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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
プロローグ
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0/2 その世界の存在は


 三日前のあの晴れた日のこと。半年前に両親を一気に失くした私は呆けたまま、階段の上に立っていた。何か目的があったわけではなくて、抜け殻状態のまま立ち尽くしていた。


 見つめる先にある、段差。階段。もちろんそれは、美しく磨き上げられていて。

 うちの使用人さん頑張ってる。代理人がだめでも頑張ってる。そんな指紋をつけることすらはばかられる我が家の階段。


 ただただそこで、ボケっとしている私。


 しかしただ茫洋としているだけに見えて実はそうではなかった私。


 そう、この時すでに『それ』の予兆はあった。空虚な脳裏に何かが浮かんでいた。人間の第六感とは恐ろしいものである。


 その時私が思ったことはこうだ。


『おかしい、この光景、見覚えがある』。


 自宅の階段だ、見たことがなければむしろその状態が大丈夫じゃない。だがしかし、その時脳裏に浮かび上がった何とも言えない感覚。


 ずうっと昔(・・・・・)、なんか同じような角度から同じようなもの見て、たいへんまずい事態に陥ったことがなかっただろうか、……みたいな。


 ずうっと昔と感じたことがまずおかしい。何度でも言おう、私は九歳だ。赤ん坊のころの記憶かとも思われるがそれにしては奇妙だった。私の記憶だが、私の記憶ではない、そんな違和感。


 その違和感の方が、むしろおぼろげな記憶ともいえない記憶よりも鮮烈だった。


 なお、その日その時、階段にいた私はより正確に言うのならば階段の踊り場に居たんだよ。


 違和感の鮮烈な、その状態が大層気持ちが悪かった私。この階段が原因であるならば早急に立ち去るのが最善であると踏み、階段を降りて行った。うん。



 そしてその途中、見事にずっこけたんだ。



 その時回った世界は見事に一周。間抜けにも頭から行きましたが何か。素晴らしい浮遊感と衝撃でした。そうして始まる果てしない走馬灯。なんというお約束。

 余計なことまで思い出させてくれた、苦渋の体験である。


 さてそれでは思い出した余計な記憶とは何かと問われれば、私・シャーロット・ランスリーの幼少期の黒歴史に留まらない。


 なぜならばぶおおおおと流れていく記憶の中、私は大人の姿をしていたからだ。


 おかしい、今の姿と違う。走馬灯中の私、そんな疑問を呈したのが最初だった気がする。まあ、肩くらいで切りそろえた黒髪に黒目の、わりかし背が高い女。そしてなんだか短いカチッとしたスカートをはいている。それを見た私は膝丈とはなんと破廉恥なとか思ったけどそれはまあ置いといて。


 現在の私の容姿は、長い黒髪に紫の瞳をしている。アメジストと賞賛されることが多いだろうか。さらにはこれでも貴族令嬢、ほぼひらっひらのドレスしか着ない。九歳相応の体躯に似合う、ドレスだ。


 つまりその時の私の脳内は記憶を高速再生しながら『お前誰』と訝しむ器用な状態でした。


 しかしいくら疑問を呈そうと逆流は止まるわけもなく。


 とりあえずしかたないから、知りもしない黒髪黒目の破廉恥女の人生まで一気に走馬灯的にさかのぼってしまった私。


 で。


 そうした挙句に、私は気づいてしまった。



 まてよさてはこの女、『私』か? と。



 ……まあ、つまり、あれだ。

 巷で有名な、異世界転生とかいう……あれだ。


 どうしてこうなった。


 びっくり仰天ですけれど何か。両親失った悲しみがびっくりしたついでにうっかりかすむとこだったわ。


 そんな膨大な記憶をブチこまれた私の脳みそは容量オーバー、最初に言ったとおり、私は寝込んだとも。三日三晩うなされました。テンプレだね。


 まあ、階段から落ちて頭打って、その音で使用人がやってきて。さすがにこれやばくねと思ったのか、かいがいしく手当てされましたさ。私はそれどころでなくて脳みそグラングランしてましたけどね? 泣くでもない私は周りの大人には随分と気味の悪い子供に写ったかもしれないがまあ問題ない。いやあるけど最大の問題は今のところそこではない。


 で。


 落ち着いた今、よくよく思い返してみると、だ。前世の私は、まあまあそれなりな人生を歩んでいたようです。


 小学校中学校と義務教育を受けて、高校に進学。大学に通って、企業に就職。

 紆余曲折無かったわけじゃないけれども、私としては特筆するほどのことはない程度。良くも悪くもなく、順風満帆とは言わないけれども私としては波瀾万丈なんてほど遠い人生でした。


 まあ死んだから今ここに私がいるわけですが。


 記憶によれば二十五歳の時である。


 別に変なことをしたわけではない。前世の時から興味があること以外はどうでもよかったものだ。

 だから、私がどうとかではない。

 そう、私は全く悪くなどないとここに宣言する。


 ――ただ。


 歩道橋を眼にしたことがない人間はいないだろう。そしてたいていの人は渡ったこともあるはずだ。前世、まさにあそこを私は渡っていたわけだ。その階段。……降りてる時に聞こえた上方からの妙な悲鳴。


 通勤ラッシュの時間帯人が多いのは仕方がない。だがしかしとっさの身動きが難しかったその時の私は不幸が凝縮されていたとしか思えない。


 つまりだ、こう、落っこちてきた物体を私は避けきることができず……


 まあ、要は上の方ですっ転んだ何某に巻き込み事故で潰されるという残念な死に方をしたようです。


 ……なんてことだ。


 猶その死に様を思い出した時は思わず叫んだ私。

 なんじゃそりゃあああああ!? と。


 雄々しく叫び、がっくり膝までついてしまった。ちなみに寝込む直前の言動である。グラングランする頭ン中で気付いた瞬間絶叫。階段ですっ転んで泣くわけでもない沈黙からいきなりの絶叫に落胆(大)。屋敷中にとうとう気が触れたかと慄き心配されたのはうっすら気づいてる。私も他人事ならそう思う。恐怖に陥れて申し訳なかった。


 でも、それだけならまだよかった。


 前世の記憶があろうがあるまいが、その残念な女と現在の私は完全なる同一人物というわけではないし、死に方がいかに残念でも、一応『私』であった女だけあって嫌悪もない。前世の知識は参考にはするけれども気にするほどでもないや、という開き直り。図太さは取り柄です。精神年齢急上昇につき可愛げは摩滅したけれども。


 三日間で寝込みつつも私の柔軟な脳みそは情報処理を終えたのです。この記憶が前世であると判断したのはこの時間があったからだ。だから現在こうして考察可能なのだ。


 うん。今こうして落ち着いた頭でもう一回整理してみてさらにすっきり。


 なの、だが。


 いやいや、最初の情報処理完了と共にすっきりしきれないとは思った。いや、前世の記憶とか言ってる時点で十分おかしいことは今更だが。


 違和感はとりあえず、私の名前、シャーロット・ランスリー。


 なんか聞いたことあるくね。それも、前世で。

 ……では前世のどこで。


 ……。………。


 あー。


 うん、余計なことを思い出して余計なことに気づき、そうして私は余計なことを考えちゃいました。


 私は阿呆だ。


 で。


 思い出しちゃったものは思い出しちゃったんだけど。



 おおう。まじか。



 ――此処って、前世で読んだ、あの小説の中の世界なわけか。


















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