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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第一章 貴人の掌
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1/13 肉食獣にエンカウント(ジルファイス視点)


 私は現在、ランスリー公爵家を訪問している。

 先ぶれが行くのが比較的急にはなったが、根回しはとっくに済んでいる。断るという選択肢は与えなかった。


 完全なる奇襲だ。

 獲物を捕らえるには、基本だろう。


 公爵家にかかわりすぎることに教育係はいい顔をしなかったが、まあいいだろう。彼は少し型にはまりすぎているから息苦しいのだ。


 ともかくも、奇襲が功を奏して、現在向き合っているのは、件の令嬢、シャーロット・ランスリー。


 彼女を前にして、やはり以前とは違う、と思う。

 私の目をしっかりと見て、他愛ない世間話に適切な返答を返すその様。

 彼女は現在十歳だったはず。

 三年前から少し大人びて、美貌には磨きがかかっていた。


 微笑みを浮かべた顔は愁いなど微塵ものぞかせず、しとやかだ。王子の訪問に過剰に反応した様子もない。この同じ年頃の他の令嬢の反応を知っているだけに、こんな当たり前の対応がひどく新鮮に感じた。


 今の彼女ならばあの頭の固い教育係も認識を改めるかもしれない。いや、逆に嫌悪するだろうか、彼ならば。

 なぜなら彼女の、私に無礼にはならないように、けれども過度の興味も抱いていないという態度。


 私個人としては見事だと思わざるを得ない。


 少々末恐ろしいくらいだ。これが年下の少女の対応だろうか?


 しかし、そんな少女の完璧な対応ではあったが、なかなか尻尾を掴ませないやり口にますます興味がわいた。

 火のないところに煙は立たない。あの盛大な粛清の糸を引いた人物が、この屋敷にはいるはず。……あるいは、それはこの少女自身かもしれない。


 だとしたら、その片鱗すら見せない彼女は想像以上のタヌキだ。


 互いに腹の内を見せぬまま、やがて、話は私と彼女の習い事の話になってゆく。


「――姫はどのような習い事を?」

「ピアノに刺繍……乗馬や剣術なども少々嗜んでおりますわ」


 無難な話題を選んだつもりだったが、返ってきた答えに、一瞬だけ固まった。

 乗馬……剣術? 公爵家の令嬢が? 箱入りも箱入りであろうこの華奢な少女が?

 まったく想像できなかった。動揺を押し隠すうちに、彼女の方から質問してくる。


「ジルファイス殿下はなにをなさっておいでですの?」

「私ですか? 私も、勉学の合間に剣術などで体を鍛えております。……まだまだですが。それにしても意外ですね。貴方のような可憐な御令嬢が、剣術など」


 そつなく答えたつもりだが、動揺が尾を引いていたのだろう。少々率直な答えを返してしまった。


「ふふ、いつまでも落ち込んではいられませんもの。両親は病でしたが――いつどんなことがあるかはわからないもの。最低限、自分の身を守るすべを持っておきたいと思っておりますの」


 対する令嬢は平静そのもの。

 けれどもその答えの内容は、ひどく冷ややかなものだった。


 ……所詮は令嬢のお遊びだろう?


 そう思うのに、どこか侮りを寄せ付けない雰囲気。


 ふと、思った。この令嬢が、いったいどう戦うというのか。その様を見れば、この完璧な令嬢の秘密の片鱗が見えるのではないか、と。


 だから、私は提案をしたのだ。彼女の剣術の師に会えないか、と。

 案の定、令嬢は、あの手この手で躱そうとしていた。


 多分、面倒臭がっていた。


 私は鈍くない。そのくらいは察する。けれどもどうにか押し切って、彼女の師であるという二人に会うことができた。

 師匠たちは筋骨隆々の男に、吹けば飛びそうに細い老爺という対照的な組み合わせだった。

 一人は剣術の師で、もう一人は魔術の師であるという。


 なぜか彼らは授業をするのだと勘違いしていたから、半眼になって渋る令嬢を遮りこれ幸いとばかりに授業風景を見せてもらうことにした。


 ――だが、それでも私には、どこか侮りがあったのだと思う。


 簡素な男物の服を着て髪を束ねても、やはり令嬢は華奢で美しかった。

 そんな少女が、どうして強く見えるだろう?


 ――まあ、すぐにおかしいな、とは思ったのだ。授業、と言いながら何かを言葉で教えるでもなく、令嬢の脇で手本を見せるわけでもなく、令嬢に対して相対する師匠たち二人。

 そしてそれが当然の如く構える令嬢―――。

 空気は真剣そのもの。


 それでも、私は思っていなかった。

 このあとすぐ、授業という名の対戦がはじまるなどと……。


 だから、始まったそれはあまりに予想外で。

 私は間抜けにも、口をあけっぱなしにして見入ってしまった。


 目にもとまらない攻防。魔術の連打、剣の応酬。体を入れ替え、二対一であるのに、令嬢はひるむことなく向かって行く。

 ――その口に佩かれた鋭い笑み――。


 獣だ、と思った。


 しかもあれだ。ものすごく獰猛な肉食獣だ。

 なんというかオーラがにじみ出ている。


 私はその場から、まったく動くことができなかった。動いたら殺される気がした。あの美しく笑む、令嬢の皮をかぶった肉食獣に。


 完全に普通じゃない。


 あの歳であれだけ魔術が使えることもおかしければ二対一であれほど互角に戦えることもおかしい。


 なぜ軽々と剣を振り回す。

 なぜためらいなく魔術を放つ。

 貴方はそれでも淑女か。


 先ほどまでのしとやかな令嬢はいったいどこに行った? 猫か。猫なのか。どれだけ巨大な猫を飼育しているんだ。私の猫もそれなりに年季が入っているがすでに彼女の猫は尾が二股に分かれている気がする。


 というか、師匠連もおかしい。雇い主に向かって躊躇いなく攻撃を加えるなどと、怪我をさせたらどうするのだろう。そもそも二対一って。我が頭の固い教育係殿も折に触れて大概な時もあるがここまで明後日の方向に突き抜けてはいない。


 大人と子供で師匠と弟子で男と女だろうに。


 だが、見ているうちに判った。


 なるほど一番おかしいのは令嬢だ。


 一対一だったら、確実に令嬢が勝つ。それぐらいの実力が、多分彼女にはある。

 最終的に、その授業という名の対戦では師匠たちの勝利だったが、きわどかったと私は思う。


 意味が分からない。そして顔が引き攣るのが止められない。


 すぐに息を整えて、今の対戦の反省会を始めているのも、いったいどんな根性をしているのだろう?

 というか彼らは私のことを忘れていないか?

 これでも、私は一国の王子なのだが?

 ……案の定忘れていたようだ。声を上げた令嬢に師匠たちが首を傾げている。


 こんな扱いは初めてだ。


「……いかがでしたか、ジルファイス殿下?」


 さも覚えてましたと言うように言うな。完全に意識の向こうに忘れていただろうが。振り向きざまには笑顔。あの恐ろしい肉食獣ではなく、令嬢然とした笑顔。


 何のスイッチが切り替わったのだろう、逆に怖い。


「殿下?」


 再度呼びかけられて、はっとした。


「あ、ああ……。ずいぶんと、本格的なのですね。圧倒されました」


 声が若干ひきつった。取り繕いきれなかったことが悔やまれる。……猫をもう少し強化しなければ。


「いいえ、まだまだですわ。師匠たちには敵いませんもの」


 フフフ、と令嬢は笑った。彼女は理不尽にもほどがある二対一で大人と子供で師匠と弟子で男と女というハンデだらけの状況で勝ちをもぎ取るつもりがまだあるのか。……なんだろう、先ほどまでとギャップがありすぎる。それはあちらも感じているのか、奇妙な顔をした師匠たちがぼそりと気色悪いと漏らした。おい、いいのか、一応主従だろうに。


 けれども彼らの中では日常茶飯事なのか、少し呆れた顔をしただけで令嬢が責めることすらない。


 ……なんとも、奇妙だ。


 そんな彼らを見ているうちに、私の内側にはまた、ふつふつと感情が盛り上がってきていた。


 なんだ、こいつらは。今まで見たことの無い人種だ。

 ここまで意味が分からないのは初めてで、だからこそ面白い。……面白い。


 あの強さも、ぜひお相手願いたい。


 引き攣った顔から、次第ににやりと口角が上がっていくのが分かった。


 だってこんな楽しいのは、久しぶりなのだ。私と対等、いやそれ以上の素質を持っているであろう人物に出会うのも、その人物が年下の少女だという事も。

 豹変前の彼女とのギャップも。

 そこで、嬉々として私も対戦を申し込もうとしたのだが……


「殿下、はしたないところをお見せいたしました。何事も全力で、がモットーなのです。……あら、そろそろお帰りになるお時間ですわね。貴重なお時間を割いてこちらまでお運びくださったこと、誠にありがとうございます。お帰りの道中も、お気をつけて」


 ……え。

 ちょ、ま、え?


 言葉を発する前に畳みかけられた。

 反論する隙が一ミリもなかった。

 あれ、というか言いながらどんどん玄関に追いやられている。

 先ほどまで私たちは中庭に居なかったか?


 なんだこの華麗過ぎる早業。何が起こった。


「いや、私はあなたと手合せを願いたく……」

「あらあら殿下、陛下たちがご心配なさっておられますよ、ほらほら馬車が既に待機しております」


 いつの間にそんなものを手配したのだろう、どういうことだ。

 しかも科白を喰い気味に切られている。

 そして気が付いたら馬車の中だった。


 最後に見たのは今日一番の彼女の笑み。


 送り出されたんじゃない。追い出された。

 過程があったはずなのに認識できないとは何事なのだろう。

 この私を押し負かすとは。


 でもあの笑顔は、あの笑顔だけは、多分逆らったらいけない気がしてならない……。


 しばらくは、呆然としていた。私についてきていた護衛や従者も、いったい何が起こったのかよくわからないという顔をしていた。


 ……。………。


「……ふっ」


 ふいに。


「ふふふふ。はははは、あははははははは!」


 笑いがこみ上げた。止まらなかった。

 なんだあれ?

 なんなんだ、あれはいったい?

 三年前とは違う意味で思うぞ。


 ――なんだ、あの生き物は?


 意味が分からない!


 面白い、どころじゃない。何から何まで予想外。というか、予想の斜め上を行く。行き過ぎる。


 ――ああ。


 何が何でも、お相手をしてもらいたくなってしまったじゃないか?


「ふふ」


 笑う。


「まずいなあ」


 止まらなくなってしまったよ。


 父王はどうせ好きにしろというのだろう。ならば教育係をどう言いくるめるか。

 ねえ。



 ――絶対に、逃がさないよ?















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