第二話 プロローグ2
お待たせいたしました。
※MMORPGの名称を変更しました。エルフォニア→エルフォーティア。
夜の帳が下りて、一気に暗くなってしまった。
キャンプ好きの友人から聞いていたけれど、夜の森は何もかもを黒く塗りつぶしたみたいで本当に真っ暗だ。
せっかく獲ってきてくれたモエギとコガネには悪いが、ご飯は諦めよう。この闇の中じゃ何もできそうにないからね。
今はなるべく大きな木を背にして座っているが、風除けには心もとない。森の奥から流れてくる風が冷気を運び、俺の頬をなでていく。そのせいで思わず体が震えた。
両脇にもふもふたちをだっこしているから、俺はそんなに寒くはないんだけれど、この子たちは直に風を浴びることになる。
なんとかならないかな。そういえば俺のキャラが持っていたアイテムはどうなったんだろう?
そんなことを考えていると、むくりと起きだしたクロが短い脚を必死に動かして、よじよじと肩まで登ってきた。頑張ってるクロには悪いと思ったけど、その姿に和んだ。
「起きたのかクロ。ん? どしたの?」
「にゃ~う」
肩の上でクロが小さく鳴いたかと思うと、突然、俺との間に瀟洒な刺繍が入った銀色の布が現れた。
クロはその布を小さな頭で俺の頬に押し付けてくる。
「この布、ひょっとしてクロにあげたスカーフじゃないか?」
「にゃ」
俺は両手でクロとスカーフを包むと、胸に抱きかかえた。
「ありがとう、クロ。俺の顔が寒そうだと思って出してくれたんだな。それにしても、これはクロのインベントリに入っていたはず。……もしかして使えるのか?」
「んなぁ~う」
「ボクも使える、よ!」
「ワタシも使えるの!」
クロの返事にコガネとモエギも元気よく同意を示すと、「ほらっ」とどこからともなく現れた小獣族用の長剣を握っていた。
これはびっくりだ。あ、だから武器も持たずに獲物を持ってきたんだね。
「おお、それじゃあ俺も使えるのかな……っと」
意識した瞬間に、頭の中にリストが表示された。やけにたくさんのアイテムが入っている。
そういえば、フレンドに採集を頼んでおいた素材を受け取ったばかりだった。自宅に持ち帰って、別キャラの生産キャラに渡そうと思っていたのだ。
俺がテイマーキャラでここにいるってことは、あのキャラはどうなったんだろうなあ。
っと、思考がそれる前にやっておこう。
俺はガチャの福袋で当たった寝具セットから毛布だけを取り出すと、二匹の上にかぶせた。俺に張り付いている二匹は小さいので、横にして使っても包まる分には問題ない。
クロにいたっては服の中にもすっぽり入る安心小動物なので心配はいらなかった。
「ほら、これで寒くないだろ?」
「あ、ありがとうなの、ヨシトさま」
「温かい、ね」
良かった。酷く冷え込む気配もないし、これなら大丈夫そうだな。
落ち着いたところで、俺は先ほどから視界に表示されているものに意識を移す。
そこには、ステータスやセンス、インベントリ、オプションなどの懐かしいアイコンメニューがあった。
『幻想世界エルフォーティア』というゲームはちょっと突き抜けた感じのMMORPGだった。
世界観はありふれたファンタジー物で、剣と魔法の世界『エルフォーティア』が舞台となっている。
『自分だけのキャラを作り、異世界で生きていく第二の生活』という公式ページにでかでかと銘打たれた文字は誇張ではなく、戦闘や生産、炭坑夫に踊り子など、世界観に沿っているものならば思いつく限りのロールプレイが可能であった。
また、ユーザーインターフェイスや操作方法も自分の好みにカスタマイズが可能で、動画サイトに投稿されている動画ではそれらについての様々なコメントが日夜流れている。掲示板ですればいいのにと思うが、実際に見ながらのほうが論議しやすいのだろう。
もっとも特徴的な部分は、センス主体のゲームシステムにあった。
レベルという概念はあるが、それだけを上げても劇的に強くなれないのである。レベルの上昇で上がるのは筋力や耐久、抵抗といった全体的な身体の数値だけであり、センスやスキルが低ければ剣を振ろうにも当たらず、物を作ろうにも失敗してしまう。無論、基礎能力が高ければその補正だけでできることもあるが、センスの有る無しでは比べ物にならない。
ここまでなら他社のゲームで同じようなものがあった。しかし、エルフォーティアという異色のゲームはセンスとスキルの数が桁違いだったのである。
スキルの数だけでも、約一五〇〇。
センスはそれ単体ではあまり意味をなさず、実行するためのスキルというものが存在する。
例えば、初心者が剣を戦闘に使いたいと思ったのなら、まずは剣術センス自体の覚醒値と剣術センスの初期スキル【切る】の熟練度の両方を上げる必要がある。剣術センスの覚醒値は剣術スキル全体への補正とスキルを覚えるために必要で、剣術スキルの熟練度は使ったときの命中や攻撃力に反映される。
スキルにはクールタイムという、次に同じスキルが使えるまでの時間が設定されており、それを解消するために各センスには覚醒値に応じて覚えることができるスキルが複数存在する。【切る】のクールタイムに【縦切り】や【横切り】、相手の一瞬の隙をついて攻撃する【一点突き】など、用途に応じた様々な種類のスキルが用意されている。
厄介なのは、そのスキルのひとつひとつを鍛えて熟練度を上げなければ実戦で使い物にならないことだろうか。育て方によっては【縦切り】は得意でも、同じセンス覚醒値で覚えられる【横切り】は使えないというキャラができあがる。
良くいえば個性のあるキャラを作れるといえるが、上げ方を間違えれば器用貧乏になってしまう。
総熟練度の数値が決まっているために、すべてのスキルを最大まで上げたスーパーキャラは作れない。これが最強主義の廃人ユーザーに、そしてそもそものスキルの異常な多さが気軽に遊びたいライトユーザーに忌避されてきた。
それでもコアなファンは多く、長年続いているゲームだ。
俺も途中から始めて、八年間続けてきた。
なんというか、改めて考えると長いことやってたんだな。思わず遠い目をしそうになるが、強引に意識を連れ戻す。
さて、好きなゲームのことなので思わず力説してしまったけれど、そろそろ先に進もうか。
俺は静かに深呼吸をすると、ステータスアイコンへ手を伸ばした。
タッチパネルの要領で軽くタップすると、ステータスウィンドウが展開される。
見慣れたウィンドウの一部分を見て、俺は固まった。
名前:ヨシト
種族:魔神
レベル:999
あ、これ夢だな。ならば今のうちに思う存分もふっておこう。
そう考えた俺はステータスウィンドウを閉じると、二匹をもふりながら意識を手放した。
説明のさじ加減が難しいです。