ふらっと歩いてみよう
「それじゃあ、今日は別行動の日ってことで」
「わかった。いってきます」
「うん、いってらっしゃーい」
私は時々、一人でふらっと出歩きたくなる日がある。そんな時、私は彼にその旨を伝えて出かけるのだ。
「今日は私はどこへ行く?」
心赴くままに歩いてみよう。何も考えず、頭を空っぽにして。この綺麗な青空の下を。
しばらく歩いてたどり着いたのは、春の森だった。特徴として、ここには鳥が多くいる。また、木々の生える場所が偏っているため、草原と深い森が隣り合っている。
私が今いるのは森の入り口。草原が続いている。
私はそこに仰向けに倒れて空を見る。すると、空から降りてくる小さな影が一つ見えた。
私が手を伸ばすと、その影は手の平に止まった。
「今日は一人でお出かけかい?」
と、しゃべりかけてきた。
「そう」
しゃべりかけて来たのは、雀のチヨだ。
「何か悩みでもあるのかな?」
「はっきりとはわからない。でも、多分そう」
「そうか……」
彼女はそう相槌を打つと、ちょこんと飛んで、私のお腹に乗った。
「まあ、私に話してごらんよ。とりあえず、聞くだけなら聞くよ」
「ありがとう」
私はこうやって、彼女に悩みを相談する。
「私は、あの人の支えになれているの?」
「そりゃ、もちろん」
「あの人は、今幸せ?」
「そうじゃないと、あんな顔は出来ないだろうさ」
「あの人は、変わった?」
「最初と比べたら、そりゃ見違えるように、ね。それも良い方向に」
打てば響くようにに答えてくれる。だから、私は安心して相談できる。
「何が変わったの?」
「それはわからないよ。何か悩みが解消したんだろうけど、その悩みが何かは私は知らない。気付いたら、私がいて、みんながいて、あんた達がいたから」
あの人が具体的に変わったことと言えば……
「笑顔が増えた」
「確かに、あいつは最初あまり笑わなかったからね」
「……これしかわからない」
「気付いてないだけさ。いつも一緒にいると、徐々に変化する物には気付けないものさ」「そういうものなの?」
「そ。そういうもの」
多分、私はあの人の何が変化したのか具体的にわからないことで悩んでいたのだ。
「ありがとう。気付けるように頑張る」
「頑張る必要は無いよ。それはある時ふっと気づくものだからね」
「そういうもの?」
「そういうもの」
それじゃ、というとチヨは飛び立っていった。私も別の所に行ってみよう。
ここは冬の森。
ここには、小さな湖がある。凍った、静かな湖だ。
私はその前に座って、目を閉じた。歌を口ずさむ。
〔君に見せたい景色があるんだ〕
〔それは僕の中にある〕
〔だから僕は君に伝えよう〕
〔この歌に思いをのせて〕
〔君と共に歌える日がきたら〕
〔次は君の歌を聞かせて〕
〔そして僕も共に歌える日がきたら〕
〔次は2人の歌を作ろう〕
〔そしてみんなに伝えよう〕
〔僕と君の思いをその歌にのせて〕
この歌は、彼が最初に歌った歌だった。昔、あの悪意に満ちた世界が嫌で、苦しんでいた彼。
彼は、私と出逢い、私が空っぽだと知ると、歌という物を教えてくれた。
「この世界の中で、君みたいに純粋で、綺麗な物。それが歌なんだ」
そんな事を言った後、彼はこの歌を歌った。そして、こうも言った。
「歌には思いがこもっているんだ。君は歌みたいに綺麗だけど、思いが空っぽだ。だから、思いを紡ぐんだ。そして、君が歌になれたら、その時はこの嫌な世界を変えよう。僕と君で、この世界を“綺麗”で埋め尽くそう」
この歌は始まりの歌だ。彼との出逢いの始まり。私の始まり。“綺麗”探しの始まり。
私は昔を思い出しながら、いつまでも歌を歌い続けた。
「ただいま」
「おかえり。良い笑顔だね。何か良いことでもあった?」
「気付いたの」
「?」
「あなたは、変わっていないんだって」
何もかもを失っても、それでも変わらない心、意志。
それがあれば、きっとその人は何にも負けないでしょう。