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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第六章 世界の澱
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6/69 だから、どうか、ここにいて(ジルファイス視点)


 ともかく。


「状況は?」


 今は、この異常事態を収めることが、先決なのだと思考を切り替え、シャロンに問う。返るのは、明朗な答え。


「問題なく。エイヴァが大規模結界を維持していますわ。包囲を抜けた個体はおりませんわ」

「よくそこまで持たせましたね」

「『影』を動かしていますわ。もともと人間の密集するこの結界に集まっては来ているけれど、遠方はそうもいきませんもの。エイヴァと彼らで魔物をこちらに追い込んでいます」

「……魔物の氾濫(スタンピード)は半日から一か月とまちまちですが、今回の、あなたの予測は?」

「短期ですわね。長くて一日。すでに勢いと魔物の出現種が減少傾向にありますわ」

「……なるほど」


 打てば響くような問答をその後いくつか続け、私たちは今後の策と方針を決めていく。魔術師団・騎士団、両団長を呼び指示をすることも忘れない。私がそうしているうちに、シャロンも自らの部下……『影』の者たちとの連絡を終えていたようだ。


「……では、私たち学院組は順次、帰還を始めますわ。エイヴァが帰還すれば大規模結界が消滅しますけれど……問題ありませんわね?」

「もちろん。わが軍はそれほどやわではありませんよ。すでに隊を編成済みです。ただ、一気に結界が消えれば違和感を覚える者もいるでしょう。そこからエイヴァに必要以上に注目が集まる事態は歓迎できませんね」

「そうですわね。――確認しますわ。……エイヴァ」


 最後に呼びかけたのは遥か上空のどこかにいるであろう『魔』だった。シャロンは念話を開始したようだ。通常、念話は声に出さずとも脳内で会話を完了できるが、彼女があえて声を出しているのは私に内容を聞かせるためなのだろう。


「エイヴァ、聞こえているわね? ……そう、ジル達が到着しましたわ。一人で結界を維持して、えらかったわね。お疲れ様。……ええ、私たちの役目はここまでよ。結界を解いて、……駄目よ、今日はここまで。……絶滅させる気なの? これ以上不毛の大地を増やす気だというの? ……なぜ希望に満ちた声なの? 駄目よ、破壊神降臨は阻止するわ。イイ子だから戻っていらっしゃい」


 どうやらエイヴァは駄々をこねているようである。私としては彼が戦線に喜々として参加せずに防御専門に甘んじている時点ですでに驚愕であるのだけれど。シャロンの状況説明にも含まれていたが内心耳をうたがっていた。表面上は流したが。だって……エイヴァだ。それはもう楽しそうに殺戮行為に及んでいるのではないかと危惧していたが、何をどうしたのか丸め込んだようだ。さすがシャロンとエルシオ。二人掛かりの『口』撃にたじたじになっているエイヴァが見えるようだ。……あれ、割とよく見る光景かもしれない。さすがはランスリー姉弟。強い。


 私はどこか遠い目になりながら、それでもシャロンの言葉を聞いていた。――と、


「……わかった、わかったわ。わめかないでちょうだい。いい? 今後、必ず『森』の調査隊が組まれるわ。そこに私とあなたをねじ込むわ」


 えっ。


 思わずカッと目を見開いた私にシャロンは気づいたと思う。いや『森』の調査はする。それは間違いがない。むしろ国家間で連合大隊ができてもおかしくはない。しかしそこにエイヴァ(問題児)を投入することを子供のご褒美感覚で決定しないでいただきたいと思うのは私が常識人だからなのだろうか。眉一つ動かさずにエイヴァとの会話を続ける彼女はどこまでも『シャロン』すぎて私は即座に諦めた。そしてシャロンとエイヴァありきでの調査隊編成について考え始める。私も柔軟になったものである。まあ、そんな私を見越しているのだろう、確認すら取らずに彼らの話はまとまりを見せるのだけれど。


「どう? 『森』なら視界も周囲からさえぎられるし、この草原よりも誤魔化しがきくもの。多少羽目を外しても大丈夫よ。だから今日は聞き分けなさい。……そう、イイ子ね。じゃあエルと合流して。結界は、……そうね。一時間後までに徐々に効力をなくすようにできるかしら? ……そう、そういう芸当はできるのに攻撃魔術の威力調節が全然できないあなたが不思議でならないわ。意味不明よ」


 そして二、三言言葉を交わして彼女たちの念話は終了した。結界は問題ないことが分かった。それはいい。しかし、一応苦言だけは呈しておかねばならないだろう。


「何を勝手に約しているのですかあなたは。自由ですね」


 やると言ったらやるのだろうが、と私は嘆息を禁じ得ない。だがシャロンはどこまでもひょうひょうとしていた。


「大丈夫よ、陛下には丁重に説得をさせていただきますわ。まあ、おそらく……」


 爆笑しながら許可するのだろう、シャロンが言葉にしなかったそれを私は正確に読みとって、彼女と二人、何とも言えない顔を見合わせた。なぜならば我らが国王陛下はそういうお人であるのだからどうしようもない。敏腕なのだが、愉快犯だ。きっと軽快に許可をするのだろう。あの人も大変、自由なのだ。知ってる。知ってるからこそ最初から私は止める選択肢を持たないのだ。


「――そういえば、」


 すでに私の連れてきた部隊は殲滅戦を開始し、学院組は帰還の準備を始めている。しかしシャロンたちが帰還する転移門の準備まで、まだ多少かかるようだ。着々と進んでいくそれを見ながら、私は何とも言えない感情を切り捨て、ふと思ったことを、尋ねた。


「エイヴァは、『魔』たるものですが、魔物を切り捨てることにためらいはないようですね」


 彼が魔物に『命じる』ことがない理由は理解できる。その正体をさらけ出すには時期尚早すぎる。そうシャロンたちも説得をしたのだろう。けれど、つまり彼とあの魔物どもは同胞、というものではないのだろうかとも思うのだ。魔物の生態はいまだに明らかにされていないことの方が多いが……曲がりなりにも、それらの頂点に立つであろうエイヴァは、その魔物を殲滅することにためらいがないどころか積極的に打って出ようとすらしている。どういう感性をしているのだろうかと思わなくもない。……エイヴァのみぞ知る、というものかもしれないが。


 ――しかし、そんな私の疑問に何でもないことのように答えたのは、どこか遠くを見る少女で。


「ああ。だって、エイヴァは『神足りえぬ魔』。その属性は似ているけれど非なるものよ。……魔物は、この世界の澱なのよ。淀みが凝り生まれ落ちた意志なき害悪そのもの。いっそ台風や地震といった天災の方が近いかもしれませんわね。――感情もなければ感覚もない。本能で、純たる『魔』のエイヴァに従いはするけれど、それだけですわ」


 だからエイヴァも、それらを滅することに何の呵責も感じないのでしょう。


 そうつぶやくように言う彼女の横顔を、私はわずか、瞠目して見つめる。遠くを見る彼女は、どこか、本当にそのまま知らぬ場所に行方をくらましてしまいそうで。


 私はあえて、ほほえみを浮かべて、尋ねた。


「……以前も聞きましたね。あなた、本当はどこまで、何を、知っているのですか?」


 シャロンは振り向く。感情の読めない完璧な微笑で。


「以前も答えましたわね。でも、そうね。……あなたが思うよりも多くですわ、――ジル」













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