0/1 溢れだす個性と記憶
花々が美しい、春の日。
此の世に産まれて早九年。酸いも甘いもかみ分けるという子供の人生を、送っていたのが私である。……そう、送っていた、はずだ。唐突にすべてが混乱の坩堝に叩き落されたけど。
意味不明? 大丈夫その感覚が正常だ。なぜならば私にも現状の理解ができていないからだ。
意味が分からん。どうしてこうなった。
遠くを見つめて現実逃避をする私はこの上なく『普通』であるはずだ。
……いや、私はもともと、普通の子供だった。ぶっちゃけ性格が良かったとは口が裂けても言わないけれども。でもほら、世間一般で言う『普通』の範疇ではあったと思うんだよね。常識を凌駕していないオンナノコでしたよ。……うん、まあ、奇行がなかったわけじゃないけど、そこはあれです、個性。個性は大切だ、何故ならそれが人間の魅力だからだ。
うむ。
とまあ、自己弁護はこれぐらいでおいておくとして、そんな『普通』だったかつての私。しかし何というかとりあえず紆余曲折ありまして、混乱の坩堝に叩き落された現在、晴れて『普通』枠から追い出されました。
いや、まずはここで時系列に沿って少し話を整理しよう。
胸を張って『普通』と主張出来ていた以前の私は弱冠九歳にして中々に悲惨な経験をしていたのです。
……まてよ、だからか?
精神的負担の所為で『この現象』が起こったのか? 許すまじ悲惨な過去。
まあ多大なる直接攻撃が最終的引き金だったのは判っているんだけれども。分りすぎているんだけれども!
うんうんとひとり頷いてしまう私は不気味かもしれないが誰も見ていないから問題はない。
――まあ、何が言いたいかというとだ。
あれやこれやで不幸のどん底であった私は、更なる不幸に見舞われて、ちょっと……いや割と精神ダメージでかい不思議体験をしてしまったのだったり。
うん、そう。
九歳の、あの日。私は全てを思い出した。
思い出してしまった。
なぜリセットボタンは私に存在しないのだろうか。やり直しを要求する。
いやまあつまり、はっは、その瞬間唐突にいろんなことが頭の中を駆け巡ったんです。幼く純粋な身体を持つ私は三日三晩寝込んでしまったものです。ていうか今も寝台の上、絶賛強制安静中。なんてことだ。
そして目を覚ました先ほど、見わたせば部屋の中にボッチなこの現状。なんという華麗な追い打ち。寝込んだ子供を部屋に放置を許されるとでも。普通は寂しくて泣くぞ。私は逆に落ち着いて考え始めたけど。むしろこの現状に価値を見出しているけど。私の適応力の高さ素晴らしい。
その私をしてあの逆流感は頭がパンクするかと思ったけど。耐えられた私はそれでも己は普通だと主張したい。無理だけど。
――まあ、それは置いといて。
落ち着いているつもりがやっぱり混乱していて現状整理も糞もなかったので改めて己の状況を整理しよう。
私の名前は、シャーロット・ランスリー。
これでも貴族の最高峰、ランスリー公爵家の一人娘。
――いや、正確には、『だった』、というべきなのか?
……別に妹が出来たわけではない。そんな状況で『悲惨な過去』云々言い出したら虐待が見え隠れしてくるがむしろ私は溺愛されていました。
さてここでも『溺愛されていた』という過去形。なぜなら私の両親が既に他界しているからである。
両親の死因は双方病死。流行病だ。腐っても最高爵位の貴族、国一の医師が手を尽くしたが彼らを救うことはできなかった。
ちゃんと理解はしている。以前の『私』も今の『私』も。『この世界』の医療は遅れているし、私に何ができたわけでもない。役立たずは私で、そんな私には文句を言う資格なんかないのだろう。分っていて絶賛現実乖離中だったけども以前の『私』は。理性と感情は別なのだ。こっちもこっちで文句を言われる筋合いはない。むしろ齢九歳にして理性では理解していたという己を賞賛すべきであると思う。
まあいい。
とりあえず、その両親が立て続けに他界したのが、今から半年前。
それからの私の周りは目まぐるしかった。いやまあ、そうはいっても私自身は何にもしてないけど。くるくるしていたのは周りだ周り。拍手ものの身勝手。
よくある話だよ。両親を失って、親せきも幸薄かった我がランスリー公爵家は、私がたった一人の主筋だったわけだ。でも九歳の餓鬼に公爵家継ぐとか無理だろう。状況が整えばやってやれなくもないかもしれないが、整ってなかったうえにそもそも両親失って傷心の子供に責任負わせようとか鬼畜の所業。
何よりも私は女だった。現時点の法律で、女に爵位の継承権はない。なんでないんだ。男尊女卑か。訴えるぞ、そして負かす。
ま、そこは置いといて。どうなったかと言うと。
いやあ、さすがにそこはね、定石です。後見人兼、領主代理、みたいなのが派遣されてきまして。私としては訳も分からずあれよあれよというまに後見人がつけられて、公爵家のかりそめの中心として、お人形のように大事に、――その実放っておかれたとかいう何とも何ともな状況なわけで……
つまり私は暫定『公爵令嬢』です。婿を迎えて家を存続させることになるのだろう。
とにかく。
そんなこんなで、現状絶賛放置プレイ。いや、子供に責任負わせるのも非道だけど、だからって後見人付けて、はいさよなら、も鬼畜だよね。畜生の行いだよね。保護義務の遂行を要求する。子供は甘やかされてしかるべきである。うむ。
いや、なんというか。
大人とは実に勝手だ。ホントにね。私にいきなり領地経営やれと言いこそしなかったけれど。
そこは一応の良識があったのかと思ったものの、それを差し引いても、ねえ。
能力にも人格にも問題ありな人物を派遣してくるのは許されるのでしょうか。
私は許されないと思います。
そんな人物を選んだアンポンタンの目玉をぐりっと抉りたいと思います。
だってあれだ。この代理人、欠片も大丈夫じゃない。
私を放置だけじゃ飽き足らず、私の領地を好き勝手に動かしまくって、何がどうしたらたった半年でこうなるのだろうか、むしろその意味では天才なのだろうか。あんな代理人をよこした王はいつか恐怖のどん底に突き落とそうと思う。
ま、代理人が来た、という事実自体を批判はしないけども。それが良識と言うか常識と言うか当たり前のことなんだし。やっぱり領地経営なんて子供にはわからないし、当の私だって、現在とは違ってそれはそれは悲嘆にくれて、それこそ本当のお人形みたいに過ごしていたのだから。
今、こんなことを考えていられるのは、ひとえに『思い出した』お蔭だ。
それに関しちゃ、その阿呆な代理人が私のことをほったらかしにして、義務放棄という鬼畜をやらかしたお蔭ともいえるかもしれないがだからといって許しはしない。
なぜならば『思い出した』ことによって私は『普通』から逸脱したからだ。誠に遺憾である。
そしてその『きっかけ』も正直どうかと思うような代物であった場合、人は寛容になれるだろうか、いやなれはしないだろう。
――まあ、三日前に、話は遡ります、当然。