“綺麗”を見よう
「君の瞳は、綺麗な青だね」
目を覚ますと、目の前の少年は私の目を見てそう言った。短く切った黒の髪に寝癖をつけ、まだ少し眠そうな目をしながら。
朝、あなたは時々こう言って微笑む。その時、私はその邪気のない微笑みこそが美しいと思うけれど、何も言わないでいる。言ったら、すぐにその表情を崩して、気難しそうな顔をするからだ。
「さあ、起きて。今日は朝から森に行こうか」
まだ朦朧とする意識の中、ベッドに倒れてシーツにくるまったまま、ぼーっとあなたの笑みを見ていた。あなたは急に私の手を握ると、私を引っ張り起こした。
ベッドの左横にある窓から吹き込んでくる朝の涼しい風が、私と彼の頬を撫でる。
「今日も綺麗に晴れたね」
そう言う彼の顔を金色の光が照らし、眩しそうに目を細める。私も眩しくて目を細めながら、窓の外を眺める。
どこまでも広がるかのような草原は森で打ち止めになり、その森の後ろには頂上に雪を頂く高く険しい山が見える。朝日はその全てを金色に輝かせ、化粧をしたかのような景色はいつもとは違う“綺麗”を見せる。
私が引っ張りあげられた姿勢のまま、ベッドに座ってその景色を眺めていると、
「……僕はさ、あんまり好きじゃないんだ。太陽って。」
唐突に、あなたは少しだけ悲しそうな声でそう言った。私はゆっくりと外の光景から目を離し、外を見たままの彼の顔を見てこう聞いた。
「……なんで?」
彼は窓の外の光景から目を離し、私の膝に掛かっている白いシートが金色に輝くのを見ながら、
「直接見ると、眩しすぎて、他の物は何も見えないじゃないか。もし直接見なかったとしても、太陽はみんなが持ってる自分の色を無視して、勝手に染めるんだよ」
彼の見つめるシートを私も見て、シートの上に手を翳して日の光の存在を確かめる。白いシートに、私の手の形の陰が出来る。あなたはその影を眺めながら、
「太陽っていう主役の前では、周りの物は引き立て役にしかなれないんだよ」
と言った。
少しの沈黙が出来た。その間ずっと彼はシートに映った影を眺めたままでいる。
私は中指と薬指を曲げ、人差し指と小指はピンと上に伸ばしたまま、その2本の指先を親指の先とくっつけた。
そうして、手をすこし動かして日のあたる角度を調整し、影が狐みたいに見えるようにしてから、
「……コンコン」
と鳴き真似をしてみた。
また少し沈黙が出来た。
彼が黙ってしまったので、気になってチラッと彼を見ると、びっくりした表情をしていた。
でも、それが段々笑い顔になって、ついに吹き出した。
「……ふふっ、なにしてるんだよ」
「……今、笑った? 」
私が無表情に彼を見て言ったからだろうか、彼は固まった後、手を前でブンブン振って、冷や汗をながしながら、
「い、いや、今のは、その……な? 」
とか言っている。
なにか勘違いしているみたいだけど、無視した。別に恥ずかしかったから無視したとかでは、全然ない。
彼が俯き始めたところで、私はこう言った。
「今あなたを笑わせたのは、太陽っていう主役じゃなくて、影っていう脇役」
彼は、はっとして顔をあげると、私を見た。
彼は太陽の前じゃ他は飾りでしかなくなるから、嫌いだって言った。でも、飾りでしかない影にしか出来ないこともあると気づいてほしい。
「だから、あなたが太陽を嫌う理由は無い」
私の見ているすぐそこにある“綺麗”を、あなたにも知って欲しいから私は言葉を紡ぐ。
「太陽も影も、本当は同じ“綺麗”の1つ。だからもう一回、一緒に外を見よう? 」
彼はゆっくりと顔を私から窓へと向けた。私も窓の方へ顔を動かして、彼と一緒に外を見る。
黄金色の輝きと黒い影が生み出す、美しい調和。
しだいに色は光から影へ、影から光へと変わり、真逆のはずの2色を1つに繋いでいる。
染め上げられる草木は、その下に確かに自分はいるんだと主張するように影を落とし、影の中や周りにある黄金と互いを引き立てあう。
光だけでも、影だけでも出来上がらない“綺麗”。
「……う……わ……」
しばらくして彼は驚いた声を出した。
彼の瞳は輝いて、驚きと感動がない混ぜになった表情で食い入るように外の景色を見る。
私は、そんな彼を見て、彼とまたひとつ一緒に見れる“綺麗”が増えたことに喜びを感じる。
『君に見せたい景色があるんだ』
私はその思いをのせて歌う。
すると、彼は微笑みながらこちらを見た後、目を閉じて一緒に歌った。
『それは僕の中にある』
『だから僕は君に伝えよう』
『この歌に思いをのせて』
『君と共に歌える日がきたら』
『次は君の歌を聞かせて』
『そして僕も共に歌える日がきたら』
『次は2人の歌を作ろう』
『そしてみんなに伝えよう』
『僕と君の思いをその歌にのせて』