昔々のお話 その2
「純、朝よー。起きなさーい」
母の声が聞こえる。目を開ける。ベッドから出て、高校の制服に着替える。部屋を出て、階段を降りてリビングへ。
「おはよう、純」
「おはよう、父さん、母さん」
呼んでいた新聞から顔を上げ、微笑みながら父は挨拶する。それに応えて、僕は食卓の席に着いた。
和やかな、円満な家庭の朝の光景。良くありそうでなかなか無い、そんな幸せな光景。
僕の名前は、空見 純。高校二年生の男子だ。今日もいつものように朝食を食べ、身支度をし、行ってきますの声と共に玄関を出る。
途端に溢れ出る、狂気の声。今日も人々と動物達は、変わらず叫んでいる。その中を平然と歩いて学校へ行く。人々の声の中、友達とたわいない話をして、授業を受け、家に帰って、晩ご飯を食べて寝る。
今日も変わらずこの世界は歪んでいた。そんな思いと共に、僕はいつも通り眠りに落ちた。
「……きて」
声が聞こえる。
「起きて」
女の声。僕の知らない声だ。誰?
目を開けると、そこには月の光を浴びて立っている、金の髪と青の目を持った、美しい人ではない何かが立っていた。
何故僕がそれ(・・)は人ではないと分かったのか。
「お前、なんで心の声が聞こえないんだ?」
そう。何も聞こえないのだ。母も、父も、鳥も、友達も、先生も、何もかもから雑音のように聞こえていた声が、聞こえないのだ。
「私には心がないから」
そんなわけがない。いくら傷ついても、心を完全に捨てることは出来ないと、この能力が実際に証明してくれるのだから。
「お前は何だ?」
だから僕は問う。もし僕の命を取りに来た悪魔だというのならそれでもいい。死に踏み出せない僕を連れて行ってくれ。そんな自棄な考えを抱きながら、僕は問う。
だが。次に彼女が放った言葉は、僕の予想を、常識や知識を、遥かに超えていた。
「私は、あなたの作り出した天使」
僕が作った?意味がわからない。天使というならまだわかる。悪魔をありうると思ったのだ。その逆もありうるだろう。
「僕が作った?意味が分からない」
「あなたは、自分の能力に疑問を持ったことはりませんか」
唐突な質問。
「あるさ。当然」
「あなたは、自分に疑問を持ったことは?」
「さっきもいった通り、あると」
「あなたは、」
突然質問責めにしてきたそれ(・・)は、次に酷い、酷い質問をした。
「あなたのような、普通の人間ではない存在が普通の生活を送れていることに、疑問を持ったことはありますか?」
「そんな疑問は」
「いつからあったのですか、その能力」
それ(・・)は僕の言葉を切って、僕の心を切って、僕を傷つける。
「生まれた時からだ」
「では、いつ気付いたのですか?それが異常と」
……わからない。記憶に無い。気付いたら僕はこれを異常だと知っていた。
「あなたの家族は何故それを知らないのですか?」
「あなたは誰かにそれが異常か聞きましたか」
「何故その異常を、自分が異常なことをさも当然のように受け入れて生きているのですか?」
何故僕はそんな単純なことに気づかなかった?何故?なぜ?ナゼ?
僕の頭をナゼが支配する。
次に、それ(・・)はこう言った。
「その質問に、答えを与えます」