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自転車で行こう

 先日、僕たちは夏の森を走った。それというのも、僕の体力作りのためだ。はずなのだが、しばらく走って着いた森の奥で、ぐっすりと寝てしまったのだ。その原因というのは、僕の場合は疲れのため、彼女の場合は眠るのが好きなためだ。抗えない何かが、そこにはあったのだ……多分。

 起きたときには既に日が暮れていて、そして僕は筋肉痛で立ち上がれなかった。


「……ここまでとは思っていなかった」


 彼女が失望の目で、立ち上がれずに地面に這いつくばる僕を見ていた。何も言い返せない自分が悲しかった。

 その後、森の半ばまで彼女におぶってもらい、次にそこで出会ったライオンのキラにおぶって家まで運んでもらった。

 家に帰って更に落ち込んだのは、言うまでもない。


 そして今日の朝。


「わかった! やり方が悪かったんだ!」


 家の前の草原で二人並んで寝そべって、日向ぼっこをしているときに、僕は跳ね起きてそう言った。


「なんの話?」


 彼女は寝そべって目を閉じたまま、こう尋ねてきた。


「昨日のこと。いきなり走ったのが間違いだったんだよ」

「というと?」

「自転車でサイクリングをしよう!」

「自転車って、あった?」

「……体操服があったんだから、多分探せばあると思うんだ」

「体操服があるのって、そんなに変なの?」


 僕は苦笑しながら、首を横に振った。だって、ここで首を縦に降ったら、きっと彼女は体操服を着なくなるだろう。普通の格好で運動して、怪我でもしたら大変だからね。まあ、あの格好が新鮮味に溢れているから、っていうのもあるのだけど。……つまり、僕は彼女の体操服姿をまた見たいと思っているようだった。



「あったー!」


 家の物置を漁ること十分。新品同然の二台の自転車が見つかった。ちなみに、二台ともママチャリで、一方は黒、もう一方は金である。

 僕が黒を、彼女が金の自転車をおして外に出た。


「さ、行こうか」


 僕が笑いながら彼女にそう言うと、彼女はキョトンとした顔をしてこう言った。


「これ、どうやって使うの?」


 ……僕の体力増強計画は、既に頓挫しそうだった。



「まずは、バランスをとるところから始めようか」

「ん」


 彼女に自転車にまたがってハンドルを握ってもらう。今日もボニーで体操服だ。それにしても、金髪碧眼の美少女が金のママチャリと合わさると、もうなにか神々しい。というか、まず金のママチャリが似合う時点でびっくりなのだが。


 彼女は両足を曲げて少し地面から浮かし、バランスを取り始めた。右に左にふらふらしながら、それに合わせて頭もゆらゆらしている。


「危なくなったら、すぐに足を地面についてね」

「ん」


 僕はそうアドバイスした。


 が、杞憂になりそうである。何故なら彼女は、ふらふらはするものの、一回もまだ足をついていない。驚異的なバランス感覚だ。


「よし、そんなもんでいいよ」

「これでもう一緒に走れる?」


 彼女は目を期待で輝かせながらそう聞いてきた。


「まだだよ。でも、ここが一番難しいから、もう終わったようなものだよ」

「わかった……頑張る」


 少しだけしょんぼりした後、彼女はガッツポーズをした。


「危ないっ!」


 瞬間、彼女が僕の方に倒れてきた。咄嗟の判断で彼女を抱き止めるが、昨日の筋肉痛がまだ残っているようで、そのまま後ろに倒れてしまう。このままでは彼女の左足が下敷きになってしまう! だが、見ていることしか出来ない。あと少しで地面と当たる!


 その時、彼女が動いた。右足で自転車のフレームを蹴ると、僕を押しながら飛んだ。とっさに空中で彼女を抱きしめ、背中から地面に着地する。


 がしゃんと自転車の倒れる音がした。


 彼女の匂いがする。僕を包み込むような、そんな優しい匂いだ。


「……大丈夫?」

「私は大丈夫。あなたは?」


 無言で抱きしめる。互いを安心させあうように、僕らは抱きしめ合った。



 その後、僕らは練習を再開した。


「それにしても、まさかまだ足を地面についてなかったなんてなあ……」

「不注意だった。ごめんなさい」


 少し落ち込んだ様子で彼女は言う。


「大丈夫、次から気をつければいいからさ」

「……わかった」


 二人の楽しそうな笑い声と、自転車の車輪が回る音が響いていた。




 一時間後、彼女に追いつけずに、どんどん引き離されていく僕の姿があったのは、秘密にしたいなあ……

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