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『西果てよりのレシピ ―劉玄徳、乱世を煮る―』  作者: 曲木六円


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第2章:反董卓連合編(前編) ― 肉屋の最期と魔王の降臨

:『西果てよりのレシピ ―劉玄徳、乱世を煮る―』

歴史の教科書が語る「仁義の英雄・劉備」は、常に涙と共にあった。

だが、その涙の裏に、もしも**「極めて冷徹なまでの合理的知恵」**が隠されていたとしたらどうだろうか。

楼桑村の貧しき青年、劉備。

彼は、誰も知らない「西の果て」の記憶を持っていた。

砂漠を越え、海を渡り、異国で目にしたのは、鉄を飴のように操る炉の炎であり、数年の歳月を封じ込める保存の法であり、そして土の力を限界まで引き出す農耕のレシピであった。

「天下を治める」とは、すなわち「天下を正しく調理する」こと。

彼が振るう双股剣は、異国の製鉄理論が結晶した最強の鋼。

彼が民に配る一椀の粥は、飢えを根絶するための科学の結晶。

そして、彼が懐に忍ばせた「赤実(トマト)の種」は、腐敗した漢帝国を塗り替える、革命の赤。

これは、一人の料理人であり、技術者であり、そして王であった男が、己の五感と知見のすべてを賭けて、戦乱という名の巨大な釜を煮上げる物語である。

さあ、宴を始めよう。

火加減は、諸葛孔明。具材は、関羽、張飛、趙雲。

そして主(シェフ)は、西の記憶を持つ男、劉玄徳。

乱世は今、最も熱く、そして「旨い」季節を迎える。

第2章:反董卓連合編(前編) ― 肉屋の最期と魔王の降臨


2-1:洛陽の迷宮、重すぎる錦(にしき)

都・洛陽。その中心に鎮座する宮城は、もはや国の政を行う場ではなく、老獪な宦官「十常侍」たちが張り巡らせた、陰謀と虚礼の蜘蛛の巣であった。その静謐な廊下を、不釣り合いなほど荒々しい足音が乱していく。

「……ええい、この裾はどうにかならぬのか!」

大将軍・何進は、歩くたびに足に絡みつく最高級の絹の衣を呪った。肉屋の徒弟時代、返り血を浴びながら豚を捌いていた頃の彼にとって、服とは身を守る皮に過ぎなかった。しかし今、全身を包む贅を尽くした錦は、彼を飾るどころか、その一挙手一投足に「卑しき育ち」という名の枷をはめている。

十常侍たちは、柱の影からその無様な姿を眺め、扇子で口元を隠してささやき合う。

「見なさい、あの歩き方を。まるで、まだ血の滴る肉を担いで市場を歩いているつもりなのでしょうか」

「大将軍という位は授かっても、気品までは買えなかったと見えますな。まるで下女が主の服を盗んで着たかのような、落ち着きのなさよ」

彼らは何進が通りかかるたびに、わざと立ち止まり、慇懃無礼な一礼を捧げる。複雑な宮廷儀礼を問いかけられ、答えられぬ何進の背中に、筆頭・張譲(ちょうじょう)の冷ややかな声が突き刺さる。

「豚を捌く包丁は持てても、国の舵を取る筆は重かろうて」

2-2:煙に巻かれた「野蛮な宴」の罠

何進は、己の権威を見せつけ、十常侍たちの心を掌握しようと、自邸の広大な庭園で大がかりな「肉を炙る宴」を催した。

本来、食卓とは信頼し合う者が、火の上で肉が育つのを静かに見守り、言葉を交わす聖域。しかし、何進は違った。何十人もの宦官を招き、炭火を乱立させ、黒煙を上げた。

何進は、宮廷の事務方として筆を執るのが仕事である十常侍たちに、こともあろうか「焼き役」の雑用を命じたのだ。

「さあ、お前たちも突っ立っていないで肉を返せ! よく焼かねば腹を壊すぞ!」

煤(すす)と脂にまみれた熱風の中で、繊細な絹の袖を捲り上げ、慣れぬ手つきで箸を握らされる十常侍たち。それは現代で言えば、大手企業の支店長が、内勤の女子社員を「お前たちは気が利くから」と強引に不衛生な野外の焼き場に立たせ、煙に巻かれながら肉の世話をさせて悦に入っているかのような、無神経な光景であった。

「……煙たい。目に染みるわ。なぜ我らがこのような下働きを」

「あの御仁は、我らを『客』として招いたのではない。自分の武勇伝を聞かせるための『便利な給仕』としか思っておらぬのだ」

眉をひそめ、互いに目配せし合う十常侍たちをよそに、何進は得意げに、故郷の庶民が愛する「真っ黒で塩辛い古漬け」を差し出す。汗して働く民には最高の塩分も、涼しい宮殿で過ごす彼らにとっては、ただの「無作法な泥の塊」に過ぎない。

何進の笑顔が眩しければ眩しいほど、十常侍たちの心には、殺意に似た冷ややかな「拒絶」が積もっていった。

2-3:濁った羹(あつもの)と二人の王子

宴の席には、さらに不吉な「味」が並んだ。

何進の配下が作ったスープ(羹)は、灰汁(あく)の引き方が足りず、肉の脂が浮いて生臭い。十常侍は一口含んだだけで、吐き気をこらえるように器を置いた。

その喧騒の端で、幼き二人の王子が座っている。

何皇后の子・**劉辯(りゅうべん)**は、脂ぎった肉の山に怯え、食を細めている。後の混迷を予感させる、その頼りなき背中。

対照的に、王美人の子・**劉協(りゅうきょう)**は、不味いスープの奥にある「国の濁り」を見透かすような、鋭く静かな瞳で叔父・何進の自滅を見つめていた。

2-4:暗転、宮中の返り討ち

宴での屈辱が引き金となり、何進はついに十常侍の皆殺しを決意する。しかし、彼の浅知恵はすべて漏れていた。

「妹の何皇后が呼んでいる」という偽の伝令に踊らされ、丸腰で宮中の奥深くへ足を踏い入れた何進。

「肉屋の風上にも置けぬ愚か者め。己の身の丈に合わぬ錦を纏うた時から、貴様の命運は尽きていたのだ」

張譲の声が響くと同時に、影から躍り出た剣士たちの刃が、大将軍の巨体を貫いた。

返り討ちに遭った何進の亡骸は、宮廷の冷たい床に転がった。かつて彼が捌いた豚のように、声もなく、ただ血を流すだけの塊となって。外には、宴の残骸である、冷めて脂の浮いた焦げ肉だけが虚しく残っていた。

2-5:北邙山の邂逅、幼き賢帝の威

何進を殺害した十常侍たちもまた、怒れる軍勢に追われ、二人の王子を拉致して城外へと逃亡した。漆黒の闇の中、たどり着いたのは荒涼とした北邙山。そこで十常侍たちは力尽き、川に身を投じて果てる。

震える劉辯と、彼を支える劉協の前に、突如として地響きと共に巨大な影が現れた。西方の軍勢を率いて駆けつけた、董卓である。

董卓は馬上の人となったまま、尊大な態度で、しかし口先だけは慇懃な笑みを浮かべて問いかけた。

「……これはこれは、天子様であらせられるか。臣・董卓がお迎えに参りましたぞ」

あまりに威圧的な軍勢に劉辯は震えるばかりであったが、弟の劉協が前に進み出た。

「臣たる者が、天子の問いに答えず、まずは己の素性を名乗らぬとは。董卓とやら、貴様の作法はあまりに野卑ではないか。まずは馬を下り、拝謁の礼を尽くすがよい」

幼き王子の放ったその鋭い一喝に、董卓はニヤリと不敵に笑い、ゆっくりと馬を下りた。だが、その瞳の奥には、この聡明な劉協を「自分の操り人形」として据えようという、底知れぬ野心が燃え上がっていた。

2-6:魔王降臨、巨大な肉の足音

董卓によって洛陽へと連れ戻された王子たち。しかし、彼らが戻ったのは平和な宮殿ではなく、董卓という魔王が支配する「巨大な胃袋」の中であった。

「……この腐った臭い、やはり都はこうでなくてはな」

董卓が持ち込んだのは、洗練された宮廷の毒でも、何進の無様な焼き肉でもない。すべてを力でねじ伏せ、貪り食う暴力的な食欲であった。

乱世という名の巨大な釜が、いま真っ赤に熱せられようとしていた。

少しだけ新しい三国志を描いてみました。不定期投稿になりますが、第一部 お楽しみください。

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