満たされた条件 ─ 間違っていない。だから厄介だ
─ 選び、並べ、決めていく
すべては順序通りに進む
不備はない
それでも、何かがずれている ─
「よーし、優先順位つけるぞ。水呼びの魔法陣の材料集めと、フェイの魔杖の素材。それから武器の調達」
適当な店に入って席を確保すると、イーヴォは地図を広げた。
「今日必須なのは、魔導具店。品揃えが分からないから正直時間が読めない」
「御者組合に預けてる荷物の回収と今夜の宿決めもある。宿屋はあまり遅れると足元を見られるぞ」
「魔杖と武器は後回しで構いません。今すぐ必要な品じゃありませんから」
「そうだな、武器選びには時間をかけた方がいい。命を預ける道具になる。返品出来ないなら尚更だ」
「それなら、明日以降に回すか」
イーヴォは軽く顎に手を当てる。
「じゃあ、御者組合は最後。それでいいか? 魔法陣は出来れば今夜、遅くても明日の午前中には仕上げたい」
「いいんじゃないか。今日中に目星を付けよう。フェイの実家に迷惑はかけられない」
「すみません、あまり馬車と馬を遊ばせておく訳にもいかなくて」
* * *
「……なんで砂岩しかねぇんだよ?」
「刻みやすくてお勧めですが」
「刻みやすいのはいい。水吸って重くなる石を薦めるな」
のっけから剣呑な雰囲気が漂う。
「陶板は置いてないのか?」
「陶板に魔法陣描くことなんてあります?」
「普通にあるんだが」
「そういう特殊な品は扱ってないですね」
「何処なら手に入る?」
「こちらでは分かりかねます」
「……邪魔したな。出ようぜ」
* * *
店を出て少し歩いたところで、イーヴォが口を開く。
「回転重視かよ。品質は二の次」
「一概に悪い商売とは言えないだろ」
「はぁ? 品揃えが貧相過ぎだ。それに大容量お得品って何だよ、使い切る前に劣化するわ。その上質も悪いとか」
「安いから助かる人もいます。普通に使う分には困らないですし」
「選択の自由はどこ行ったんだよ」
「迷わなくて済むという利点もある。選ぶこと自体が負担になる人もいるんじゃないか?」
「俺はちょっと無理だわ。次行こう、次」
* * *
二番目の店は、店主こだわりの専門店らしく品決め自体は揉めることなく進んだ。
(揉めてはいないんだが)
「耐光性の高い顔料ってどれ?」
「高品質って、等級で言うとどの辺?」
「導通良いやつと耐水のやつって混ぜて使えんの?」
矢継ぎ早に放たれる質問に淀みなく答える店主。
「導媒粉ってあるけど原料は何?」
「中身固まってても返品出来ないんだよな?」
(まだ続くのか)
顔料ひとつ選ぶにもこれだ。
フェイは物珍しそうに店内を物色していたが、俺は正直退屈していた。視線を外し、壁に掲げられた告示に目をやる。
『その契約、もう一度確認を』
『条項は、全部読みましょう』
『希望した条件は抜けていませんか?』
『合意後の変更はできません』
(……面倒な街だな)
「──その環境ならこれだ。水は弾くし、三年は持つ」
「三年じゃ駄目だ」
「そりゃ、描くだけじゃ無理だな。刻まないと」
「陶板に刃を入れたら割れるだろ」
「石灰岩がお勧めだ。柔らかいが粘りがある。厚みがあるから少々重いが」
「じゃあそれでいいや。他に要りそうな物あったら出して」
──段々雲行きが怪しくなってきた。
袋や箱がカウンターの上に次々と並べられていく。
(……品数がおかしくないか?)
────購入品は二十を軽く超えた。
「……本当に全部必要なのか?」
「要る。半恒久の水呼び板にするから」
「……なんか、すみません」
* * *
店の主人は配達を勧めてきたが、嵩張るものでもなかったので三つに分けてもらうことにする。
第一、今夜の宿も決まっていないのに荷物の受け取りようがない。
「思ったより時間食っちまったな。後は宿屋と御者組合か」
早くも杖を持て余し気味のイーヴォが、荷物を置いて首を揉む。
「行くなら御者組合だろ。荷と宿をまとめて片付けられる」
* * *
「──宿の紹介ぐらいはお安い御用だが、どれくらい出せるんだ?」
「金額うんぬんより、夜中に音出してもいい宿とかない?ノミとハンマー使いたいんだけど」
「それならあそこだな。職人にも人気がある。──ただ、安くはないぞ」
* * *
──紹介された宿は、敷地に余裕があった。馬車が数台は並べられそうな広さで厩舎もある。建物もゆったりと構えていて騒がしさとは無縁だ。
「こちらになります」
案内されたのは、建物の裏手だった。
勝手口のような鉄の扉を抜けると、階段が下へと続いていた。空気がひんやりと沈んでいる。
石の階段を下りきると、広い空間があった。
「夜間の作業でしたら、こちらの方が都合よろしいかと」
扉の鍵を渡され、荷物が床に置かれる。
「ごゆっくりどうぞ」
部屋の端にベッドが四台。石の床に絨毯が敷かれ、壁は厚く音を吸う。窓はない。
「……地下倉庫か何かを改装したみたいですね」
「悪くねーじゃん。てか、むしろ最適だろ。音は漏れないし邪魔も入らない」
奥にある扉を開ける。
「そっちは水回り?」
「作業場だな」
「じゃ、材料は全部そこに置くか」
──てっきり離れか何かに案内されるかと思ったらこれか。
確かに間違ってはいないし、騙されたわけでもない。
「やられたな」
「何の話?」
「認識がズレてたってだけだ」
「レナリウムらしいといえば、らしいです」
「まぁ、いいか。条件は満たしてる」
* * *
──階段を上がり扉を開ける。
満ちかけの月が、夜空の中ほどに浮かんでいた。
「ザエッダは月信仰が盛んだと聞きました」
「盛んというか……。まぁ、日常だ。フェイはレグナンの信徒なのか?」
「存在を疑ったことはありませんが、特に信仰はしてません」
「理由を聞いてもいいか?」
「そうですね……」
フェイは視線を落とし、少し間を置いた。
「俺の周りの人たちは割と……、打算的というか、得になる神さまを選ぶ人が多いんです」
「損得で信仰を決めるのか?」
「結構多いですよ。商売人は金運の神、船乗りは海運の神とか。実際に信徒になれば小さな奇跡を授かるそうです」
「祝福というやつか。俺の住んでいた村にも大地神の神父がいた」
──あれは決して小さな奇跡ではなかった。少なくとも俺にとっては。
「今はまだ祝福を必要としてませんし。……それに何だか怖い気もするんです」
「怖い?」
「強く信じ過ぎると、それ以外が見えなくなる気がして……」
「視野を狭めたくないってことか」
「そうかもしれません。……結局、臆病なんです。見えても見えなくても踏み出すのは怖いです」
……分かる気がした。
言葉は、返さなかった。
─ End ─
武器選びは、思っていたより奥が深い。
それは単純な性能の話ではない。
扱いやすさ、重さ、見た目、そして“使ってみたい”という感覚。
中央の武器屋で、フェイはひとつの武器に心を惹かれる。
※次回は、『ザエッダの弓手 14:似合わない武器』の予定です。




