7/5 王太子護衛騎士ルーファス・ドレーク
さて、ここでぶっちゃけると、ルーファス・ドレーク男爵令息。ラルファイス殿下の護衛も務める精鋭。彼を私は『知って』いた。王太子殿下の護衛として見知っていたという意味ではない。いや、そういう意味ももちろんあるが、それ以前に私は彼を知識として『知って』いたのだ。
つまり久方ぶりの前世、そう『明日セカ』知識である。
かの『物語』で言うところの黒幕、つまり『エイヴァ』を討伐するために組まれたパーティを思い出してほしい。メンバーは五人。『主人公の少女』『ジルファイス・メイソード』『エルシオ・アッケンバーグ』『シャーロット・ランスリー』。そして最後の一人が、『ルーファス・ドレーク』なのである。
役割で言うなら、主人公ちゃんが天然ヒロイン、ジルがメインヒーロー、エルがサブヒーロー兼当て馬、私がライバル兼当て馬、ドレーク卿が保護者。最も年長者として、もろもろの人間関係や御家事情にて時にギスる若者メンバーをなだめ、見守る。そんな感じだった。前世友人をして『常識人過ぎて、逆に浮いているわね、彼』と言わしめた。
そんな感じだったのにね。どうしてこうなった。全体的にキャラが行方不明になりがちで絶妙に重いものを背負う『明日セカ』主要メンバーの常識人枠だったのに。
……いや、まあ彼は『明日セカ』の設定と現状とでは若干その立ち位置を変えた人物だ。あの物語の中ではただの騎士で、王太子の護衛ではなかった。そういえば某左遷済みの元教育係兼宰補佐殿がフェードアウトしてから抜擢された人選だった。多分彼は、元宰相補佐殿の好みではなかったのだろう。その辺の環境の変化が彼の変容の影響なのだろうか。……思えば彼の背負う『明日セカ』恒例の不穏なテーマは『抑圧』だった。何かを解放してしまった結果がこれだと言うのか……?
しかしだからといって私は『師匠』呼びを許容するつもりはない。ないのだ。
ゆえにバッサリ、切り込んだ。……が。
「残念ながらドレーク卿。私はあなたの師匠ではございませんわ」
「……? いいえ、あなたは師匠です。あの手腕、技術、魔力。どれをとっても学ぶことばかりです」
「そうであったとしても私はあなたの師匠ではございませんわ」
「私はあなた様に負けたのですから、その下につくのは当然でしょう?」
「それはあなたの常識ですわね? 私の常識ではございませんわ。よって、私はあなたを弟子にした覚えもなければこの先もありません」
「……? しかし私にとってはあなたは師事すべきお方なのです。騎士たるもの常に心身の研鑽に努めるもの。学ぶべき方から学ばねばなりません」
「勝手に頑張ってほしいですわ」
「ならばやはり私はあなたを師として仰ぎたいと」
「却下」
「なぜです?」
「だから、私はあなたの師匠ではございませんしなるつもりもございません」
平行線である。ルーファス・ドレーク。解放された彼は新しいタイプの脳筋となりはて、さわやかに、まっすぐに私を見ている。その口調はごく穏やかで暑苦しくなく、どこかの筋肉だるまとも違えば感情的でもない。筋肉だるまを『熱血脳筋』、ソレイラ含むヴァルキア国民を『直情脳筋』とすれば、ドレーク卿は多分、『さわやか脳筋』だ。さわやかだ。好青年だ。
だがしかし所詮は脳筋である。話が通じない。私は師匠ではないと無表情に切って捨てても小首をかしげて『意味が分からない』とばかりにグイグイ来る。意味が分からないのはこちらである。貴様常識をどこに捨ててきた。殴り倒せばいいのだろうかとちらりと思うが多分逆効果だ。なぜならばドレーク卿はフルボッコまでに殴られてこうなったからである。滅べ脳筋。
「……」
拒否し続ける私を不思議そうに見てくるドレーク卿の視線から逃れるように私はラルファイス殿下を見る。何とかしろ飼い主。そんな思いのたけを込めていた。そして殿下は言った。
「……ルーファス。そこまでだ。これから私とシャーロット嬢は『森』のことで話し合わねばならない。お前も仕事があるのだろう」
それはただの回避行動であった。しかし事実である。ドレーク卿は職務に真面目な性分、ハッと居住まいをただすと「申し訳ありません、殿下、師匠。それでは御前を失礼させていただきます」ときれいに腰を折って颯爽と退室していった。
師匠じゃないって言ってるだろうが。
そんな私の心の声は届くはずもなく、しまった扉をじっと見る。それからラルファイス殿下に視線を移して、じっと、見た。
「なんか、……ごめんね。……言っておくから、私も」
悲しそうに言われた。多分、ラルファイス殿下が言ったところで、無意味なんだろう。私と殿下の心のうちはシンクロしていたと思う。だがもはやこれ以上この話題に時間を盗られるのは心身の疲弊がひどいとともに時間の無駄だ。よって私たちはどちらからともなく、事務作業のごとく『森』調査の報告会を、始めた。……こうして、この時問題は先送りにされたのである。
まさかその先送りがたった一週間であだとなって返ってくるとは思わなかった。
そう、つまりここでようやく時系列は現在に追いつく。すなわち本日。……初めは、ごく穏やかだったのだ。それは私とリーナ様による恒例のお茶会。そこに今日はシルヴィナ様を招待していた。シルヴィナ様が来るのだから当然、ソレイラも一緒である。女子同士でほのぼのと、おしゃべりに興じるひと時になるはずだった当初の予定。
それが崩されたのはエイヴァのわがままが端を担うだろう。教室で本日の予定についてシルヴィナ様と仲良く話していた私たちに、突如それはもうきらきらした笑顔で奴は言ったのだ。
「我もいく! 行きたい! です!」
どうしてその主張に至った?




