1/19 血に狂う
『狂う』。言葉ではたった一言だが現実は単純じゃない。
魔力を持つ者たちが、次々と発狂していく。発狂した者たちは、無差別に人を襲い始める。
……前世で、通り魔事件とか無差別殺人とかがニュースで取り上げられたことがある。あれが唐突に、複数、意味もなく起こるって考えればいいのかな。
それは、凄惨な光景だろう。
その『狂気』は、『生まれ持った魔力の量』に関係して起こるわけじゃない。多分、その人物の『魔力の許容量の限界値』によって発狂するかしないかが決まるのだ、と思う。本の中でもそこのところは割と曖昧に流されていて、明確じゃない。でも、そんな推測は成り立っていたはず。
うん、推測。明確じゃないの。前世の記憶として事件を知っているのに。
……。
この点に関して、私は前世で言った。
そう、口に出して、前世友人に語った。
この作者は読者を舐めてんじゃなかろうかと。
そして辛辣な我が前世友人も同意した。
『そうね、作者の中で自己完結しているんじゃない、貴方と同じで』と。
つくづく一言多い友人であった。
とにかく、そんな原因究明なげやりは率直に言って欲求不満である。
ふわっと流すなよ。イチャイチャシーンとかいらないから。ファンタジーですよねイチャラブオンリー小説じゃないですよねシメるぞ。
……まあいい。今更だ。
それに概ねこの推測は合っている。だって、私は歴代随一と言われる魔力を有しているけれども、『明日セカ』の物語で最後まで狂うという事はなかったもの。
だからふわっと流した作者は突っ込み入れたいけど、ぶつけるべき相手はこの世界の住人ではないのでとりあえずは妥協する。
で、次。
なぜ、そんなことが起こるようになったのか?
原因がなければ当然結果なんてない。もちろんキーはこの二人。原初の魔・エイヴァとタロラード公爵。
彼らはいったい、何をしたのか。
……大胆ながらも緩やかな行動だ。
それは『シャーロット・ランスリー』最大の武器である『魔力』。同様に原初の『魔』であるエイヴァだからこその方法。
大がかりな『魔術陣』だ。
太古に忘れ去られた禁忌の術。……いや、原初の魔はそれこそ太古から生きる化石のような存在だから現役か。
……さて、ここからは極秘の伝手から入手し考察した『今』の私の研究結果も入った情報も交えて話そう。
魔術陣の効力としては単純なのだ。魔術陣内に本来空中に散布している魔力を篭らせて増幅させる。そしてそれを陣内……通常の使用方法としては魔術師本人に還元する。言ってしまえば魔力の補てん、底上げ。今よりずっと争いが多かった時代考え出された魔術。
……けれど禁忌には禁忌となった理由がある。
この魔術は人の魔力に影響した。影響しすぎた。
強すぎる酒に酔うように、魔力に酔って自我を失い、人々は狂気に目覚めることになる。
その魔術陣を形作っているのが、エイヴァが公爵に手渡した『魔石』たちだ。
この『魔石』は、魔物の血を凝縮してできた代物で、その色は毒々しく輝く赤だという。
そしてこの辺りはテンプレなんだけど、それを国の東西南北、そして中心……計五か所に配置することで下準備は完成。通常と違って国一つを覆う陣だから、一か所一か所に配置される魔石は相当な数になるはずだけど。
そしてこの魔術陣、実はこれだけでは完成していない。
この陣が禁忌とされた理由はその効果もさることながら、最後の一手も忌むべきものとされたからなのだ。
――魔石の素は魔物の血。与えるのは魔力。魔力を得るのは人間。
だから最後の一手、媒介として必要なのは『人間の血』だ。……もちろん、陣が大きくなれば必要な人血も相応の量になる。
胸糞の悪い話じゃないか。
嘗ての人間はよくこんな陣を編み出したものだ。まあ、エイヴァという存在もあるし、人間が編み出したとは限らないが……それはいい。ともかくも、魔物と人間、双方の血を使って魔力を増幅させるとは、いろんな生き物を冒とくしている。
……この方法を知って、それで実現してしまう公爵は、魔力なんて関係なく、既に狂気の世界の人だったんだろうねー。良くも悪くも『普通』であった彼がいつからそこまでになっちゃったのかは知らないけど。周りを見る余裕なんかなかったのか、もう見たくもなかったのか。
同情する余地がないとは言わないけど、何度でもぶっちゃけよう、君は負の方向に振り切れすぎだ、タロラード王弟公爵。君のお兄さんである国王も割と別の方向に振り切れた人物の気もするけれども! ……あれ? なんだ、もしかして方向性にずれがあるだけで似た者兄弟なのか? 教育を疑うぞ前国王。
まったく、つくづく他人でよかったと思うよ。……ん、あれ、違うわ、腐っても公爵家、ランスリー家に王族の降嫁もあったから正確に言えば血のつながり微妙にあったわ……。そうか私にも残念な血が流れているのか。……やだな。