1/4 第二王子ジルファイス・メイソード
私の目の前には、そうそうお目にかからないであろう美貌が微笑んでいる。
もちろん私も、しっかり成長した猫を背負って微笑み仮面を装着している。
私の目の前に座る少年の名は、ジルファイス・メイソード。
何を隠そう我がメイソード王国の第二王子にして、私の元婚約者候補だ。
何度でも言っておこう、『元』かつ『候補』だ。ちなみに私が両親を失って傷心だったときには一度たりとも顔など出さなかったとも明言しておく。
薄情者である。
だがしかしその無関心、歓迎しよう。婚約者候補の少女など片手で足りないほどに居るのだ、王子殿下からすればそんなあまたのうちの一人をいちいち気にかけていては身が持たないだろう。
しかもすでに候補から外された我が身。特別扱いなど望まない。そっとしておいてくれ、それでなくてもまだ領地の整備は完了していないのだ。面倒事を持ち込んで私の仕事を増やさないでいただきたい。
つまり帰れ。
……いや、まずは疑問を持つべきだろうか、何故今更やってきたのかと。
だってこの少年と私に、現在深い接点はない。顔見知りであるという程度だ。
それなのにアポなしでやってきた意味が分からない。帰ってほしい。表面上は取り繕って微笑んでいる私の猫は今日も通常運転だけど。
……ああ、それにしても、このジルファイスという少年、本当に顔立ちが整っている。
面倒臭いという本音さえ邪魔しなければ眼福であると言えよう。
キラキラ属性は知っていたが、サラサラの金髪に、紅玉のような美しい瞳。肌は透き通るように白い。内側から輝いているかのようだ。よくできた人形のような美貌。子供に有るまじき色気が半端ない。成長すればさぞやモテることだろう。そのイケメンぶりで主人公ちゃんを落としただけはある。
まあその美貌、『シャーロット・ランスリー』には今も昔も通用していないのだけれども。だって物語の中でさえ『彼女』は『光』の象徴として第二王子殿下に執着をしていたし、主人公に嫌がらせをするあて馬役ではあった。けれどだからと言ってそれが決して恋愛感情ではなかったことはその後のちょろすぎるほどにあっさりとした掌返しではっきりしている。そしてそれは現実の『私』にとっても事実だ。
ともかく。
問題はその色気兵器予備軍が、何故今更のこのこと顔を出したのかということだ。
まあ、本当は、理由などおおよそわかっているのだが。
……一年前、私が記憶を取り戻すに伴って起こった変化。および、代理人への粛清は、まあ大々的な話だしランスリー公爵家自体が筆頭公爵家という立場であったおかげでその騒動の全てを隠すことは出来なかった。勿論領内の詳細な情報を漏らすようなへまはしていないのだが、それが逆に噂につながった。
……『シャーロット・ランスリー』の人見知りぶりは平民の間では知られていなくても貴族間では有名だったし、領地経営が異例の速さで持ち直していることも注目を免れない。しかもそれについて探ろうとして探れなかった家がどれだけあった事か。
つまり奇跡に近いこと、言ってしまえば異常な出来事とみなされた。
その名も、『ランスリー公爵家の怪』と呼ばれるくらいには。
やめてくれ。なんでホラー風味なんだ。そんなに『シャーロット・ランスリー』の豹変を化け物扱いしたいのか。私は悪霊にとりつかれたわけじゃないし成り代わりでもない。そして領地についても、私の領地をあるべき姿に軌道修正しただけだというのに、あちらこちらで尾ひれがついていまやおどろおどろし気な話になっている。なんてことだ。上流階級は暇なのか。そんなものに現を抜かす暇があるならばキリキリ働くべきだと思う。
――ともかく。
そんなこんなで一時期はかなり広まった噂だ。さすがに最近は下火になってはきたが、消えてはいない。
つまりはこの第二王子殿、忘れたはずの元婚約者候補である所の『私』の、不可解なうわさに興味が出たというところだろう。
王子にも野次馬根性があるとは初耳である。出直して来い。
いや、まあいい。この機会に、このジルファイスという少年に関して少し考察してみるのも一興だと開き直ろう。どうせ表面的な会話しか無くて脳みそが暇なのだ。
……本音を言うならばとっとと帰っていただきたいが。なぜならばこの面会に私の勉強時間を割いているのだ。
ストレスである。筋肉に狂った師匠譲りの剣を振り回して、わが師お墨付きの『肉食獣の微笑み』をご覧に入れてはだめだろうか。
……ともかく。
ジルファイス・メイソード。この国の第二王子。この国は側室を許されているが、現在の国王には正妃しかいないから第一王子ともども、もちろん直系の王妃の子供だ。王位継承権は、言うまでもなく第二位。
けれども幼いながらも才気煥発、高い魔力を持っている。能力だけで言うのなら第一王子を超える勢いだという。その整った容姿も相まって、次期国王に推すものも多いとか。
そんなジルファイス殿下に私が初めて会ったのは、七歳の時にさかのぼる。