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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第七章 或る国の歪
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7/1 少女の混沌


 何代も何年も、幾世代もさかのぼる。どの人生であろうが『私』は家族に縁が遠かった。あるいは先立たれ、あるいは里子に出され、あるいは捨てられ、あるいは生き別れ。どうしてそうなるのかは知らない。判るはずもない。ただ、どの人生でも大抵『私』は己の足で生きられるような環境を持ち、力を持っていた。だからそれ自体を気にしたことはあまりなかった。


 けれど何度も何度も何度も繰り返しそれらいつかの過去の人生を夢に見るうち、気づく。


 ――記憶の中に、『家族』がいたことがあった。どの人生を見ても兄弟姉妹のいなかった『私』に、しかしその記憶にだけは。


 二人の弟と、父親。


 仲睦まじい様子のその記憶。多分遠い遠いいつかの人生。切れ切れの不鮮明さ。それでも垣間見えたのは、あまり姿を現さないが威厳のある父。少し苦労人気質で、けれど天然ドジな上の弟。無邪気で騒がしくて、でも甘えたな下の弟。


 たぶん、『私』は、その『家族』をとても、―――――愛していた。



   ✿✿✿



 ああ、やらかした。


 私はそう思った。思わざるを得なかった。


 さてこんにちは。シャーロット・ランスリーです。『森』の騒動から一か月がたちまして秋深まりつつある今日この頃。


 なんやかんやありつつも学院も落ち着きを取り戻しつつあった。実際、『森』での魔物の氾濫(スタンピード)は滞りなくジル率いる国の部隊がさばききった。予期せぬ『森』での騒動であったというのにまさかの死者ゼロという快挙。まだまだ対応は終わらないし人々のうわさも尾をつけひれをつけ、肥大化しながら広まっている最中のようであるが、当事者となってしまった私たち第二学年の子息子女は心身ケアも受け、鎮圧に参加できなかった変態どもの悔し紛れの襲撃という日常もあって、立ち直りは意外にも早かったのだ。こんなところでもきらりと光る変態による斜め上の功績である。だって彼らの心が強いのは、半分以上、変態の所為だ。良くも悪くも学院という一種の隔離空間に守られた面も大きいだろうけど。


 なので、それはいい。問題はない。むしろ予想外に良好な現状に感謝しきりだ。


 しかし現在。そんな『学院全体』という大きな枠からもう少し個人に視点を移したところ。つまりは私の目の前には、混沌(カオス)が広がっていた。


「……」


 私はもうそれは疲れ切った瞳で目の前のそれら(・・・)を見つめるが、何度見直そうともそこに広がるのは混沌(カオス)でしかなくそれ以上でも以下でもなかった。


 ――現在地、学院内。いくつもある応接室の中でそれなりに大きめの部屋。集まった人数は顔面偏差値が狂ったメンバーばかりが私を含めて十名。


 大半はいつものメンバーだ。しかし若干名珍しい顔も混じっている。……まあ、うん。その珍しい顔の方々がこの状況の、ほぼほぼ元凶になっているのだけれども。


 解説しよう。


 私の右手側ではジルとエルがエイヴァに追い詰められている。エイヴァの手には何か……なんていうか、ゴリラの人形と、ゴリラの形のお菓子と、ゴリラ柄の毛布と、ゴリラモチーフのペンと、カップと、カトラリーと、……とにかくゴリラグッズが握りしめられている。そして全力でエルとジルに魅力を語ってプレゼンし、ゴリラへの愛を布教しているようだ。そのようなものを一体どこで入手してきたというのかと問い詰めたいほどに多種多様なグッズ。目に痛いスカイブルーとショッキングピンク。その熱意はいっそ感心するがそんな余裕は絶賛エイヴァに追い詰められているエルとジルにはないのだろう。たじたじだ。エルとジルが三歩下がればエイヴァが四歩追い詰める。じりじりと距離は詰められ、エイヴァの口調に熱が入る。いったい何をどうしてゴリラ愛スイッチを押してしまったのだろうか。とりあえずあれだ、とっても近づきたくないのでそのままじりじりと私から遠ざかってほしい。


 そして私の左手側ではヴァルキア主従が一人の騎士を目の前に、片や困惑し、片や目を輝かせている。なお、騎士はがっちりとして体格のいい男性。困惑しているのはソレイラで、眼を輝かせて胸の前で手を組んでいるのはシルヴィナ様だ。そう、困惑しているのは、ソレイラだ。騎士は膝まづいて熱心にソレイラに語りかけている。彼女は赤くなったり青くなったり引きつり切った表情をしたりと百面相をしながらシルヴィナ様に助けを求めるように視線を泳がせているが、この主は全く助ける気はなさそうである。とてもキラキラした瞳で己の護衛を見ている。ソレイラ、孤立無援。哀れみを覚えて仕方がないが、だからと言ってとばっちりが来るのはこちらもご免被るので頑張れと心の中だけで応援をする。孤軍奮闘してほしい。


 それから私。正しくは『私たち』だ。そう、私の目の前にも、相対する人物がいる。それは一人の少女で。彼女は叫ぶのだ。


「シャーロット様! ぜひとも私を全力でぶっ飛ばすつもりで! 遠慮はいりません!」


 彼女は何を言っているのだろう。


 ぜひともご遠慮申しあげたい。私は思った。口にも出した。しかし少女は聞いてはいない。ひたすら熱弁をふるっている。美少女と言って差し支えない彼女の顔は興奮に上気し、身長差ゆえに上目遣いの状況はただ見ただけならドキッとするような可憐さなのに言ってることが残念でならない。言葉の選択が絶妙にダメだ。何このダメな子。


 ……なお、そんな左手側の少し奥では、仲良く並んで座り、優雅にティータイムとしゃれこみながらまさに高みの見物としか言えない状況の王太子様とその婚約者様がいたりもする。ここだけ非常にのほほんとした空気が流れ、やや甘いそれはあそこだけ別空間のようである。彼らはそのままにこにこと部屋の中の惨状を微笑ましげに眺めている。大物だな、と思った。さすが未来の国王夫妻である。余裕だ。















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