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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第一章 貴人の掌
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1/8 多分ちょっと間違えた


「さあやりましょう。さっさとやりましょう」


 ふっふっと筋肉を見せつけ汗をきらめかせる筋肉達磨。


「いつもどおり、手加減なんぞせんですぞ」


 ワキワキと指に不穏な動きをさせて杖を構える魔術狂。


 ああ、変態がここにいる。


 そう、ここは戦場だ。だから私はすっと剣を構えて、狙いを定めた。


 なお、私は服を着替えている。あんなひらひら邪魔でしかないのだ。そして傷がついたら懐が痛む。だから現在の私は護衛のお仕着せ子供版。髪も束ねてますよ。気分は騎士。守るべき姫はあなたですと護衛に泣かれたけど自分と同じ格好をしている私を見て嬉しそうにしていたから私は謝らない。


「もちろん。――私も手加減などしないよ」


 不敵に笑った私に、王子が目を見開いた――


 次の瞬間には、私はディガ師匠と切り結んでいた。流石に重い。筋肉では敵わない。全身にまとった自前の鎧は伊達じゃないのだ。十歳の美少女と成人男性を比べるのが間違ってるというのは置いておく。


 にやり、と口角をあげて視線をノーウィム師匠に一瞬だけ流して、風魔法。ノーウィム師匠の水の槍を蹴散らすと同時に、ディガ師匠の剣をはじきあげる。勢いそのまま、一閃。


 が、巨体に似合わぬ身軽さでディガ師匠は最小限に跳躍、回避。そのままディガ師匠、私の腋に向かって一閃。


 私はすかさず土魔法、防壁作成。難を逃れる。受け身の姿勢をとる前に、ノーウィム師匠からの第二撃。……炎の蛇とは相変わらず少女への容赦を忘れていると思う。


 水の蛇を瞬時に作り出して対抗。この時点で既に、私の脳内は戦闘一色に染まっていた。


 ……ブラフ張ってやがった反対側から雷玉の追撃!

 魔力を練ればしかし挟み撃ち、ディガ師匠が接近!


 休む暇なく防御、攻撃、防御、回避、攻撃、……ぼ、防御、防御―――!


 日に日に、師匠たちの連携には、磨きがかかっていると思う。


 私を差し置いて彼等がレベルアップをしているのはなぜだ。お前らの目的は何だ。私を鍛えるふりして実は自らの能力を向上させたいのか。さては給料泥棒か。


 でも、目にもとまらない攻防の中、自分の反応が上がっているのも実感できていたのでギリギリ給料泥棒ではないのだろう、多分。


 私がストップ掛けた時には、全員いつもの如く肩で息をしておりましたけれどもね。もちろん、私のありさまが一番ひどいよ? 仕方ないけどね。二対一の上に大人と子供で師匠と弟子だ。……あれ? 改めて聞くと虐待っぽいなこの扱い……。


 ……。………。


 まあいい。


 ちなみにこのストップ、脳筋と魔術狂は口で言っても聞かない。なぜなら馬鹿だからだ。

 一番有効な策は、戦闘開始前に頭上に用意していた大量の水を脳天から降らせることだ。

 師匠たちがびしょ濡れになった時点ではい、終了。予告はしない。そんな暇ない。ていうか予告したら避けられる。……おい避けんな、『ストップ』という一言は聞こえないくせになんでそれは聞こえるんだ。……言っても無駄なことは体験済みだから言わないけどな。


 試行錯誤した結果、これが一番効率が良く肉体的ダメージが少ない。むしろ汗が流されて気持ちがいいという好評をいただいた。真冬にも同じ言葉を吐いたからやっぱり彼らは馬鹿なんだと思う。


「だいぶ腕を上げましたな、シャロン様」


 脳筋ディガ師匠が言った。批評はいいが筋肉を見せつけながら迫ってこないでほしい。暑苦しい。なお魔術狂ノーウィム師匠は恒例、魔術の余韻に浸って恍惚としている。私のはなった魔法と自らの魔法に打ち震えているのだから、多分新しい種類のマゾなのだと最近は思っている。


 あ、ちなみに先ほどの『シャロン』というのは私の愛称。大分立場を忘れる傾向にある彼らが私の名前に敬称をつける分別を持っていてうれしいよ。


「ですがまだまだ甘い。よろしいですか? 攻撃を加える瞬間には――」

「……ああ、そうだね。うん……」


 そして始まる私と筋肉達磨・ディガ師匠の先ほどの動きについて反省会というか勉強会。そのうちに、理解できない方がいい世界から帰ってきた魔術狂・ノーウィム師匠も加わってくる。


 ちなみに二人ともびしょ濡れなままだ。


 ……いつも思うんだが、身体を拭くなりなんなりしてから話してはダメなのだろうか? ノーウィム師匠においては魔法で一瞬のはずだ。あれか、まだ魔術の余韻を感じたいのか。


 まあいい。そうしていつもの討論大会に発展しようとしかけて……


「あ」


 私は声を上げました。間抜けな顔と声だったと自覚はある。


 ……でもね?


 師匠方に怪訝な顔されたけど、それどころじゃなかった。

 はい、思い出しました。

 いたね、そういや。……部外者が。

 忘れてたわ。



「……いかがでしたか、ジルファイス殿下?」



 くるりと振り向きざまに微笑み仮面を装着。一応の礼儀としてね。覚えてましたよ的な。完全に忘れてたけど。でも悪びれません。師匠方も今思い出した、という体でぽんと手を打っている。あからさまだなお前ら。


 おお、王子が忘れられたことに衝撃を受けている。

 それ以前にも何やらショックを受けていたと思われる。


 そんな間抜け面すらも絵になるのは美少年だからだろう。若干指差して笑いたい気もしないでもないけど。まあやめておこう、仮にも王子だ。


 というかそんなに驚愕しなくてもいいと思う。もしかして驚きが過ぎて聞こえていないのだろうか、私の言葉への返答がいまだない。私たちの授業風景のせいなのか、私の令嬢にあるまじきふるまいのせいなのか、三人そろって存在を忘れられたせいなのか。


 全部ですか? ですよね。


 でも文句を言われる筋合いなどない。王子のわがままを聞いた結果がこれだ。私の思惑も多少入ってはいるが、望んだのは王子だ。未知を観察するのなら予想外をいつでも想定するべきだ。


「殿下?」


 再度呼びかければ、はっとしたように肩を震わせた。


「あ、ああ……。ずいぶんと、本格的なのですね。圧倒されました」


 引き攣った顔で笑うジルファイス殿下。


 ……おい猫逃げ出しかけてんぞ。肉食獣のオーラはしまってやるから捕まえておけ。


「いいえ、まだまだですわ。師匠たちには敵いませんもの」


 フフフ、と笑う。うん、あれだ。師匠たちと相対する時は口調を戻しているせいか、違和感が半端ない。私は猫を使い分ける主義なのだが、こう……気持ち悪い。……おい師匠、そんな顔するな。ていうか今小声で気色悪いって言っただろう。仮にも雇い主に向かって何たる暴言だ。同感だがやめろ。


 しかし、私の発言に何かが刺激されたのだろうか。微妙に王子の瞳に闘志が宿っている気がする。めらめらっと燃えてきている気がする。


 ……あ。これ面倒臭い奴だ。


 思い至った私は、機先を制することにした。


「殿下、はしたないところをお見せいたしました。何事も全力で、がモットーなのです。……あら、そろそろお帰りになるお時間ですわね。貴重なお時間を割いてこちらまでお運びくださったこと、誠にありがとうございます。お帰りの道中も、お気をつけて」


 有無を言わさない笑顔で畳みかける。

 反論は受け付けません。


 テアワセシタイ? 何それどういう意味? 私は何にも聞こえなかった。


 王子も私も、予定は目白押しだろう? 責任を放棄するのはいただけないよ。君には将来、国の重鎮に座るという野望があるのだろう。ならばそれに邁進すべきだ。


 大丈夫、君の未来の邪魔はしない。


 だからさあ帰れ。

 やれ帰れ。

 二度と来なければなお良い。

 


 全力で王子を摘み出し……送り出した私は、今日一番の笑顔だったと思う。











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