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所長と助手

保護者と庇護者

作者: mosuco

「一体いつになったらウチの幹雄(みきお)ちゃんがみつかるんです!?」

 怒りをこめてビル全体に響く位の大きな声で叫んでやる。

「お、落ち着いて下さい、千谷(ちたに)さん」

 すると、向かいに座った探偵は、こちらに向かって、両手を小さく突き出すと、それを動かす。

 私はそれを無視して目の前に置かれたテーブルを思い切り叩く。ガシャンとカップが2つ揺れる。

「落ち着けるわけないでしょう!私の大事な息子が行方不明なんですよ!?」

 さっきよりも最大のボリュームで訴えれば、探偵は口元をひくつかせて、あからさまな苦笑を浮かべた。

「しかし、こればっかりは時間がかかりまして…ね。それに似たようなのが沢山居まして…」

「似たようなって…ウチの息子をそこらへんの野良と一緒にしないで下さい!!あなた、失礼ですよ」

 信じられない!見つからない言い訳にしても、酷すぎる。

 怒りを隠しもせずに叫びつづけ、体温が上がり、息も荒くなる。

「それは、その、失礼、しました。あー千谷さん、そろそろお時間じゃないですか?パートの」

 キョロキョロと世話しなく探偵が目を動かして、たどたどしく謝罪を口にすると、時計を指した。

 見ればもう13時になろうとしている。

「いいですか?必ず今週までには幹雄ちゃん見つけて下さいよ!」

 荷物を掴んで、ドアに手をかけてから振り返り、彼に釘を打ってから、私は勢いのまま扉から飛び出し、閉めた。


 都内某探偵事務所。

 昼時。バタバタと外から聞こえる音が小さくなった頃に、カチャリと静かに扉が開かれた。

「ただいま戻りました」

 入ってきた少女はソファーにぐったりと座る男に声をかける。男は片手を力無く上げて返す。

 そんな男を横目で確認し、少女は中央に置かれたテーブルのカップを回収しながら口を開く。

「依頼人、怒ってましたが…所長、何かあったんですか」

「依頼解決が遅いんだと」

 背後のパーテーションに仕切られたシンクへと向かった少女の背中に、溜め息と共に男、所長は零す。

「…だいたい人探しとは違うんだ。そう簡単に見つかるわけないだろ…三毛猫なんて」

 水道から流れる水の音、カップとシンクがぶつかる音、スポンジから鳴る泡立つ音に、紛れる様に所長は愚痴を零し、テーブルに置かれた写真を眺める。

 小さな長方形の中、赤い首輪をした三毛猫が所長を見つめてくる。

「見つけました」

 キュッと水道が止められたと同時に少女は言った。所長は首を捻ると口をポカンと開いた。

「は?」

「三丁目の路地裏に猫が沢山いました。その中に、依頼人のいう幹雄と同じ特徴の三毛猫を確認しました」

 パーテーションから出てきた少女は、布巾を手に持ち、テーブルへと腰を屈め、布巾で拭きながら淡々と話す。

 少女の行動を見ながら所長は一段低い声で尋ねる。

「…なんで連れて来なかった」

「下手に刺激すると逃げられます。猫は素早い動物です」

 少女は布巾を折ると、姿勢を正しアッサリと話す。

 所長は頭を掻きむしり立ち上がると、奥にあるポールへ向かう。

 そこから帽子とコートを掴み、羽織ると、パーテーション奥に向かった少女の背中に声をかけた。

「行くぞ、助手」



 この町にはビルが多過ぎる。仰ぐ空は小さく切り取られていて、ガキの頃に見た、広い空とは大違いだ。

「最近妙に感傷的になっちまうなぁ…歳か?」

(ひろし)さん、買ってきました!」

 呼ばれた声に振り返れば大柄な男、ヤスと、小柄な男、シュンの二人組がやってくる。

「おぅ、悪いな二人とも。使いっぱしり頼んじまって」

「いやいや大丈夫ですよ」

 シュンから受け取ったビニール袋の中身を確認する。入っているのはマルボロと猫缶3つ、頼んだものは全て入ってるな。

「弘さん、なんでそんなんいるんスか?」

「ばっ…!!ヤス、てめぇ弘さんに何きいて」

 ヤスの言葉にシュンは慌てて窘める。ヤスは唇を尖らせ、シュンを見下ろした。

「アニキも気になってたじゃないスか…ウッ、何するんスかぁ」

 ヤスの言葉に、シュンが肘を入れるが、ヤスにはきいてないみたいだ。

「そうだな、お前らには買ってきてもらったし…教えてやるよ。ついて来な」

 相変わらずの二人に思わず笑って、俺は路地の奥へと進んだ。


 路地をまっすぐ進み、最初の角を曲がると、狭い空地に出る。鉄骨や煉瓦が散らばるそこには、沢山の猫が居た。

「おぉ猫っス!猫がいっぱいっス!!」

「ヤス…お前なぁ」

 異なる反応の二人を眺め、俺は空地に入る。

「こいつらはもう5年前から、ここに暮らしてる」

「5年も…って弘さんが組入った時からですか」

 背後から聞こえたシュンの声に振り返って頷く。

「あぁ。たまたまここ通りかかった時に見つけてな。増えたり減ったりしてるが、頭は変わっちゃいねぇんだ。あの1番上にいる白いのがそれだ」

 1番高く詰まれた鉄骨の上に、ドッシリと構える白い猫を指差してやる。横に並んだヤスが声を上げる。

「目、怪我してるっスね」

「色々あるみたいだぜ。こいつら猫にも」

 閉じられた右目に気付いたヤスに、俺はあまり語らず、袋から缶を取り出し、開く。音と匂いに誘われて何匹かの猫がやってくる。

「ほら、食え。安物で悪いな」

 膝をついて缶を置いてやれば、そのうちの一匹の猫が、鼻を近づけ食べる。

 それを見た猫達も続いて、缶へと近づく。俺はまた袋から缶を取り出す。

「いつもエサやってるんですか」

「週に一回な。こいつらの生活を狂わすわけにもいかねぇし、毎日やってはいねぇよ」

 缶を開きながらシュンの問いに答える。また別の猫がやってくる。先週より多いな、3つで足りるか?

「弘さん、触っても大丈夫スか?」

 3つ目の缶に手をかけた俺の隣にしゃがんだヤスは子供みてぇに目、キラキラさせてやがる。

「いいぞ。ただ、こいつら気ぃ短いから気をつけろよ」

「うっス」

 最後の缶を置いて俺は立ち上がる。

 返事をしてすぐ、ヤスは嬉しそうに、猫の頭を撫でている。

 でかい図体の癖に、まだまだガキなんだなコイツは。俺の口元が自然と緩む。

「じゃ、俺はちとタバコ吸ってくるわ。お前らはそいつらと遊んでやってくれ」

 それだけ残して、袋からタバコを取り出した俺は、空地から離れた。


 空地から出て、左隣の廃ビルの裏へと向かう。グレーのスーツに身を包む男が白い煙を吐いていた。

「…弘さん、組辞めるってホントなんですか」

「なんだ、もうお前ら知ってたのか…」

 声をかけた俺に横顔の男、弘さんは、くわえかけた煙草を、口から遠ざけて笑う。

「ヤスは知りません。あいつすぐばらしちまう…馬鹿なんで」

「そりゃそうだ」

 俺の言葉にククッと堪えたような声を漏らすも、弘さんは俺を見ないでまた煙草をふかす。

 否定はない。弘さんは本気で組を辞めるつもりでいるんだ…。

「やっぱり本当なんですね。なんで急に…弘さん、若頭候補じゃないですか!」

「俺に若頭なんて向いてねぇよ。組にはもっと適任の奴がいる」

「若頭にならなくても、なにも組辞める必要はないじゃないですか」

 そりゃ弘さんには若頭になってもらいたいが、弘さんがなりたくねぇっていうなら無理にお願いすることはない。

 でもなんで急に…組、抜けるなんて。

「この町はな、空が狭いんだ。息苦しくて…生きてる気がしねぇ。ここ最近の組も同じなんだわ。生きてる気がしねぇ」

「弘さん…」

 白い煙と共に吐き出した弘さんの言葉は苦しいものを感じた。

 この人は本気なんだ。俺なんかじゃ止められねぇ覚悟を背負ってるんだ。

「話すぎたな、やっぱ歳とるといけねぇな…シュンも気をつけろよ?歳ってのはあっという間にやって来るぞ」

 振り返った弘さんはさっきまでしていた顔からいつも見せる優しい笑顔に変わっていた。

 俺にかける言葉もいつも通りの声で、それが無性に弘さんの本気と覚悟を感じてしまう。

 5年、か…俺はこの人みたいに成長できるだろうか

「アニキィィィイ!!」

 情けない裏返った悲鳴が響く。俺をアニキと呼ぶ奴は1人しかいない。

「ヤス!?」

「何かあったのかもしれねぇな。戻るぞ、シュン」

 弘さんも笑みを隠し、俺と一緒にヤスがいる空地へと走った。


 都内某空地。気候のいい昼下がりの中、所長と助手の二人が中央に立つ。

 二人の目の前には瓦礫や鉄骨が散らばる中、猫と一緒に固まった大柄の男が震えていた。男の視線は助手に合わせられている。

 男の姿に所長は溜息を吐き、助手に問いかける。

「なんだ助手、この男にオイタしたのか?」

「記憶にありません」

 考えるそぶりも見せずに助手は答える。

「どう見てもお前に反応して叫んでたが」

「私はアニキ-ですか?」

 助手が首を傾げて所長を見ると、所長は眉を寄せて首を横に振って助手を見下ろした。

「そうじゃなくてだな、お前を見てアニキって人物に助けを呼んだんだ」

「記憶にありません。お仕事は覚えていますが、相手の顔までは覚えていません。誰か、とは特定できません」

 淡々と話す助手に所長は帽子の中に手を突っ込み、頭を掻く。

「…まぁ、そりゃそうか。じゃ、前の黒浦(くろうら)組の1人かもしれないな。格好的に下っ端みたいだが」

 1歩所長が近付いたその時、後ろから複数の足音が響いた。

「ヤスどうした!?」

「アニキ、弘さん!!助けてください」

 現れたのは派手なシャツを着た小柄な青年と、彼より年上の落ち着いたグレーのスーツに身を包んだ壮年の2人だった。

 2人を確認した瞬間、大柄の男はまた裏返った声で叫んだ。

「お、お前はこの前のガキ…」

 派手なシャツの青年が助手を見て、一歩後ずさる。青年の姿に壮年は眉を寄せ、尋ねた。

「知り合いか?」

「知り合いも何も、先日の若頭の件で任された頼まれ事の最中に、このガキに…邪魔されちまって」

「気がついたら気味悪い公園だったっス…若頭の頼まれ事もできなかったし、痛いし、怖いし、もう嫌っス!アニキィィィイ!」

 問いかける壮年に、顔を歪ませ、声を潜めて青年が話す。しかし、大柄の男が、覆いかぶさるよう早口でまくし立てる。

「喚くな馬鹿!」

 泣き叫ぶ男に青年が怒鳴りつけた。

 3人のやり取りを眺めた所長は、顎に左手を当て口を開く。

「黒浦組の2人組ね…」

「2人組…成る程。以前の依頼人の家に近付く不審な人物、ですね」

 所長の言葉に助手は頷く。

「アンタら、今日は何の用でこんな所まで?」

 スーツの壮年が1歩踏み出し、所長と助手に問いかける。

 穏やかな物言いだが、2人を射す視線は鋭いものをもっている。

 その視線を受けながら、所長と助手は体ごと、その場で振り返る。

 所長は笑みを浮かべ、助手は無表情で真っすぐ壮年を見つめる。

 弧を描く所長の口が開く。

「あぁ、私達はちょっとお仕事で、こちらに来ましてね。まさか先客がいるとは」

 所長はちらりと視線だけを動かす。

 視線の先には、3つ並んだ缶が置かれていた。中身はほとんど空に近い。

「今日はあなた方とは無関係なんで悪しからず、とは言えないか…ちょっとあちらの三毛猫、回収させてもらいますよ」

 所長は視線を壮年に戻し、左手の親指を立て、後ろを指した。

「テメェ!弘さんの猫に手ぇ出すな」

 所長の行動に前のめりになって小柄な青年が噛み付く。

「シュン、止めろ」

「けどっ…分かりました」

 壮年の低い制止の声に小柄な青年、シュンは言葉を飲み込み下がる。

「アンタ、仕事って言ったな…何者だ」

 下がったシュンを横目に、壮年は目を更に細める。

「探偵です。ハードボイルドな、ね」

 帽子を深く被り直して話す所長は、最後口角を上げた。

 所長の仕種に壮年が小さく笑う。

「探偵か。猫探しってやつか?本当にあるんだな。そんな仕事」

「分かってくれて助かります。では、よろしいですね?」

 壮年の言葉に所長は微笑むと、壮年は瞼を閉じて口元を緩める。

「おう。家があるんなら帰った方がいい。よろしく頼むぜ探偵さん」

「はい。無事送り届けますので安心してください」

 うやうやしくお辞儀を行い、クルリと軽やかに猫達に振り返ると、所長は左隣の助手に声をかける。

「回収するぞ、助手」

 ドンッ

 突然、助手から押し倒された所長は、情けなくも顔から地面に激突した。

「ぶっ、雨子っ!いきなりなんだ」

「そのままで、所長」

 血管を浮かせて文句を言う所長の上で助手は早口で話す。

 パァン

「くうっ」

 鳴り響く銃声が壮年の右腕を突き抜けた。

「弘さん!!」

 ドサッ

 倒れた壮年の名を叫び、青年2人が駆け寄る。

 固まっていた猫達は散らばり、空地には1匹も残らなかった。

「弘さん大丈夫ですか!?」

 シュンが声をかけながら、壮年を抱き起こす。

「あぁ、平気だ…腕、かすった程度だ…」

 2人の顔を眺めて壮年は、眉間にシワを寄せて口を開いた。

「一体誰が、ヤス!!」

「うっス!」

 シュンが名を叫び、大柄の男、ヤスが威勢よく返し、空地を飛び出す

「待て、ヤス…!」

 すぐに壮年が制止し、ヤスは道路で立ち止まり、振り返る。壮年の行動にシュンは首を傾げた。

「弘さん?」

「追わなくていい」

「けど、弘さん!」

 続けて放った言葉にシュンは声を荒げた。シュンの手を振りほどき、壮年はふらつきながら起き上がった。

「大体相手は分かってる。俺は責めるつもりねぇんだ…」

 呟き、壮年は1歩ずつゆっくりと歩く。ヤスの隣をすれ違い、ふらつく壮年にヤスは、手を伸ばし名を呼ぶ。

「弘さん!」

「来るんじゃねぇ」

 ドスのきいた壮年の大声は空地に響き、辺りが静まる。

 中途半端に伸ばされた右手のままヤスは立ちすくみ、シュンもまた、立ち上がる途中の体制でそのまま動きを止めた。

「…お前らは俺とは無関係だ。いいな」

 振り返ることなく壮年は、さっきと違い、穏やかな声で言い切った。

「悪いな探偵さん。あいつら逃げちまった…あの三毛猫はもうここには来ないかもしれねぇ」

 1歩2歩進んだ先で、壮年はポツリと呟いた。所長は立ち上がり、壮年の背を見つめたまま口を開く。

「…何があったんですか」

「こっちの話だ。忘れてくれ」

 最後に横顔だけを向けた壮年は緩んだ口元と、眩しそうに瞼を伏せた片目を晒して去って行った。


「助手、相手はどんな奴だった」

「黒い格好をした人物です。帽子とサングラスで隠されていて性別の判定は出来ませんでしたが、銃の扱いはかなりの腕前です。今はいません。逃亡しました」

 土埃を払うオッサンに、スラスラとあのガキがまるで近くで見たように話した。

「そうか…ったく、また一からやり直しか」

 驚きもしないオッサンは溜息を漏らして、ガキと一緒に空地から出ていこうとしている。

 逃がすわけにはいかねぇ。弘さんに聞けない今、手掛かりはコイツらしか持ってないんだ。

「待て。テメェら…さっきの話こっちにも聞かせろ」

 俺はナイフを取り出して刃を突き付け、声を荒げた。

「2人はさっきの男と無関係では?」

 器用に片眉を上げたオッサンが足を止めてそう言った。

「そういうわけにはいかねぇ。弘さんは俺らの恩人なんだ…無関係なわけがねぇ」

「うっス!」

 俺の後ろでヤスが馬鹿でかい声をあげた。

 じっと俺らを見た後、オッサンは溜息を吐いて左手でガシガシと頭を掻いて口を開く。

「そうか。助手、話してやれ」

「はい。所長」

 オッサンの右後ろに控えたガキが頷くと、前へと出てきて、俺らとオッサンの間に立った。

 後ろでジャリっと音がして、ヤスが1歩下がった事が分かった。

「黒い格好をした人物です。帽子とサングラスで隠されていて性別の判定は出来ませんでしたが、銃の扱いはかなりの腕前です。今はいません。逃亡しました」

「他にはねぇのかよ…蠍の入れ墨いれてるとか」

 さっきと同じ事をスラスラと話すガキに、俺が問いかければ首をカクンと横に倒した。

「蠍の入れ墨」

 俺の言葉を繰り返したガキがそのままじっとコッチを見てくる。

 なんだよ、何する気だよ。やっぱり、このガキなんか気味わりぃな…。

「皮膚に入ったマークだ。蠍のマーク。見たか?助手」

「いえ、全身黒で覆われてましたので確認できません」

 後ろから声をかけたオッサンに、ガキは振り返ると首を横に振った。俺は肩に入った力を抜いた。

「…アニキ、奴らの仕業っスか?」

「わかんねぇけど…考えられんのはそれしかねぇだろ」

 ヤスにしてはちいせぇ声で尋ねてきて、俺も移ってちいせぇ声で返した。あの弘さんが恨みなんざ買うわけ…ねぇし。

「蠍の入れ墨、か。あの男は毒蠍(どくさそり)に狙われでもしてるのか」

 オッサンの口から出た名前に、顔を上げる。視線の先にいる男は、どう見てもただのオッサンだ。

「アンタ知ってんのか」

 俺が尋ねればオッサンはフッと笑って顎に手をやると、ニヤついた口元を開いた。

「ハードボイルドだからな」

「それ関係ねぇだろ」

 得意げに言ったオッサンにガクリと肩を落とす。なんだこのオッサン。

「しかし意外だな。黒浦は毒蠍と繋がってるって噂だが…」

「誰があんな卑怯な蠍野郎と!…黒浦は毒蠍と繋がっちゃいねぇよ。むしろ敵だ!敵!!」

「敵?」

 思わずカッとなった俺にチッと舌を鳴らす。

「…アンタも知ってると思うが、毒蠍は金で動く人殺しだ。そんな奴と一緒にすんな!俺ら黒浦組は義理と人情を重んじる硬派な組織なんだ」

「義理と人情ねぇ…人身売買やるようなやくざがそんな事言えるのか?」

 顎を撫でながら嫌な笑い方をするオッサンから目をそらす。

「っそれは…」

「まぁ、俺達が知ってるのはそんなもんだ。帰らせてもらうぞ」

 オッサンが上手く言えない俺の横を通り過ぎていく。

「どこ行くんだよ!」

 振り返って叫べばオッサンが眉を寄せた顔を向けた。

「こっちも仕事抱えてるんだ。アンタらの問題に構ってる暇ないよ」

「黒浦が狙われたのを見られちまったんだ…タダで帰れると思うんじゃねぇぞ」

 ナイフをもう一度相手に向ける。その瞬間、オッサンの右隣にいたガキが、オッサンを庇うように前に出た。

 表情は変わらないが、俺たちを見つめる目から恐ろしい程の殺意を感じる。

 あの時の襲撃といい、さっきの観察に、この視線。このガキ…やっぱカタギじゃねな。

「アニキィ…」

 情けないヤスの声にハッとする。相手にまっすぐ向けたナイフが揺れていた。

 チッ、怯えてやがる…このガキに。俺はナイフを持った右手を下ろした。

「…テメェ、この事誰にも言うなよ…漏らした瞬間、沈めるからな」

「あぁ、安心しろ。そんなコーヒーがマズくなる様な話、誰にもしない。行くぞ助手」

「はい。所長」

 唇を噛み締める俺と、突っ立つヤスを置いて、オッサンとガキはアッサリと去っていった。

「俺たちだけでも突き止めんぞ。ヤス」

「うっス」



 カランカラン

 私しか居ない静かな店内に客を知らせる軽い音が鳴った。

「いらっしゃいませ…あ」

 扉に目を向ければ、見覚えのある2人に声が漏れた。

 父の友人である探偵さんが会釈すると、右手の人差し指と中指を立たせて私に向けた。

「どうも。いつもの2つ」

「はい、用意しますね」

 テーブル席へと移動する二人に頷いて、彼専用のブレンドをコーヒーメーカーにかける。

 あぁ、そういえば…お父さん、今、買い物に行ってるんだった。

「父は今、出てまして…すぐ戻ってくると思うんですが」

「あぁお気になさらず。今日は約束したわけではないんで」

 カップを用意しながら、父の不在を伝えれば、彼はニッコリと微笑んだ。

 私もつられて笑うと、彼らからコーヒーメーカーに視線を移す。

 クツクツと音が鳴って、コーヒーの香りが店内に広がる。

「所長、毒蠍とはなんですか」

「あぁ…知らないのかお前」

 テーブルから二人の話し声が聞こえた。

 聞き耳をたてたわけではないけれど、コーヒーメーカーの音に紛れて入ってくる。

「まぁ、あの男が言った通りの人物だ。たった1発の弾丸で命を奪う姿が、まるで獲物を1刺しで仕留める姿と、体に刻まれた蠍のタトゥーを示して通称、毒蠍って呼ばれてる」

「1発の弾丸で」

 カチンとコーヒーメーカーは止まってカップに注ぐ。

 フワッと現れた湯気と共に甘い香りが一層強まり、鼻をくすぐる。

 難しい話、してるみたい。こういう場所ではせめてゆっくり過ごして欲しいんだけどな…早くこのコーヒーで一息ついてほしい。  私はお盆にソーサーを並べた。

「そう。なんか気になるのか?」

「何故右腕なのでしょうか。一発で殺すなら心臓、もしくは脳天を狙います」

 ガシャン

 音が響いて、2人はこちらを見た。恐る恐る手元を見れば、割れたカップから、じんわりとコーヒーが染みていく。

「あ…ごめんなさい。ちょっと手が滑ってしまいまして…すぐコーヒー入れ直しますんで」

 なんとか笑顔を作って謝罪をいれた。彼も口元をひくつかせて笑う。

「いや、すいませんね…はは」

 彼の乾いた笑いに後押しされるように急いでコーヒーメーカーを作動した。

「…助手、その話は事務所戻ったら聞く」

「はい」


「ありがとうございましたー」

 カランカラン

 店員の声と軽やかな鐘の音を背に受けて、所長と助手は喫茶マリアを出た。

「あれ、考助(こうすけ)くんに雨子(あめこ)ちゃん」

「あぁどうも蒲江(かまえ)さん」

 声をかけてきた恰幅のいい男に所長は会釈した。隣の助手も所長にならって首を動かした。

 男はニコニコしながら、右手のビニール袋の中身をバッと晒した。

「買い物行っててねーリンゴが安くって、いっぱい買っちゃった」

「そうですか」

 所長は一度中身を見て、男に向き直る。助手はじっと中身を見つめている。

 男が袋に手を突っ込み、そこからリンゴを1つ掴み、取り出すと助手に差し出した。

「はい、雨子ちゃん。おすそ分け」

 それを受け取り、じっと見つめていると、トンと所長が肩を叩く。

 助手が首を左に動かし、所長と目をあわせると、所長が口を開く。

「雨子、お礼は」

 パチリと瞬きを1つ。首を正面へと戻すと男を見て、口を開いた。

「ありがとうございます」

「どういたしましてー。もう行っちゃうの?」

 男は笑みを深めて返すと、所長に尋ねた。所長が頷く。

「えぇ、お仕事中なんで」

「そっかー新しい依頼?」

「いえ、猫探しですよ」

 袋を持ち直すと男は眉を垂れさせて小首を傾げた。

「なかなか見つからないんだね。僕も探してみるよ。えーと、三毛猫のみなみちゃんだっけ?」

 男の間延びした言葉と笑みに所長は額を押さえて口を開く。

「幹雄です。よろしくお願いします」

「幹雄ちゃんね、うん、分かった。お仕事頑張ってね」

 力強く頷く男と別れて、所長と助手は事務所へと向けて歩き出す。

 去る2人の背中に向かって、男は空いた左手を振った



 都内某探偵事務所。

 戻ってきた所長は、右のソファーに勢いよく仰向けに寝転ぶ。弾みでソファーが低く鳴った。

 助手はその後ろを通り過ぎ、奥にあるブラインドを操作し、オレンジ色の陽射しを室内に入れる。

 眩しいオレンジに所長は目を細め、口を開く。

「助手、さっきの話だが…俺も思っていた。相手が毒蠍じゃないってな」

 所長の言葉に助手は振り返る。所長は目をつぶり、話を続ける。

「毒蠍ならあの一発で仕留めるはず。それからお前が見た相手の特徴からも言える。目撃される毒蠍は全身黒い服を着てるが、蠍のタトゥーが描かれた左腕はわざと晒している」

 そこまで一息で話すと区切り、息を吐きだしながら続きを話し始める。

「ま、毒蠍って名前を売ってるナルシストな奴だ。そんな奴が自分のマークを隠す長袖を着るなんておかしいだろう」

 所長がいるソファーに助手が近づく。

「撃った人物の正体はわからないが…あれは威嚇射撃だと俺は思う」

 所長の結論に、助手はソファーを掴み、所長の顔を覗き込む。

「威嚇…必要ですか」

 助手の言葉に片目を開き、真上の助手の顔を確認し、所長はまた目をつぶり口を開く。

「必要だったんじゃないか。あの撃たれた男には」

「殺すならさっさと仕留めるべきだと思います。時間が長引くだけで面倒なだけです」

「そもそも、それが間違いだ。相手は殺すつもりないんじゃないか」 続く会話のリズムがピタリと狂う。助手が息をのんだ。

「…どうしてですか」

「さぁな。ま、あの男は何か分かっていたみたいだがな」

 所長は溜息と一緒に言葉を口にした。助手は両手に力をこめ、ジッと近くなった所長の顔を見下ろす。

「回りくどいです。その方法」

 パチリと片目を開け、次にもう片目を開けた所長は目の前の助手を見上げ笑った。

「…まぁ今回は関係ない話だ。しっかし、また黒浦に関わるとはなぁ」

 ゆるゆると上半身を起こす所長に、助手は顔を上げるとソファーから一歩離れた。

「お腹いっぱいですか」

 所長は腰を軸にグルリと90度回転すると、足を床に落として、背をソファーの背もたれに預ける。

 ジッと助手は所長を見ている。所長は左手を軽く上げると口を開く。

「いっぱいどころか食えないね。間違って食ってしまえば、腹下しておしまいだ」

 所長は身振り手振り激しく話せば、助手はコテンと首を左に倒した。

「おしまいですか」

「ああいうのは、ちょっと摘めばいつの間にやら家族にされてしまう。余計なオプションついてくる上に、口封じに沈められたりな。…第一にハードボイルドが怖い顔の大家族の一員とか、有り得ないだろ」

「なるほど」

 顔をしかめて所長はツラツラと解説を始め、最後は、しかめた顔を戻し、左の口角を上げてグッと顔を上げた。

 そんな所長を見ていた助手は一言呟くと頷いた。

「まぁ毒蠍は気になるがな」

 天井を見上げてポツリと呟いた所長の言葉に、助手は目を少し大きく開いて口も開いた。

「毒蠍…あの襲撃者ですね。私も気になります」

「そうだろうな」

 また目を閉じた所長に助手は目の前のソファーを掴み、前のめりになる。

「毒蠍に会うんですか」

「助手、今回の依頼はなんだ」

 グイッと近づいてきた助手を所長は片目を開いて確認し、眉を寄せて口にした。

 助手は瞬きをひとつすると口を開く。

「三毛猫の幹雄の捜索です」

「そうだ。毒蠍に会わなくても幹雄は捜せるわけだ。毒蠍のことは気にはなるが依頼に関係ない。よって毒蠍には会わない。わかったか」

「…はい、所長」

 諭す所長に助手は口ごもりながら頷いた。

「さて、と…あの息子猫だが、さっきの空地周囲を探るか。集団行動してる可能性もあるしな」

 そう言うと所長はポケットから写真を取り出し、四角に収まる猫を眺めた。



 都内某路地裏。

 日は落ち、街灯の少ない路地裏は暗闇に包み込まれた。

「っ、参ったな…。早くやめねぇと…」

 布切れできつく縛られた右腕を引きずっていたグレースーツの壮年は、灰ビルの1階に入ると足を止めた。

 玄関フロアだった場所に残された受付カウンターに背を預け、ズルズルと体を滑らせると、床に腰を落とした。息は荒く、四肢は力が抜けた状態で投げ出された。

 カタ

 カウンターから聞こえた小さな物音に、壮年は首を伸ばし顔を向けた。

 視線の先には白い毛玉があり、ジッと片目で男を見下ろす毛玉、もとい猫の姿に壮年は口元を緩めた。

「なんだ…今度はここになったのか。フッ、つくづく縁があるな…お前とは…」

 猫は壮年を見下ろしたまま、尻尾をゆっくり揺らしている。

「今日だけ…俺も世話になっていいか?」

 そう言うと壮年は上げた顔を下ろし、目をつぶった。それを見届けた猫は、尻尾を下ろして更に丸くなると片目をつぶった。



「アニキ、アニキィ!!」

 早朝、静かな時間が流れる古い日本家屋の廊下にバタバタと騒がしい足音と大声が響く。

「うるせぇな!なんだよヤス」

 振り返って騒音を出すヤスを睨みつければ、肩を大きく震わせた。

「ほ、本当にあの毒蠍に会うつもりなんスか!?止めましょうぜ、今は弘さんを捜しましょう!」

 今更、何を言ってんだこの馬鹿は。思わず舌打ちが飛び出す。

「その弘さんが捜しても見つからねぇから、毒蠍に会って弘さんの居場所…吐かすんだよ」

 毒蠍に怯んでる暇も、ヤスに構ってる暇もねぇんだ。恩人である弘さんは俺が必ず探し出す。

「やかましいのう、童」

 ガラッと右から襖の開く音が聞こえたと思ったら、ドスのきいた男の声に背筋がピンと張った。

「すいません!竜前(りゅうぜん)さん」

 右に向き直し頭を深く下げる。俺が行ったようにヤスも同じことを同じタイミングで行っていた。

「静かにしてくれんか?組長がお休み中や」

 少し和らいだもののまだ怖い声に床を見つめたまま、更に深く頭をさげた。

「は、はい!失礼します」

 床に叫びつけると、頭を上げ、ヤスをひっつかんで慌ててその場を去った。


 都内某屋敷の一室。

 畳が12面敷かれた広いその部屋の中央には、布団が一枚敷かれており、その中で、シワが深く刻み込まれた老人の顔を覗かせていた。

 室内は静かだが、襖が隔てた先にある廊下からドタドタと騒がしい音が鳴る。

 薄暗い室内に光と人影が差し込む。それは廊下に面した襖から現れた。

 老人が首をゆっくり動かし、口もゆっくり開く。

「竜前か」

「すいません組長。後できつぅ絞っときます」

 頭を下げたガタイの良い男、竜前は、組長と呼ぶ老人の枕元に腰を下ろした。

「…キ、オは、幹男(みきお)はどこに」

「今は若いの連れて回収にまわってます」

 掠れた声で投げかけた組長に、竜前は答えた。

 竜前の答えに老人はゆっくりと表情を緩めた。

「そ、か…アイツもまだ若い癖に、一人前気取りか」

「何言うんですか。若頭は組長の息子さんやないですか。もう立派な一人前の頭、やれてますよ」

「…竜前が言うなら、ワシも安心して幹男に組任せられるな」

 低く、か細い声で吐き出すと組長は表情を緩めたまま目を閉じた。

「組長」

「少し休む。顔を見せるように伝えといてくれ」

 竜前にそれだけ話すと、組長はもう何も言わなかった。

 それを見届けた竜前は、顔をグッとしかめた。



 カゴが来て、レジに物を通して、確認を声にだして、お金を貰って、またカゴが来て。

 いつもと同じ作業の繰り返し。

 普段なら笑顔の一つでも作るし、スーパーの袋だって一枚多く入れてやろうなんて思う。

 だけど、行方不明の息子を思うと、そうはできない。

 今この時間でさえ探しに行きたい。…探偵なんかに頼むんじゃなかった。

「いらっしゃ…」

「どうも」

 おもわず言葉に詰まる。目の前には、今まさに考えていたニヤついた男の姿。

 ただでさえ愛想悪いと思っていたけど、もっと悪くなってしまう。

「…何の用ですか」

「買い物ですよ。スーパーに来る用なんてそれぐらいでしょう」

「買い物、ですか」

 チラリとカゴを覗けば、広告の品のシュークリームと、特価の猫缶詰め合わせ。

 確かこの人、猫と暮らしてるなんて言ってなかった筈。

「あーこれは…その、助手が食べたいって言ってまして」

「猫缶…もしかして幹雄、見つかったんですか!!」

 ひきつった笑顔の男に、前のめりに聞く。

 男は、カゴに目をやり、あぁ、と呟くと、また胡散臭い笑顔を貼り付けて首を横に振った。

「いえ、残念ながらまだでして…誘ってみようかなと」

 誘うって…まさかこんな安物でうちの可愛い息子を!?そんな物を食べさせるわけにはいかない!

「うちの幹雄はこんな安物食べません!!うちで、いつもあげているやつを持ってくるので待っていてください!」

 男が何か言いかけたが、構わず私はレジから飛び出してペット・日用品売場の棚へと向かった。



 都内某路次。

 曇り空の昼間に人影が少ない道路を、所長が先頭をきり、すぐ左後ろに助手がついて歩く。

「無農薬野菜と無添加鶏肉を使用。か、…猫の癖に俺より良いもの食ってやがる。しかも1缶800円ってあのお得用パックを2つ買ってもお釣り出るぞ」

 しげしげと缶詰を見て、眉をひそめた所長は、溜息混じりにぼやく。

 助手は、ひとしきり所長を眺めると口を開いた。

「食べますか」

「…食うなよ助手」

 ピタリと足を止めた所長は、横に並んだ助手に釘を刺した。

 助手も足を止めて右に向くと、首を4回振った。

「私は猫じゃありませんから食べません。でも所長なら食べられると思います」

「俺は猫の餌を食う程困ってない。俺が食うのはこっちだよ」

 ジトりと助手を睨んだ所長は、右手にぶら下げたビニール袋から、缶詰と入れ代えて、細長い長方形の箱を取り出すと、助手に見せ付けるよう掲げた。

 それに覆われていたビニールを解き、外していく。

「チョコも美味いが、やっぱり王道のカスタードだな」

 表情を緩め、掠れ気味の口笛を吹きつつ、箱を開く。

 箱の中には小振りなシュークリームが5つ並べられており、右端の1つを摘み上げると、一口かじる。

「ん、美味い」

 所長は咀嚼しながら、感想を漏らす。

 助手は箱に手を伸ばすも、所長がサッと箱を自分の右肩へと持っていく。

 助手は箱から所長へと視線を移した。

「…どうしてダメなんですか。それを買った理由は私が食べたいからだったはずです」

 助手の発言に所長は表情を強張らせる。

「あれは取り繕う為の言葉だ。お前、別にシュークリーム好きじゃないだろ」

「好きではないですが、嫌いでもないです。5つも入ってるんですから、3つ程頂いても構わないはずです」

「1つや2つなら分かる。なんで3つだ」

 所長の眉間に、また深くシワが刻み込まれる。

 助手は物怖じせず、すぐに口を開く。

「理由はどうあれ、これは私が食べたい為に買ったものです。所長が食べたいとは依頼人に言っていません。これは事実です」

「言ってなくても俺が食べたいからカゴに入れてスーパーで買ったんだ。これが真実だ」

 助手の主張に、所長は鼻を鳴らして言い包める。

「大体、お前は助手で俺が所長。1つ余るなら、年功序列で俺が3つだろ」

 ジッと見つめる助手と自身、交互に指して、所長は力強く言った。

 それでも助手は表情を変えずに、パチリと瞬きをする。

「私は所長の親戚という立場になっています。所長に比べ、まだ幼い親戚が3つ頂くのはおかしな話ではありません。幼い親戚に与えず大人げなく3つ食べるのはハードボイルドですか?」

 首を傾げた助手の言葉に、ぐう、と漏らして顔をしかめた。

 しばらく見つめ合うと、所長は溜息を吐いてから、箱を助手の前に晒した。

「…じゃあ半分だ。俺とお前で2個半ずつ。それで問題ないだろ」

「はい、所長」

 肩を落としながらの所長の提案に、助手は頷き、箱に手を伸ばして左端のシュークリームを摘み取った。



 眩しい光に目をゆっくり開くと、暗い灰ビルに日光が差し込んで辺りを照らしている。あぁ、朝か。

 俺はズボンのポケットに入っている携帯を取り出して、画面に表示された時計を見る。

「朝…いや昼か」

 13:15。その表記に独り言を呟いた。

 そのまま操作して、着信履歴を見れば2つの名前が交互に並んでいた。

「シュンとヤスのやつ…アイツら暇なのか?殆どコイツらで埋まってるじゃねぇか」

 まぁ、心配かけちまったからだろうな。

 ボンヤリと2人の顔を思い返し、目を細めた。

 視線の先にある携帯電話の電源を切り、立ち上がる。

 …右腕、麻痺してきたな。掠り傷だから止血程度で放置してたが、このままじゃヤバい事になりそうだ。まあ、今の俺には関係ねぇか。

 右腕から預けていたカウンターに視線を移すと、昨日と変わらずに白い塊がそこにいた。

「ありがとな。俺はもう行くよ…頭は大変だろうが、皆守ってやれよ。じゃあな」

 そう語りかけて、俺は眩しい外へ出た。



 停車された黒のセダン。その後部席の窓を2回、ノックして頭を下げる。

 しばらくして窓は開かれて、俺の直属の上司が顔を出した。

「竜前さん、お疲れ様です」

「おう、見つかったか?」

 上司の名を呼び、もう一度頭を下げると、竜前さんは低音の凄みある声で問い掛ける。

 俺は顔を上げた。

「は、はい!言われた通り狙ったんですが…その、」

 答えに口ごもり、意味もなく左右の道路を見る。

「仕留めんかったんかい」

「すいません!一応、威嚇という形と…なりまして…」

 更に凄みを増した重低音に、謝罪を口にし、体が縮こまる。

「威嚇なぁ…」

 視線はセダンの後輪だが、竜前さんの睨みがありありと浮かぶ。

 このままじゃ間違いなく殴られる…!

「で、ですが、コチラ見ていただいていいですか」

 俺は慌ててスーツの懐に手をつっこみ、一枚の写真を取り出し、差し出した。

 スッと俺の手から抜け出す感覚に、顔をゆっくり上げると、眉間に刻み込まれたシワが更に深く深く刻まれ、目を細めて写真を眺める竜前さんがいた。

「なんや…誰やこの男は」

 写真に写っていたのは向かい合う2人の男の姿。

 竜前さんの言う男とは、片方のグレーのスーツではなく、古臭いコートを着た男の事だろう。

「わ、わかりません…小さいので」

 かろうじて外見は分かるが、詳しい顔の構造までは見えなくて、現在調べてる最中だ。

「さっさと調べんかい!」

「すいません!!」

 ピシャリと言い付けられ、俺はもっと体を小さくして頭を下げる。

「いや、待ちや…コイツは使えるわ」

「は?」

 しばらくしてから、ポツリと呟かれた言葉に、俺は顔を上げた。

「これで終わりや… 後寅(ごとら) (ひろし)

 ニヤリと口元を歪めた竜前さんに、また何か考えがあるのだと、その顔を見つめ、唾を飲み込んだ。



 都内某路地裏。

 小柄な男について歩く大柄な男が、眉を下げて声を上げる。

「アニキィ…やっぱりやめましょう」

「馬鹿、情けねぇ事言うな!」

 振り返り、大柄な男に怒鳴りつける。

「けど毒蠍に会うなんて…バレたらどうするんスか!?」

「バレなきゃいいんだよ。バレなきゃ」

 それに怯まず、すぐに反論を続けるも、軽くかわされる。

 大柄な男はムッと口をへの字にした後、口を開いた。

「さっき竜前さんに睨まれたっスよ…変に思われてないっスか?バレたら俺ら消されるっスよ!だって俺ら、弘さんについてるのに!!」

「あーうるせぇ!いい加減黙れ!デカイ図体して泣き言ばっか喚いてんじゃねぇ!!」

 大声で訴える男に対し、輪を掛けて大声で怒鳴った。

 静かな路地裏に2人の大声が響く。

「おい、そこの煩い2人組!お前らのせいで猫逃げちまうだろ!静かにしろ!!」

 それに続いて後ろから大声が飛んできた。2人は大袈裟に肩を跳ねさせ、大声を上げた男に振り返った。

「お、オッサン!いきなり怒鳴るんじゃねぇ!!びび…か、勘違いすんだろうが!」

 小柄な男が、視線の先にいた男、所長に裏返った大声で喚く。

「だから静かにしろって何度言えば分かるんだお前らは!!」

 それに所長はまた怒鳴り返した。

「所長も煩いです」

 所長の左隣にいた助手がポツリと小さな声で漏らした。

「何してるんだ。こんな所で」

 所長と助手に近づいてきた2人組に、所長が声をかけた。

「関係ねぇだろ。オッサンらこそこんな路地裏に何しに来てんだ」

 2人組の内の1人、小柄な男がギロッと睨みつけ噛み付く。

 所長は肩を竦めて、口元を緩めて、開く。

「俺達はお仕事中。姿が分からない蠍とは無関係の猫に会いたいんだよ」

「な、なんで知ってんだよ!!」

 大袈裟に体を跳ねさせ、裏返った声を発した男に、所長は目を伏せた。

「だから言ったろ…煩いって」

 隣で助手は瞬きを繰り返すと、所長に体を向け、口を開く。

「毒蠍に会うんですか。敵討ち…という理由ですか」

「いや、それはないだろ。あんなに嫌ってた毒蠍に会うのはあのスーツの男に繋がる唯一の手がかりだから…よっぽどあの男はこの2人の特別らしいな」

 チラリと横目を向け、緩く首を振った所長を、助手はじっと見つめる。

「特別…他の物と区別された存在ですか。どちらかと言えば2人には毒蠍の方が特別と呼べます」

「それはまた違う特別、だ」

 所長の応えに、助手はまた瞬きを繰り返す。

「違う特別。特別は複数あるものですか」

「まあ、そうなるな」

「おい!俺らほっぽって難しい話してんじゃねぇ!」

 所長と助手のやり取りに、男は吠えた。2人は男に視線をやる。

「ああ…悪かったな。ま、俺が今、特別気になるのは、竜前って男と毒蠍の関係だな」

 小柄な男は所長から顔を背け、背後の大柄な男は目を見開き、所長を見つめた。

 所長は2人の反応にニヤリと口を歪め、コツコツとこめかみを人差し指で叩く。

「まあ大体想像はつくが…確実になるには情報が足りてないからな」

「アニキ…オッサンに話してみませんか?探偵っていうんなら、弘さん見つかるかもしれないっスよ」

 大柄な男は眉を下げ、隣の男と所長をチラチラと見ながらたどたどしく話す。

 それに小柄な男は踵を返した。

「行くぞヤス」

 一度呼びかけ、そのままスタスタとその場を去る姿に、大柄な男は慌てて追いかけた。

「あ、アニキィ」

 結局その場には、所長と助手と大柄な男の情けない声が残った。



 都内某路地裏。

 日も暮れはじめた頃、ビルに囲まれた路地裏は影が落ちて、夜のような暗闇が包み込む。

「結局、今日も見つからなかったか。ったく、どこいったんだ幹雄」

 深い溜め息を吐き、壁にもたれた所長は、ポケットに潜ませた青いシガレットケースを取り出し、中に入った白い棒状の物を1本くわえた。

 左隣に同じく壁にもたれて立つ助手は、顔を右に向けるとそのまま壁から体を離し、そちらに向けて走っていった。

「ん?おい雨子!勝手に行動するな」

 助手の行動に、くわえたまま器用に叱り付け、所長も体を離し、助手の後を追う。

「所長」

 三つ目のビルの角を曲がった先には振り返った助手の姿と、グレーのスーツを身につけた男が倒れていた。

 所長はヒクリと口元を動かすと、くわえた白いそれは、ポキリと音をたてて3分の2地面に落ちた。

「…お前は、何を発見してるんだよ」

「所長」

 一度男を見てから所長の顔を見て、もう一度、助手は呼んだ。

 口の中に残った3分の1をかみ砕き、飲み込んだ後、所長は何度目かの溜め息を吐く。

「見つけたのはお前だからな。お前が運べ」

「はい、所長」



 気が付くと、見覚えのない天井と蛍光灯があった。

「ここは…っつ」

「おはようございます。後寅 弘さん。あぁ、ちょっと名刺拝見させてもらったよ。…そういう業界でも一応持ってるんだな、こういうの」

 まだハッキリしねぇ意識の中、聞き覚えはあるが、それにしては妙に高い作り物の声に顔を向けた。

 テーブルを挟んだ先に、最近会った探偵の男がソファ-に座っていた。

「アンタは…探偵さんか。ここはアンタの事務所か?」

 男から視線をずらし周りを観察すれば、紙やファイルが載せられた大きな勉強机に、帽子とコートがぶら下がったポール、その奥には所々に隙間の空いた本棚。隣には便所に続くアルミの扉があった。

 事務的な作りの部屋に聞けば、男は頷いた。

「そう。ああ、俺の名刺は名刺入れに入れておいたから。流石に一方的に知るのはちょっと、な。まあ、いらないなら適当に捨ててくれ」

 名刺…あぁさっき言っていたな。よくテーブルを見るために体を起こす。そこには滅多に使わねぇ革の名刺入れが置いてあって、それを懐にしまう。

 右腕に感じた違和感に、袖を捲ると、傷口の上から包帯が巻かれていた。

 右腕は痺れもなく、すんなりと懐にしまえた事に今、気付いた。

「なんで俺はここに?それにこれは」

「お水です」

 カタンと水が注がれたコップが置かれた。顔を上げれば、男と共にいた子供がいた。

「うちの助手が見つけたんだ。見つけてしまったもんは放置するわけにはいかないからな」

 助手、というのはこの子の事か。知らない内に気を失ってしまった所を見つけたのだろう。

「そうか…ありがとうな嬢ちゃん」

「どういたしまして」

 真顔でのその返事がなんだかおかしくて、微笑ましくて、おもわず笑えてきた。

 首を傾げる嬢ちゃんに俺は咳ばらいをして、立ち上がる。

「せっかく手当てまでしてもらって悪いんだが、俺はもう行く」

「行く、か。戻らないみたいだが、一緒にいた凸凹2人組がお前を探してたぞ」

 出口を探す俺は、声をかけた男の言葉に振り返った。

「2人に言ったのか?俺が今ここにいること」

「いいや。俺は関係ないからな」

 首を振った男にホッと息が漏れた。

「そうか…」

「2人は毒蠍に会いに行きました」

「なんだと…毒蠍!?どうしてアイツらが」

 嬢ちゃんの口からとんでもない単語が飛び出して、俺の額に嫌な汗が流れた。

「こら助手」

「話してはいけない事ですか?」

「…2人は狙撃犯を毒蠍と勘違いしててな。お前と連絡がつかないから、唯一の接点の毒蠍にお前の居場所聞きに行くんだと」

 男の頭を掻き乱しながらも話してくれた内容が、スッキリと頭に入らない。

 なんで、アイツら…俺は巻き込みたくなんかねぇのに。

「アイツら…関係ないって言ったろ」

「関係あります」

 ポツリと漏れた独り言に返ってきた言葉。

 嬢ちゃんがじっと俺を見つめていた。

「あの2人は、あなたの存在を特別と認識しています。特別ということは他の事柄より優先的に意識している事です。それなのに関係ない、とはおかしいです」

「…特別、か。俺はアイツらにそんな良いように思われる事してねぇよ」

 せいぜい俺がしたのは、アイツらがこの世界で少しでも気が緩める用に親代わりを買って出ただけだ。

 けど、嬢ちゃんが言うように、本当にアイツらがそう思ってるんなら…嬉しいな。

 出口の扉を見つけ、俺は口元を緩めながら前へと立った。

「ありがとな。探偵さんと嬢ちゃん…お返しに俺も1つ、良いこと教えてやるよ」

 ドアノブを握ってから、振り返る。

 あの辺りにいたってことは、2人はまだ猫捜しの途中だろうな。

「2丁目路地裏の5階建ての廃ビル…あのボス猫がいた。多分アンタ達が探してる三毛猫も一緒にいるかもしれねぇな」

「そうか。関係ないってのに、わざわざありがとな」

 男は一度、目を大きくすると、すぐに細めて、片方の口角を上げた。

 それを見届け、扉に向き直り、ドアノブを回して扉を開く。

「俺達は義理と人情の黒浦の人間だからな。貰いっぱなしってわけにはいかねぇんだよ」

 それだけを伝えて、俺はその場を後にした。



 毒蠍が住むマンションに向かう途中、ピリリと音が鳴った。俺じゃない。

 アニキが舌打ちをして、ポケットから鳴っている携帯を取り出して見る。眉を寄せて首を傾げた。

「あ?山本(やまもと)から?」

 何の用だよ、とブツブツ言いながらボタンを押して、耳にあてた。

 山本って最近入ったヤツだ。アニキに電話なんて…なんか連絡でも入ったのか?

「おう、お疲れ。なんだ山本…あー今はちょっと手ぇ離せねぇんだけど…は?弘さんが横領!?」

 え?弘さんが…横領?

 アニキが驚いた言葉に、俺もまた驚いた。

「なに馬鹿な事言ってやがる!!んな事するわけねぇだろ!確かに今、連絡とれねぇが…証拠写真?そんなもん、でっちあげたんだろ!大体誰だ!んな馬鹿な事言い出した奴は!!」

 アニキが携帯に向かって荒れる。俺はただただアニキを見守るしかできない。

 俺だって山本に聞きたい。弘さんをハメようなんて…一体どこのどいつだ!

「竜前さん…!?竜前さんがそんな…わかった、弘さん見つけたら俺に連絡くれ。あぁ頼む。じゃあな」

 最後には落ち着いて携帯を切ったアニキは地面を見つめて動かない。

「アニキ…弘さんが横領なんて冗談っスよね!?」

  何も言ってくれないアニキに焦れて、おもわず俺は叫んだ。

「アニキ!!」

 もう一度呼びかければ、アニキは顔をあげた。

「んなの、当たり前じゃねぇか!ヤス!竜前さんにどういうことか話、つけいくぞ!」

 アニキは来た道を引き返す。

「うス!!」

 俺はアニキの小さな背中を追いかけた。



 都内某廃ビル。

 所々コンクリートが欠けているが、まだ再利用できる保存状態のいいそこの入口に立つ所長は、中を覗き、声をかける。

「助手ー、見つけたか」

「気配はします。このビルの中に幹雄がいるのは間違いありません」

 暗闇から返ってきた声に、所長は辺りを見回した。

 時は夜を迎え、辺りを照らすのは隣の隣のビルの前にたつ、切れかけの蛍光灯のみ。

 それを確認した所長は、もう一度暗闇しか見えない入口へと向き直る。

「すぐに見つかりそうか」

「すぐ、というのは不可能です。最低でも今から10分かかります」

 返ってきた声に口元を緩める。

「10分か。わかった。じゃあ引き続き頼んだぞ」

 それだけ言うと、体を反転させ、入口のすぐ隣の壁にもたれ、ボンヤリと欠けた月を見上げた。

 静かな路地裏に、バタバタと複数の人が走る音が、左から聞こえた。

 眉を寄せて所長は、その方向に目を凝らす。

「なんだ…騒がしいな」

「所長」

 暗闇のビル内から助手が出てきた。声をかけられ、所長は助手に向き直る。

「見つけたか」

「いえ、まだです」

「まだなら探せよ」

 手ぶらの助手に額を押さえた所長に向けて、足音に続いて大声がとんできた。

「いたぞ!あの男だ」

「やれ!遠慮はいらねぇ!!竜前さんがヤっちまってもいいって言っていた!シメちまって構わねぇぞお前らぁぁあ」

 怒声を含んだ様々な言葉に、所長は近付いてくる一般人ではない男達に視線をやると溜息を吐く。

「随分血気盛んだな…今更あの坊ちゃんの敵討ちか?なんだってきゅうぐっ!!」

 最後まで言い切る前に助手が所長の左腕を思い切り引っ張り、離す。

 それにより、唸り声をあげた所長はビルの中で倒れた。

 助手は騒々しい方をじっと見たまま、まっすぐ立つ。

「所長。幹雄の捜索時間ですが、10分過ぎる事になりそうです。今、詳しい時間を伝えることはできません。急なお仕事が入りました」

 そのまま、スラスラと詰まりなく助手は話した。

 その言葉に、所長は左腕を摩りながら上半身を起こし、明るい入口を見た。

 音は更に大きくなり、男達はもう傍まで迫っている。

 所長は息を吐いて、よろめきながら立ち上がると、横目で入口を見、口を開く。

「あぁ…それじゃあ仕方ないな。頼んだぞ助手」

「はい、所長」

 その言葉を合図に助手はトン、と前方に体を飛ばした。


 今まで結構ヤバイ奴と争ってきたし、力任せの暴力を見てきた俺だが、こんな光景は初めてだ。

 あんなに大勢いた仲間、アニキ分から若い新入りまで…色々いた仲間が皆、コンクリートの上に突っ伏してる。

「俺は今、夢を見てるんだ。じゃなきゃ、ありえねぇ…ありえねぇよ」

 たった1人のこんなガキに、しかも女に…夢じゃないなら一体なんだっていうんだ?

 倒れた仲間は動かない。俺の両足は震えている。

「逃げ、逃げるな…お、俺だって下っ端だろうが、黒浦の人間だ…こ、こんなガキに一発喰らわせて、やるんだ」

 そうだ、やるしかない。逃げるな逃げんじゃねえ!

 突っ走って相手を力一杯ぶん殴る!それだけ、それだけだ!!

「うわ、うわぁぁぁあ!」

 バキッ

 入っ…た。この拳の感覚、間違いない…けど、なんだこの違和感は…。

 足元を見る。そこにはきっとガキが倒れて、ない。足、両足、まっすぐ…立っている、のか。

「ひ!?」

 立っていた。ありえない事が実際起こっていた。

 そんな、力一杯いったはずだぞ…俺は。

 グリンと首が回って俺を見る。怒っていない、泣いていない、得意げに笑ってもいない。無表情のガキが、赤くなった左頬を触って、腕を下ろす。

「一発、喰らわせていただきました…これであなたのお仕事は完了ですね」

 ドン

 衝撃。何をどうされたとか、受けた痛みとか、わからない。

 ただ、腹部を突き抜ける衝撃を感じた。

 次に目の前が真っ白になった。なにもかもが、ゆっくりだ。

「お疲れ様です」

 俺はそのまま、気が遠くなり、白から黒に変わって…落ちた。


 人通りが少ない路地裏に、カラフルな男たちが地面をはいつくばる異様な光景を、切れかけた蛍光灯がチカチカと照らす。

 倒れている男達の隙間を縫って助手がビルの入口へと戻る。

「所長」

「終わったか」

 助手が声をかけ、目を細めた所長がビルから出てきた。

「はい。それは」

 助手は頷き、じっと所長の右手に捕まれた三毛猫を見た。

 所長は大人しい三毛猫を少し持ち上げて助手に近づけた。

「流石は飼い主だな…一番乗りだったぞ、こいつ」

 モゴモゴと口を動かす三毛猫を見、所長は笑う。三毛猫の口まわりには食べこぼしの野菜やら鶏肉やらのかけらが付着していた。

「依頼完了ですね」

 しばらく三毛猫を見た後、所長に視線を戻した助手が呟いた。

 所長は頷く。

「ああ。やっと捕まえた」

 顔を綻ばせる所長を尻目に、助手は後ろを振り返り、じっとその暗闇を見つめると、口を開く。

「…所長」

 コツ、と聞こえた足音に、所長は顔を締める。

「えらい派手にしてくれましたなぁ…探偵さん」

 低音の声を響かせながら現れたのは、黒のスーツを身に包んだ、厳つい顔付きの男。

「それはどうも」

 助手の後ろに立つ所長がニヤリと片方の口角をあげる。

 コツ、と足音が止まり、立ちはだかる男もニコリと、微笑を作るとポケットに突っ込まれた手を出して懐を探り、チャカ、と鈍く光る銃を取り出し、所長に銃口を向けた。

「アンタらには悪いが、ここで死んでもらう」

 男は笑みを引っ込めて、鋭い視線と共に、一層ドスのきいた声を発した。

「…アンタはどこまで知ってるんだ」 所長はその姿を見つめながら、冷静に語りかける。

 男は鼻で笑うと、少しばかり表情を緩めて口を開く。

「正直言うとなぁんも知らん。せやからアンタらを消すっちゅーことや」

 男の軽い言い様に、所長は目を細め、顎を撫でる。

「俺達に恨みはないのか。最近の人身売買といい、無関係な俺達を殺害しようとするなんて、義理と人情を重んじる黒浦の人間の行動とは思えないな」

 所長の最後の言葉に、表情と雰囲気を消し、一変した。

「時代は変わる。義理と人情なんてもん、金にならん…黒浦は、大きぃなりすぎた。下のもんに食わすなら…こうでもして金、作らなアカン」

 ギリ、と男の歯が音をたてる。

 ニィっと所長は笑った。

「なるほど、金か…」

 パチン

 所長が指を鳴らした。それは、静かな路地裏に響いて消えた。

 男は眉をしかめて所長を見る。

 スウッと目を細め、男に狙いを定めて、見据えた所長は、鼻で笑うと、口を開く。

「人身売買ができなくなった今、次に考えたのが、暗殺商売。腕の良い暗殺者の独占はリスクは高いが、いい商売ができるものな。しかし、それを反対する邪魔者…後寅 弘をどうにかして消したかった」

 所長の話は尚も続く。

「そこで後寅 弘と俺達、探偵が出会った事を知り、後寅 弘の裏切りをでっちあげ、利用した…大方、組の金を奪って俺達に横流したとか、そんなところか。あの襲撃もアンタの差し金だろ」

 終わった所長の話に、ほう、と息を漏らし、男は一瞬だけ目を見開いた。

「流石やなぁ探偵さん。全部アンタのおっしゃる通り…けどな、もう遅い」

 男は途中、顔を下げ、言葉尻が低く小さくなる。

 動かされていない銃の引き金に指をかけると、男は薄く笑みを浮かべた顔を上げた。

「まぁ化けて出てきてもろても構へんで。こっちの都合でこの世にサヨナラしてもらうんやからなぁ」

「この場をサヨナラするのは構わないが…この世を離れる気はないな」

 まっすぐ、銃と男を見据える所長に、男は目を丸くした。

「なんや未練でもあるんか?話によっちゃ俺が代わりに果たしたる」

「未練ね。確かにそうだなぁ…俺にはまだ、お仕事が残っててね。だが残念。アンタに任せられるもんじゃないんだな、これが」

 所長はニヤリと口角を上げて、大袈裟に両腕を広げ、肩を竦める。

「そうか…なら残念やけどそのまま逝き」

「竜前さん!」

 グッと人差し指に力を込める為に第一関節を動かしたその時、男の背後からグレースーツの男が現れ、名を叫ぶ。

 肩を激しく上下させ、ふらつきながら、ゆっくりと近付いてきた。

 男、竜前は振り返ることなく口を開く。

「弘か」

「あなたが始末したいのは俺でしょう!カタギに手ぇ出すなんて…」

 顔を歪め、絞り上げる弘に竜前はうなだれ、銃をおろす。

 所長は眉を寄せて、竜前を見る。

「そやな。…お前はそういう男や。先代によう似とる…お前やったら、こうならんかったんかもな」

 竜前はポツリと周囲に聞こえない小さな声で呟いた。

 体を反転し、竜前は顔を上げ、視線の先の弘を鋭く睨む。

「けどな、今の若頭はお勤め中や。ワシは若頭の下つくと決めた。若頭を支えると決めたんや!カタギにも手ぇ出す…それが若頭が望んどる事やからのぅ!!」

 荒々しい怒声を発し、弘に銃口を向け、添えられた人差し指は、躊躇なく力が込められた。

「助手!」

 所長の声に応じ、助手が駆け出し、竜前の懐に潜り込み、立ち上がるのと同時に、左手でパンッと銃を払いのけた。

「なっ…ぐ、うぅ…」

 突然の事に竜前はグラリと重心がずれ、後ろに傾く。

 隙を与えずに助手はすぐさま、右足を竜前の腹部へと突っ込んだ。

 カシャンと銃が落ちて滑る頃、ドシンと竜前が仰向けに倒れた。

 呆然と動かない竜前を助手が見下ろす。

 弘は成り行きを呆然と見つめ、立ち尽くし、所長はホッと息を吐いた。

 するりと所長の右手から三毛猫が抜け出した。

「あ、オイこら!」

 突然の脱走に所長は慌てるが、三毛猫はスタスタと助手と竜前の傍に近付いた。

 それに気付いた助手は竜前から三毛猫に視線を移した。

 三毛猫は竜前の頭の傍にペタンと座り込む。

「幹雄」

 助手が三毛猫の名を呼ぶと、竜前が瞼を開き、視線を三毛猫にずらす。

 表情は険がとれ、垂れた瞳が三毛猫を映す。

 三毛猫はニャア、と鳴く。竜前の口元が緩むとゆっくり開かれた。

「…なんや、えらい可愛らしぃなりましたのぅ。お勤め、お疲れ、さ…」

 掠れた声で呟くと、また瞼を閉じた。

 助手が三毛猫の首ねっこを掴み、所長の元へと歩く。

 弘は体を引きずりながら竜前の元へとたどり着くと、腰を下ろした。

 所長はしばらくその2人を眺めた後、背を向け、コートのポケットを手探りしながら歩きだした。



 都内某探偵事務所。

 オレンジの日差しが差し込む夕時に、甲高い叫び声が上がる。

「ああああ!!幹雄!幹雄ちゃん!お帰りなさい!一人ぼっちで寂しかったでしゅねー、もうママ離れないからねー」

 依頼人はギュウギュウと三毛猫を抱きしめ、三毛猫の柔らかい毛に顔を埋め、グリグリと頭を振る。

 突然の行動に、所長はヒクリと口元を震わせた。

「そ、それは是非そうしてあげてください」

「ええ!探偵さん、ありがとうございました!!やっぱり依頼、頼んでよかったわ!」

 満面な笑みを浮かべ、依頼人は向かいに座る所長を褒めちぎった。

「はは…今後もまたご贔屓に…」

 所長は渇いた笑いをこぼして、顔を逸らして溜め息を吐く。

「もちろん、また幹雄が居なくなった時はお願いしますね!では、私はこれで…来週にはコンテストが控えてるんです!もう時間ないけどトリートメントしてあげなくちゃ!!」

 依頼人は傍らに置いたカゴに三毛猫を入れると、それと鞄を持ち、慌ただしく外へ飛び出して行った。

 パタンと大きな音が響くと、シンと部屋が静かになる。

 所長は力を抜き、体をソファに預けた。

「はー、ありゃ幹雄も脱走するわ。溺愛ぶりは予想通りだったが、まさかコンテストまで出てるとはな」

 パーテーションの奥から出てきた助手が、ぼやく所長を見て頷く。

「流石です所長」

「?ま、無事に依頼は終了したからよかったけどな」

 助手の言葉に首を傾げるが、すぐに口元を緩めて顔を綻ばせた。 助手はお盆を片手に、テーブルの傍に来ると腰を曲げ、手を伸ばす。

「毒蠍、結局会えませんでした」

 テーブルに置かれたカップをお盆に乗せながら、助手はポツリと漏らす。

 チラリと助手に視線を向けると、所長は目を閉じた。

「まあ、もう会うことは出来ないが、津川(つがわ)にどうしてるか聞いといてやるよ」

 所長の言葉に助手は所長を見ると、パチと目を瞬く。

「刑事にですか…わかりました」

 所長は頷き、ソファーから立ち上がると部屋の奥にあるポールからコートを取り上げ羽織ると、その足で外へ続く扉に向かう。

 助手は所長の動向を視線で追いかける。

 扉の前方で立ち止まり、体を反転させると、所長は助手と目を合わせた。

「じゃあな、お疲れ」

 ドアノブを捻り、片手を上げる所長に、助手は頷くと立ち上がる。

「はい、お疲れ様です」

 助手の言葉を背に受けて、扉を開けて出て行った。


 都内某雑居ビル前。

 ビル内に組み込まれた階段から降りてきた所長は、公道に一歩踏み出し、進行方向に足を向けた。

 その進行方向には凸凹な2人組の姿があり、3人は目の前の人物を確認し、立ち尽くした。

「あ」

 まるで図ったような揃えた声に、3人はそれぞれ視線を泳がす中、2人組の片方、小柄な男が持っていた紙袋を差し出す。

「ちょうどよかった…オッサン、これ弘さんから」

 所長は首を傾げつつ、差し出された有名デパートの紙袋を受けとる。

「ん、ああ…なんだコレ」

 所長が中を覗くと、正方形のタッパーが二つ入っていた。

 中身はフタが白みがかった半透明の為、詳しく見えない。

「弘さんが世話になったからって事で、弘さんお手製漬物だ。めちゃくちゃうめぇから」

 腕を組み、口元を緩ませて空を仰ぎ、鼻を鳴らす男の姿に、所長は僅かに笑みをこぼし、紙袋を掲げた。

「そうか、ありがとな。黒浦…どうなるんだ」

 男は腕を解き、力無く垂らして目を伏せると、ようやく口を開いた。

「…今は弘さんが竜前さんの代わりに先代の側についてる。先代や竜前さんには借りがあるから、返すまで組辞めねぇって弘さん、言ってた。若頭は…お勤め終わったら、改めて話し合いをすることに決まった」

「まぁほとんどの奴らが病院送りっスから…組は半壊状態なんス」

 下げられたトーンの声でポツリ、ポツリと男は話す。

 その後に続けて、ヘラリと笑いながらもう片方の大柄な男が、軽い調子で話す。

「ヤス!お前はいちいち余計なんだよ、この馬鹿!!」

 それに小柄の男はキッと睨みつけ、吠えると、そのまま所長にも攻撃的な視線と、人差し指を突き付ける。

「言っとくが…黒浦は解散しねぇからな!俺らが弘さんを支えて、また義理と人情の黒浦を復活させんだ!!」

 二人のやり取りを眺めていた所長は、眉を下げながら笑った。

「そうか、まぁ頑張れ。今度は事件起こすなよ」

「わかってるよ。オッサンも、ありがとな。弘さん、助けてくれてよ」

 視線を逸らし、小さな声で告げられた言葉に所長はフッと息を漏らし、歩きだす。

「俺はたまたま巻き込まれただけだ。気にするな。それじゃあ漬物、貰っていくよ」

 隣を通り抜けながら、そう言うと、背後に向けて手を2、3回振り、そのまま振り返ることなくその場を去って行った。

「…相変わらず格好つけてんな。オッサンのくせに」

「うっス」

 その所長の背中を見届けた小柄の男は眉を寄せ、顔を綻ばせて悪態を吐くと、隣で大柄な男が頷いた。



 約束の時間より10分過ぎていつものバーの扉を開く。

 すぐ目に入るカウンター席に座る、馴染みのコート姿の背中に向かって声をかける。

「悪い、考助。待たせたな」

 右隣りに空いた席に腰をかけると、考助はこちらに視線を向けると口元につけたグラスを置いた。

「いいよ。そっちも最近一山あったもんな」

「俺達はお前の後処理みたいなもんだ…お前に比べたら山なんてもんじゃない。マスターいつもの」

 相変わらずの言いように笑みがこぼれる。カウンター越しに立つマスターに注文すれば頭を下げるとそのまま下がっていった。

「その後処理が大変だろうが」

 納得がいかないのかぶつくさと言いながら、洒落た小皿に盛られた白菜を摘み、口にほうり込む。

「…漬物?新しい突き出しか?」

 いつもならピーナッツか、コイツの好物でもあるチョコレートの筈だ。

 俺の問い掛けに考助は咀嚼し、飲み込むと口を開いた。

「黒浦のとこからの礼だ。結構いけるぞ…食うか?」

 皿をこちらにスライドさせた。

 黒浦の連中の中にはまだ以前のような仁義を重んじる奴もいるのか…礼が漬物なんて変わってはいるが。

 皿の上の白菜は店内のほの暗い照明に照らされて光って見える。

 確かに美味そうだな。有り難く頂くか…。

「貰う」

「どうぞ」

 ちょうどいいタイミングに、マスターがウイスキーの入ったグラスを手元に置いてくれた。

「ありがとう」

 軽く会釈してから漬物を口に入れる。

 うん、美味いな。絶妙な塩加減だ。

「…手間取ってるのは毒蠍の方か?」

 マスターが離れてから、考助がグラスの氷を転がしながら小さな声で呟く。

 毒蠍は昨夜逮捕した殺しを商売にする男だ。こっちでは大物である男が逮捕された経路は、この目の前の男の一本の電話から。

 コイツは巻き込まれたと言うが、俺には才能に思えるそれには、いつもの事ながら感服するな。

「いや、毒蠍は大人しく引きこもってくれてる。一人歩きしてる噂と違って大人しい男だ」

「なんだ、じゃあ違う案件か」

 答えてやれば、興味なさそうにグラスに口をつけた。

「あぁ…それより最近、よく巻き込まれてるが大丈夫なのか?」

 コイツの言葉に合わせて尋ねれば、カランと氷を残し、グラスの中身を飲み干して僅かに眉を寄せた。

「ん?なにがだよ」

「…もう半年になるだろ。どうなんだ」

 視線を自分のグラスに向ければ、隣でククッと笑い声が漏れた。

「相変わらずだ」

 しかし、緩められた口元は、すぐに締まり、ジッとグラスの中の氷を眺めた。

「アイツは子供だ。なんにも知らない無邪気な子供。だからアイツは人を傷つけてもガラス玉みたいに丸っこい目で立ってる。褒めてほしいから良いことと悪いことの区別もつかないまま言われたとおりただやるだけだ。感情も出さないのはそういう風な環境に馴染む為だ」

 カラン。と考助が氷を転がす。その眼差しは見たことのないものだ。真剣で、暖かい目で語る。

「だから俺がしてやることは、アイツに良いことも悪いこともキチンと教えてやること、ちゃんと怒って褒めてやることだ。そうしてアイツを大人にしてやるんだ」

「…良い保護者だな」

 隣の横顔に素直に感じた事を伝えれば、考助は笑った。

「なに言ってんだ。保護者にとって当たり前だろ…口、辛くなってきたな。マスター、ボトルとチョコレートくれ」

 考助が少し早口でマスターを呼ぶ。仕事のできるマスターは、予想していたのか、すぐに考助のキープボトルと包装されたチョコレート5つを乗せた小皿を差し出した。

 柄にもないことを言ったから、照れ隠しなんだろう。

「くくっ」

 思わず零れた笑いにジトリとこちらを怨みがましく睨む目とかち合う。

「…なんだよ」

「いや、見慣れてるんだが…どうしてもペットボトルをキープするお前が…」

 正直に話せば途端に機嫌を損ねてしまう。

 烏龍茶と書かれた1.5リットルボトルが視界に入り、それを指してやれば、考助は眉を寄せてキャップを捻ると、呆れたように文句を口にした。

「悪かったな、下戸で」

 カランと、どちらかの氷が鳴いた。

 最後までお読みいただきありがとうございます。

 なんちゃってハードボイルド第三話、初めましての方も、今まで続けて読んでくださった方も…いかがでしたでしょうか?この話に、少しでも何か感じてくださったら幸いです。


 今回のお話ではジワワのつもりがジワッジワワワワっと滲み出しすぎてしまい、えらく長文になってしまいました。今回ここまで読んで下さる方には、本当に貴重な時間を使って読んで下さってありがとうございます。

 第一話とちょっとだけリンクしているのですが、第一話を読んでない方でも読める話にしました。組織の描写をらしく書き込めなかったことが心残りです。実は、別としてラブロマンスっぽい流れも考えていたのですが、男臭い話にしたくて今回のような流れにしました。

 呆気なく捕まった毒蠍は元々かませにするつもりだったので、再登場は予定ないですが、スピンオフとして別で出す…かもしれません。あまりにも可哀相な扱いなので…。

 さて、次回の話は再登場と新登場のキャラクターが。そして、控えめにジワ…ッと出す予定です。更新は来年以降になりそうなので、最後に早いですが、ご挨拶。

 皆様、よいお年を。


 次回、所長と助手 第四話 上司と部下

 どうぞよろしくお願いします。


※この物語はフィクションです。実在の人物、団体名とはいっさい関係ありません。

実在の人物、団体名とはいっさい関係ありません。殺し屋も横領、捏造、恐喝もくれぐれも真似をしないようにお願いします。


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