森で歌おう 秋編その4
暗い空に月が浮かんでいる。今日は満月だ。明るく輝く丸い月が森を照らす。森は仄かに紅く光り、昼間とはまた違った美しさがある。
今僕と彼女は森の中にぽっかりと空いた空間にいる。ここには直接月の光が降り注ぐ。周りの木陰にいるみんなが、俺達を見て小さな声でささやきあうのが聞こえる。久しぶりの歌なので、みんな大分楽しみにしているようだ。
小さいささやき。弱い風が吹く音に、木がざわめく音。僕の呼吸。それだけが聞こえる。聞こえている。
僕と少し距離を開けた右隣に彼女は立っている。月に照らされる彼女はまるで1つの彫刻のようだ。
目を閉じ少しうつむいているその横顔に当たる月光が、彼女の透き通るように白い肌を照らす。背中の中ほどまで伸びる金の長い髪は、ゆっくりと風で揺れ、少し緩んだ口元は限りなく優しい。周りの音を、風を、匂いを楽しむように、味わうようにして静かに佇むその姿は、まるで永遠に続くかと思われる。
「la―――――」
その永遠を破ったのは彼女自身だった。少し開けた口から、囁くように、静かに、細く流れ出るソプラノボイス。その声を聞いた瞬間、周りに時が止まってしまったかのような静寂が訪れる。
「la――――lalalaaa――――」
始めは細かった声が徐々に大きく、強くなり、そしてまた小さく、弱くなり、それを寄せては返す波のように繰り返しながら、音を奏でる。森が、風が、草が、まるでその声を表現するようにざわめき鳴る。
その声に思わず聴き入っていると、彼女が歌いながらこちらを見て手を差し伸べてきた。それを見て僕はゆっくり頷き、音を奏ではじめる。
「a―――――」
僕のテノールボイスが響き始める。彼女のソプラノと混ざり合いながら、自然が奏でる音と混ざり合う。
どこまでも、どこまでも響く。
遠く、遥か遠くへと。
ゆっくりと、余韻を残しながら歌が鳴り止む。彼女と僕、そしてここにある全てが息を潜める。
静寂。
[この空に輝く月よ]
唐突に彼女が歌い始める。讃えるように、優しく、力強く。
{空を穿つ君よ}
後を追う様に僕も歌う。この光景を目に焼き付けながら、その思いを歌に込めながら。
[私の心を癒やし給え]
{心を穿つ君よ}
[渡りゆく風よ]
{私を包む君よ}
[支える地よ]
{私を支える君よ}
『共に奏でよう』
{癒しの歌を}
[讃えの歌を]
{護りの歌を}
[調和の歌を]
{悠久の歌を}
[未来の歌を]
{命の歌を}
[古の歌を]
『全ての旋律を』
『全ての思いを』
『等しく』
歌の余韻に浸っている。生き物も、自然も、何もかもが思いを等しくし、心地よい一体感を得る。
「今日もありがとう」
そう言う彼女の声でみんな我に返る。そうして生まれる賞賛の声。みんな楽しそうにしている。
嬉しい。ただ、僕は嬉しかった。みんなが笑顔なことも、歌うことで一体感を得られたことも、今僕がこうしてここにいることも。たくさんの幸福が積み重なって、僕の心はいっぱいになる。この気持ちを表すのに、1番適切な言葉、きっとそれは、
「今日もありがとう」