1/5 茶会に思う
あれは両親がまだ健在であった頃だ。王宮にてそこそこの規模の茶会が催されたのだ。
第一王子の婚約者は既に決まっていた当時、今思えば、あれは第二王子の婚約者探し及び顔合わせの会であったのだろう。
さて、そんな茶会は、私はもちろん、高位貴族で年齢が釣り合う御令嬢が集められていた。……とはいっても、政治的背景や権力の関係性、これまでの王家の家系図なども考慮して、結局二十人ほどの令嬢だったのだが。
ま、それはいいとして。
私はそこで、このキラキラ属性の王子様と初対面を果たしているわけでございます。あるべくしてなされたこの出会いを『運命』と呼ぶ人がいれば結構大分厚顔だと思う。
なお、その場に一応の主催として国王夫妻と第一王子殿下もちらりと顔を出していたと明記しておこう。
でだ。
端的に、その時の第二王子殿下に対する私の感想を述べよう。
……幼心に、綺麗だと思った。流石は王家、美しさが凝縮された両親の血をしっかり受け継いでいた子供。あの頃から御尊顔は健在だった。
そしてそれだけである。
言葉も交わさぬその場で見た目以外に何を受け取れというのだろう。
ここでも明確になる『シャーロット・ランスリー』から『ジルファイス・メイソード』への恋愛感情のなさ。清々しい。
まあその最も大きな原因としてはその頃の私は前世覚醒前であったためだろう。
なぜならばその時私は極度の人見知り内弁慶勘違いちゃんだったからだ。
当時の私は七歳の箱入り娘。周りは知らない人間ばかり、すっかり萎縮してしまった私は息の根が止まる寸前であった。
ただ、言い訳をするならばあの時に限っては人見知りじゃなくても委縮しただろうと思う。だって、私は良くも悪くも目立ってしまう。存在感がどうとかっていうよりは、私の肩書きと容姿の問題だ。
最有力貴族のたった一人の愛娘。『ランスリー公爵家』の名はブランドだ。次男・三男を持つ親からすれば引く手あまたの良物件。王子の婚約者候補としてはライバルになるのだろう御令嬢たちからしても繋がりを作っておきたい相手だ。むしろわりと確信を持っていうが、彼女たちは作っておけと命令されていたはずだ、彼女たちの保護者から。なんて素敵なギラつく打算。まあ、よくあること、よくあること。
……まあそれでも、そのお茶会、それだけだったらまだよかったんだけどねえ。
それ以上に、私は注目を集めることになっていた。
なぜならばこの国では珍しいことに、私は黒髪の持ち主だ。
黒髪が忌避されるなんていう偏見があるわけではない。それでも、王子や国王、王妃を見ればわかるように、金髪や銀髪、茶髪という明色が主流の国の中で、私のような漆黒ともいえるほどに黒い髪は非常に目立つ。
なお、言っておくなら両親とも濃い目の茶髪だった。それでも正真正銘私は彼らの一人娘である。顔立ちは母に瓜二つと言われていたし、アメジストの瞳は父譲り且つランスリー公爵家の血を引く証だ。つまりは隔世遺伝なのか先祖返りなのか、はたまた前世日本人な魂が関係しているのか。
まあはっきりしているのは、私は生まれてこのかた私以外に黒髪の持ち主を見たことないレベルで珍しい髪色を持って生まれているという事だ。
この上なく目立つ。そして目立つ存在には注目が集まる。だって好奇心が備わっているのが人間だもの。
判っている、理解している。それでも、今現在だってあの、視線の集中砲火は割と本気で御免蒙りたい。私は珍獣ではございません。
そう、現在の太い神経を備えた私ですらもそう思うのだ。人見知りを拗らせていたかつての私があんな衆人環視に耐えられると誰が思うだろうか。いいや誰も思わない。
当然、その茶会ではバイブレータの如く震えていた私。そういう病かと錯覚されるほどだったのだ。いっそすごい。
で。
生まれたての小鹿の如く震える私、しかし礼儀を欠けない公式の場、ガッチガチに緊張しながら進み出た私、ものすごく心配そうな顔の両親、何を言っているのかわからないレベルでたどたどしい挨拶をした私。
さてこの後はどうなるのが定石か、明らかだと思う。
そう、テンプレの如く、決定事項の如く、私はバランスを崩した。
――だがしかし。
バランスを崩したこの私、『シャーロット・ランスリー』はそのままあわや王子の前で盛大にすっ転びかけたけれども自力で留まった。
もう一度言おう。自力で、私は、留まった。
根性である。ここで転んでなるものかと全力だったことだけは妙に記憶に残っている。幼女の必死さが伝わる。
失態を犯しかけて王子と急接近などという夢は見ていなかった私。
私は基本的に堅実なリアリストなのだ。
そんな私が王子の手など借りるというのはあり得ない。フラグというのは叩き折るために存在するのだと思っている。……まあ、当時は前世の記憶などなく現在とは似ても似つかない性格と言動だったはずなのだが……。うん、根底のところで私は私だったのだ。素晴らしい。
ともかく。
そしてその時、転びかけたにもかかわらず自力で立ち直った少女。それを前に微妙に差し出した手の行き場を失くした王子。大変虚しく泳いでいた小さな手。本当に申し訳なかったとは思うがあの時の私の行動は最善であったとも思うので反省も後悔もしません。
なお、そこから先の記憶はない。多分ほとんど気絶寸前で、両親に抱えられて帰ったのだと思う。
つまりあの茶会は私にとって全く持って神経と体力を浪費しただけの無駄な時間であったと言えよう。
そしてそれが最後だ。その後、王子からの接触はない。
一度だけ手紙をもらったぐらいか。候補者全員にまんべんなく、無難なことを書き綴ったと思われる内容の手紙を。
具体的な文章は特に記憶に残っていない。心底どうでもよいことしか書かれていなかったのだと思われる。返事を書いたかどうかも覚えていない。不敬に当たるから返したとは思うが。でもそれ以上の交流はない。王子の方からもない。ていうか多分あれだ。あの手紙、王子も強制的に書かされたんだろうな。
とにかく。
面倒臭そうなキラキラ属性王子様の嫁の座になど興味はなかった私は賢明だったと胸を張って言おう。
絶対面倒だろ、王族に嫁ぐなんていうのは。『明日セカ』の『シャーロット・ランスリー』は、無様にも元婚約者候補などという儚過ぎる繋がりに執着していたが、それは両親を失った孤独が主な要因だ。
つまり、両親さえ健在であったならば私は記憶を取り戻さなくとも面倒そうな王子などうっちゃってひきこもりライフを堪能したのは確実だ。
ニート街道をひた走る公爵令嬢・『シャーロット・ランスリー』。
……やめて根暗。