森で歌おう 夏編
サイクリングが日課となった近頃。僕達は自転車で競争を始めた。夏の森の周りをグルッと一回りするコースで、どっちが速いか競争するのだ。
最初は彼女の圧勝だったのだが、僕も体力がついてきて、そこそこの勝負が出来るようになったと思う。ただ、ゴールしてもほとんど汗をかいていない彼女を見る限り、それは思い込みなのかもしれない……
日中僕達はそれをしながら、他の誰かがいたら競争をやめて、いつどこで歌を歌いますよ、というお知らせをしていた。わざわざみんなのところに言って伝えていたら、この前のように何時間あっても足りない可能性があるからだ。
僕の体力増強にもなるし、お知らせもできる。まさに一石二鳥のサイクリングなのだ。
そして今日がその日、歌を歌う日だ。夏の森の名所は真ん中を通る川だ。暑い中冷たい水を浴びるというのは実に良いものだし、太陽のもとで煌めく水飛沫は美しい。
そして夜。水の流れる音が心を癒やす。静かな水面に映る金の月は、荘厳な雰囲気を持っている。
僕らは座ってそのゆらゆらと揺れる月を見ている。
「今見ている月は、嘘の月」
僕は言う。
「もし、僕達が本当だと信じている物が、こんな風に嘘の物だとしたら」
心の泥を吐き出すように、僕は言う。
「みんなはどう思うのかな」
「でも」
僕の言葉を打ち消すように、彼女は強く言葉を紡ぐ。
「綺麗だよ。本物とは違っても、その月は綺麗だよ。だからみんなここが、この景色が好き。」
彼女は僕の手を握る。
「あなたが選んで私が作ったこの世界も、綺麗だよ。だから、みんなここが好き。だから自分だけを責めないで」
俯く僕を彼女は抱きしめる。
「罪は、一緒に背負っていこう。」
「うん……ありが、とう」
知らず涙が零れて、彼女の肩を濡らす。僕は独りじゃないという安堵が、どこまでも優しく僕を包んだ。
僕と彼女は片手を繋いで向き合ったまま立ち上がる。
〔川面の月が綺麗〕
彼女の独唱を、僕は聞く。
〔ゆらゆら、ゆらゆら揺れる〕
〔そんな儚い月〕
〔ならば私は川となろう〕
〔月を映し続ける静かな水面になろう〕
〔その月が消えないように〕
〔私が護ろう〕
僕は答えるように、僕の独唱を紡ぐ。
{僕は月}
{消えない、儚い月}
{嘘のない、嘘の月}
{何が正しいのだろう}
{何が誤りなのだろう}
{わからず悩み、でも登る僕}
{そんな時、静かな川を見つけた}
{その川面に映る僕を見た}
{それは綺麗な月だった}
{それがわかって悩みは綺麗に無くなった}
{ありがとう}
{川にそう言って、僕はずっと在り続けた}
{その川とずっと一緒に}
この二つは、僕らを表す歌。そしてお互いの思いを相手に伝える、そんな歌。二つの独唱は一対の歌。彼女と僕は、二つで一つ。
そんな思いを抱きながら、僕らは微笑みあった。