日の出を見よう その2
以前、冬の森で僕が心奪われた銀世界。それが、今違う美しさを持って目の前に広がっている。
地面を覆う雪は淡い月の光を受けて青白く輝いている。夜の真っ暗な闇の中、僕達の足元だけが輝く。森は寝ているかのように静かで、僕達の雪を踏みしめるサクサクという音が心地いい。空気はどこまでも冷たく澄んでいて、呼吸の度に胸が一杯になる。
ここの景色は日中しか見たことがなかったので、もの凄く新鮮に感じた。
「あとどれくらいで山を登り始めるの?」
「んー、あと五分後くらいでしょうねぇ」
思っていたより森から山までは近いようだ。既に周りは雪が積もっているが、服を着込んできているので、山でもとりあえず寒くはないだろう。
「寒くない? 大丈夫?」
「大丈夫。いっぱい着てるから」
彼女に聞くと、こう答えた。寒さに関しては心配しなくてよさそうだ。
「ここからが山ですねぇ。寒くなりますが大丈夫ですかねぇ?」
「大丈夫」
2人で声を揃えて言うと、ゴウは頷き、山の斜面を登っていく。その後に続いて僕たちも登っていった。初の雪山登山、その事実に期待と不安を抱きながら。
「はっ……はっ……」
山の斜面は登れば登るほど急になった。体力の消耗もどんどん激しくなり、僕は荒い息を吐く。それに比べて彼女とゴウはまるで疲れなんて知りませんとでも言うようにすいすいと進んでいく。……一体どんな体力作りをしているんだ?特に彼女。家に帰ったら教えてもらおうと思った。
またしばらく登って、もうそろそろ体力の限界がやってきそうだと思っていると、唐突に彼女が口を開いた。
「ゴウ、少し休憩しよう」
「わかりましたねぇ。予想より速いペースで来れたので、少しは休憩できますねぇ」
多分、僕が疲れているのに2人とも気を遣ってくれたのだろう。その好意に甘えさせてもらって、俺はその場にへたり込んだ。
「あなたは体力が無さすぎる」
「しかたっ、はぁ、ないだ、ろ」
息も絶え絶えな俺の目の前に立っている彼女は、容赦なく鞭打つ言葉を投げかけてきた。が、次にこう言った。
「だから、帰ったら一緒に走って体力つけよう?」
「え? ほん、と?」
「うん。色んなところに行こう?」
……彼女がいつのまにか飴と鞭を使い分けていた。そんな笑顔で提案されたら、いくら僕が走るの苦手でも頷かざるをえないじゃないか。
「ありがとう。……ふー」
「落ち着いた?」
「うん、大分。ゴウ、もう大丈夫だよ」
「それでは、出発進行ですねぇ」
大分高くまできたのだろうか。山に入る前よりかなり寒い。風が吹いてないのが唯一の救いだが、それでも顔が冷たい。
彼女を見ると、中の白いセーターの襟を鼻まで上げて寒さを防いでいた。被っているニット帽とあいまって、目しか見えない。僕もそれにならって黒いセーターを上げた。
「ここが頂上ですねぇ」
そう言ってゴウは止まった。そこは斜面ではなく、平らな場所だった。だいたい10m四方の平坦な地形が広がっている。周りを見渡すと、春夏秋の山がそれぞれ見える。そして、山の向こう側、朝日が上る側はまだ何も見えない。
僕は何も言わず、彼女と手を繋いだ。心配そうに彼女は僕を見てくる。彼女に大丈夫という視線を送り、僕は朝日の上る方向へ顔を向ける。そして、2人で一歩一歩前へ進み、平坦な頂上ギリギリに立った。
ゴウは後ろの方で朝日の方向を見ている。
地平線が赤く光った。朝日がゆっくりと現れ始める。そして、風景が照らされていく。赤く、赤く、染め上げられていく。雪が日光を反射して眩しく光る。そして、僕は見る。ここの周りを囲む景色を。
「海……」
ここは、この小さな島は周りを海に囲まれていた。地平線上には何も見えない。どこまでも続く、澄んだ海。
太陽に照らされてキラキラと赤く光っている。
僕は……この風景を知っている。昔、遠い昔、僕が見た風景と寸分違わず同じだ。
彼女が少し強く僕の手を握ってきた。それに勇気づけられるように、僕はこの光景を目に焼き付ける。忘れないように。決して、忘れないように。無くしてしまった、たくさんのものを。
やっと物語が進んできました。
最後の意味がわからないだろうとは思いますが、意味がわかるように展開する予定ですので、付き合っていただけると嬉しいです。
ちなみにモケットが目を覚ましたのは、家に帰り着いてからでした。
実につかえないこですw