1/14 彼は共犯者
ある晴れた日の午後です。
私はにっこり笑っています。
別に楽しいわけではありません。ただ、目の前にキラキラ属性の王子様がいるだけです。
なぜ来た帰れ。
「……これほど頻繁に家にいらっしゃるなんて光栄ですわ。それにしても、王子様というのも、案外お暇ですのね?」
「貴女に会うために用事を早く終わらせるように心がけているのですよ。お蔭で教師たちにも仕事が早くなったと言われます」
「まあ素晴らしい、その才能はぜひ国政に生かすべきですわ。しがない一令嬢などにかまけている暇がおありならば」
「そう言うあなたも優雅に紅茶を飲んでおられるとは余裕なのですね?」
「ウフフ、御心配なく、私は今も勉強の最中ですわ」
「おや、それはそれは。どのような?」
「面倒くさい相手の前で愛想笑いと気付かせない勉強ですの」
「あはは、お互い様ですねえ」
うふふふ、あはははは。
空気は何時だって殺☆伐です。
……まあ、この王子に私の本性は早々にばれている。というかばらした。肉食獣だもんな、あれ以上に令嬢仮面壊す行為はないと思います、はい。
後悔? してませんよ!
だって王子も見事に仮面が剥げてますから! お互い様ですから!
毒舌はスキンシップであると私は自認する。
……と、まあそれは置いといて。
結局、天秤が傾いた今、私は王子をあしらうのをやめた。それはもう、すっぱりとやめた。
清々しいね。
なお、諦めなかった王子の根性に免じて対戦はしました。
何なの熱血なの? 執念深さが底知れない。そして思った以上にこの王子ぐいぐい来る。押しの強さに己と同類臭を感じた。
そして結論から言えばもちろん私の圧勝でしたが何か。負け? 何それそんな言葉私の辞書にはない。
世間体や噂に関しては私の『ランスリー公爵家』という肩書を最大限活用した。対戦に用いられたのが剣(物理)ではなく魔術(間接)だったと情報操作するくらいは可能なのだ。
ここで重要なのが『ランスリー公爵家の生き残り』の実力を図る目的を持った王子、という名目。そして品物が『魔術』ならば年下の女の子であっても『ランスリー家』の名前だけでその勝敗は必然的に『シャーロット・ランスリー』で問題ない。
抜かりはありません、勝負前に方々に許可根回しは完遂。気分は完全犯罪だ。
自己保身大事。王子にも勝負後に言い含めたしね。念書もかかせたのは保険だ。訴えられちゃたまんない。
茫然としていても彼は鈍くはない。理解が早いからその後の行動もやりやすかった。
まあ対戦で手加減しなかった、私に対する彼なりの誠意でもあるのだろう。あの歳で優秀過ぎる彼は本気で向き合える同年代はきっと少ない。
まあ私より弱いけど。大丈夫気にするな、有体に言って私は『普通』ではない。ははは、開き直った私はもはや『普通でない』ことを誇っている。
それを見せるのは、信用できる人間の前だけと決めてはいる。
だからまあ、やはり再燃した婚約者候補話の鎮火には結構気力を使った。恥じらわず、しかし賢しくないように、けれどはっきりと、一方で強くは出過ぎずに。
アカデミー級女優再び。しばらく休業を宣言したい。
まあそんなこんなでいろいろとありましたが、確実なことは私が絶賛最強チート街道爆進中だという事です。
殺伐としつつ、それでも私とジルファイス殿下の仲は比較的『良好』であるしね。本性出して嫌味を応酬できるってだけでもね、信用はしている。
だからほら、今も絶賛舌戦継続中です。
「剣の稽古は順調でして? また躾けてさしあげましょうか?」
「それは光栄ですね。ですが私などまだまだ」
「うふふ、心配なさらなくても大丈夫ですわよ?」
にっこり。
現状、私と彼の実力差はいかんともしがたいものがある。なのでこの話題になると若干青ざめる。……トラウマかな? 前世趣味の道場破りをしたのちに見た武道家の表情に似ている……。
いや、道場破りは趣味だったけど、そんな私の存在を知って待ち構えてる道場って多かったんだよ。流石の私も嫌がる相手を痛めつけたりしなかったよ。そして今回も、勝負したいと言ったのは王子だ。私はそれに快く答えてあげただけだ。むしろ対戦を回避するために努力していたのが私だ。
まあ最終的に開き直って根回し完遂してコテンパンにしたけど。
「……貴方の手加減などしないところは好ましいですよ」
褒めても何も出ないよ王子。
手加減を望まなかったのは彼自身だしね。そして基本的に私は嫌がる相手を痛めつけたりしないが時と場合によって意見を翻します。目的を達成するためならば笑って追いつめて許しを請わせることの何が悪いのだろう。
「あの時の貴方はなんて完璧な淑女なのかと思いましたよ。あの獣のようなオーラには何人たりとも逃げ出すでしょうね」
王子はきらりと輝く笑顔だった。
「ご心配なく。逃げる暇など与えませんわ?」
私は朗らかな微笑だった。
瞬殺ですわ、というのは副音声だ。
……おい王子引いてるんじゃない。まさか本気でトラウマになったのだろうか。
……まあ無駄に根性があるし、こうして対峙できている時点で傷は浅い。大丈夫だろう。むしろ、キラキラが一割引っ込んだことにちょっと気をひかれた。どういうことだ、そのキラキラもしかしてコントロールできるの? もう少し見てみたい。
……ではなくて。
「それで? いい加減、本題に入っていただきたいですわ。雑談だけをしに来る殿下ではないでしょう」
「おや、つれないですね。私はあなたとの会話を楽しみに来たのですが」
「今後立ち入り禁止にしますわよ」
私はとても冷えた目をしていたと思う。
そして客観的に見て美少女がそういう目をするとすごく怖いのを私は知っている。なぜならば前世親友が苦々しく言ったからだ。『突然真顔になるのホントやめて。怖気が走る』と。そんな辛辣な彼女はそれでも私の心の友でした。
ともかく。
やっと本題に入る気になったらしい王子。壮大な前振りはやめてほしい。なぜ、うちに来るたびにそれをするんだ。様式美か。私は無駄が嫌いなんだ。いや毒舌合戦はスキンシップだけど本題に入るまでが長すぎると思うの。だってもう一時間くらい経ってるんだよ王子が来てから。
とか半眼になってたら、王子が息を吸って、吐く。……なんだ、そんなに重大なことなのだろうか。私も自然と、背筋を伸ばして聞く体勢に入った。彼とは結構機密性の高い話をすることもあるから、侍女は最初から下らせている。同年代の貴族子女が云々っていうのは私が支配するこの屋敷の中では適用されない。いつだって用意は周到です。
そんな中、ジルファイスが口を開き――