『人の振り見て我が振り直せ』をリアルでやってしまった自分にも!











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