ある日のメリークリスマス
これは、コメディーです。
オチまでが長いですが、お付き合いください。
冬が一年の内で一番長い、とおい、とおい国でのお話し。
この街は、あの頃と何も変わっていない。
街並みも、空気も、あの空さえも。
澄み切った夕暮れの空に、クリスマスの軽快な音楽が吸い込まれていった。
--− 2007年 冬 ----
夫の仕事の都合で、この街に引っ越すことが決まった日、あたしは運命の不思議を感じた。
とても幼い頃、この街に住んでいたことがあったからだ。
住んでいた期間は、ほんの数ヶ月だったけれど、懐かしい忘れ物を残してきた街だった。
そして今日、あたしは忘れ物を捜しに街へ出る。
あの日のように、空と地上に星たちが瞬いていた。
アーケードの中心にある広場。
あたしは大きなクリスマスツリーを見つけて、足をとめた。
両手いっぱいにオーナメントを抱えたクリスマスツリーが、あたしに「おかえり」と言った気がした。
それは幼かったあたしが、目を輝かせて仰ぎ見たクリスマスツリー。
世界中の宝物を集めて作ったその姿に、時間を忘れて見入ったものだ。
あの頃より少し小さく見えるのは、あたしが大人になったからだろうか?
そう思うと、すこし切ないような、なんとも言えない気持ちになった。
--- 1980年 冬 ---
「うわー、お星さまみたい。」
キラキラ光る星の輝きが、街中の木の枝に降りてきて、あたしを見下ろす。
雪化粧をほどこした真っ白な道が、負けじと淡い光りを放った。
華やいだ街並みに、すっかり飲み込まれたあたしには、すれ違う人たちさえ、まるでスキップをしているように見える。
今日はクリスマスイヴ、町中が浮かれている。
とおい国のクリスマスは、見慣れた景色と少しちがっていて、あたしは舞い上がっていた。
目に映る全てのものが珍しくて、とても綺麗だ。
輝くような飾り付けをした店が、ずっと遠くまで続いている。
温かい光が漏れる店先では、緑と赤のリボンが手招きをするように揺れていた。
「ママ!ねぇ、みてみて。あの赤いプレゼントの箱!あたしの・・・・・・・・。」
振り返ったあたしの前には、どこまでも続く美しい町並み。
ほんの一瞬前まで、あたしに笑いかけていた冬の妖精たちが、冷たい風の中に姿を消した。
「ママ!・・どこ?どこにいるの?」
見知らぬ街に、たった一人ぼっちのあたし・・・・。
小さな胸を、あれほど浮き立たせていた街のイルミネーションが涙でぼやけていく。
それは、この世の物とは思えぬほど、幻想的で美しく、そこが遠い異国の地であることを、あたしに思い知らせる。
あたしは、泣いた、泣きじゃくった。
涙は、いつまでも枯れることなく沸いてきて、流した涙の分だけ、いっそう不安がつのっていった。
いつしか、あたしの周りには、人だかりが出来ていた。
知らない言葉で、言葉を交わす人々。そして、あたしに向けられる哀れみの視線。
世界中の全てから取り残されて、たった一人だと言う事を、痛いほど感じた。
そのとき、人込みの中から一人のオマワリさんが現れた。
あたしの目の高さにしゃがみこんで、やさしく、微笑みながら、泣きじゃくるあたしに話しかける。
その様子さえ、今のあたしには怖くてしかたなかった、それまでより、いっそう涙が溢れ出す。
オマワリさんは、周りの人たちに何か大きな声で叫ぶと、あたしの頭をなでながら、辛抱強く話しかける。
ささやくように、やさしく、やさしく。
それでも泣き止まないあたしに、すっかり困り果てたオマワリさんは、すっと立ち上がると。
クリスマスツリーからオーナメントを一つ取り、あたしに差し出した。
「メリークリスマス」
そう言って笑うオマワリさん、泣きながら見つめるあたし。
差し出した手のひらに、キラキラ光るお星様がひとつ。
それは、泣き顔のあたしを映して光る。
「メリークリスマス」
周りで見ていた人たちも、口をそろえてあたしにそう言った。
どの顔にも、幸せな笑顔がうかんでいる。
「メリークリスマス」
知らない言葉のなかから現れた、とても聞き慣れたその言葉。
あたしの中の不安が少しだけ軽くなった。
いつの間にか、あたしは泣き止んでいた。
------2007年 冬-------
「あたしのことを、覚えていますか?」
すこし考えたあと、年をとったオマワリさんは、あの時の笑顔でこう言った。
「もちろん覚えているとも、大きくなったね。べっぴんさんになった。」
オマワリさんは、昔を懐かしむ目であたしを見つめている。
刻まれた深いシワが、過ぎ去った時間を物語っているようだ。
あたしたちは、再会の握手をかわした。
あのとき、あたしの頭を撫でてくれた、やさしい手だ。
そのとき、オマワリさんは、ふと、あることに気づいて言った。
「きみは、イヌの言葉がしゃべれるようになったんだね。たいしたもんだ。」
「あの時のお礼が、どうしても言いたくて勉強したんです。」
「そうか、大変だったろう。ネコなのに。」
「はい、でもおかげで主人と出会うことができました。イヌ語学校で出会ったんですよ。」
「そうか、結婚したんだね。おめでとう。」
「ありがとうございます。」
あたしは何度も、あの時のお礼を言った後、その場を後にした。
オマワリさんは、遠ざかるあたしに手を振っている。
あたしはゆっくりと振り返って、力いっぱい叫んだ。
「メリークリスマス!」
オマワリさんも、それに答えて叫ぶ。
「メリークリスマス! 良いイヴを!」
あのとき、最後まで言えなかった、懐かしい忘れ物。
「メリークリスマス」
大きなクリスマスツリーの下で、あのときのあたしが微笑んだ。
「メリークリスマス」
世界中のみんなに叫びたい。
「メリークリスマス」
みんなに、幸せの笑顔を運んでくるこの言葉を、あたしは、ずっと忘れない。
「メリークリスマス」
あなたにも、素敵なイヴが訪れますように。
この街は、あの頃と何も変わっていない。
街並みも、空気も、あの空さえも。
澄み切った夕暮れの空に、クリスマスの軽快な音楽が吸い込まれていった。
---2008 元日---
「・・っていう話なんですけどどうでしょう?」
「どうって言われても、もう年明けてるよね?」
「いや、でもイイ話しでしょ?使ってもらえませんか?」
「うーん、君さあ、こう言うの、なんて言うか知ってる?」
「名作ですか?」
「ちがうよ、パクリって言うの!これ、イヌのオマワリさんでしょ?」
「パクリとは失礼な!リメイクです、リメイク。」
「どっちでもいいけど、同じでしょ?」
「・・・・・。」
「次、がんばってね。良いお年を。」
「・・・よいおとしを。」
ぼくは、この言葉を忘れない。
来年まで来るな、という意味の、元日に使われた、この言葉を。
「良いお年を。」
あなたに、素敵な新年が訪れますように。