悪役令嬢としてヒロインを虐めていたはずが、なぜか攻略対象の騎士団長からプロポーズされているのですが!?
「ふふん、庶民のあなたにこの素晴らしい王立学園は相応しくなくってよ!」
私が鼻高々にそう言い放つと、目の前に立つ薄桃色の髪の可憐な少女――この乙女ゲームのヒロインであるマリアさんは、パァッと顔を輝かせて私の手を取った。
「セリアリア様! ありがとうございます、わざわざ私なんかのために学園のルールを教えに来てくださるなんて!」
「は? いや、私はべつに……」
「私、平民上がりで貴族の作法がまったくわからなくて、誰にも話しかけてもらえず困っていたんです。それなのにセリアリア様は、すれ違うたびに『その靴の汚れは淑女としてありえませんわ!』とか『お茶の淹れ方がなっておらずよ!』って、細かく指導してくださって……!」
マリアさんは感極まったように、私の手を両手でぎゅっと握りしめている。
……おかしい。
私は彼女を虐めようとしていたはずなのに、なぜか物凄く感謝されて好感度まで上がっている。
「ち、違いますわ! 私はただ、あなたの粗雑な振る舞いが私の視界に入って不快だと言いたかっただけで……!」
「はい! セリアリア様の美意識に相応しいレディになれるよう、マリア、精一杯努力します! これからもご指導よろしくお願いいたします!」
「っ……! 貴女という人は、ほんっとうに図太いですわね!」
私は真っ赤になって逃げるようにその場を立ち去った。
後ろからは「セリアリア様ー! お足元お気をつけてー!」という明るい声が聞こえてくる。
(どうしてこうなった……!?)
私、セリアリア・フォン・アルバーンは、公爵令嬢であり、そして前世の記憶を持つ『乙女ゲームの悪役令嬢』だ。
五歳の時に高熱を出した際、前世でプレイしていた『プリンセス・マリアージュ』というゲームの世界に自分が転生していることに気付いた。しかも、よりによってヒロインをいじめ抜き、最後には全財産没収の上で国外追放される極悪非道なライバル令嬢、セリアリアとして。
普通ならここで「破滅フラグを回避するために良い子になろう!」と考えるのが転生者の定石なのだろうが、私には無理だった。
なぜなら、極悪非道なことを考えるのは得意でも、それを隠して猫をかぶるような器用な真似が一切できない、不器用極まりない直情型の性格だったからだ。
良い子を演じようとすればするほど、緊張で顔が引きつり、言葉遣いが高飛車になり、逆にものすごく悪役っぽくなってしまう。
ならばいっそ、シナリオ通りに完璧な悪役令嬢を演じきり、潔く没落してやるわ! と開き直ったのがつい先日のこと。
……それなのに。
「どうしてヒロインの好感度が私に向かっているのよぉぉぉ!」
誰もいない中庭のベンチで、私は頭を抱えた。
彼女にバケツで水をかけようと用意して廊下で待ち伏せしていれば、私が貧血で倒れそうになったはずみで水を自分からかぶってしまい、逆にマリアさんから必死に看病される始末。
教科書を隠そうと彼女の机をあされば、たまたまその机の中に仕掛けられていた他の意地悪な令嬢からの『虫のおもちゃ』を私が先に見つけてしまい、「マリアさん、このような悪趣味なものを机に入れないでちょうだい!」と怒ったことで、結果的に彼女をいじめから守ってしまったり。
これでは悪役令嬢どころか、ただの不器用で面倒見のいいお姉様ではないか。
「……はあ。せめて、攻略対象のお方に嫌われれば、断罪イベントは予定通り起こるわよね」
そう呟きながら、私は中庭の先にある騎士団の訓練所へと向かった。
本日のターゲットは、このゲームの最強の攻略対象。若くして王属近衛騎士団の団長を務める、レオンハルト・ヴァン・クロイツ様だ。
レオンハルト様は、黒髪に切れ長の黄金の瞳を持つ、誰もが振り返るような美丈夫だ。そして何より、圧倒的な剣の腕を持つ天才騎士。ゲーム内ではヒロインを守る最大の壁として立ちはだかる彼は、本来のシナリオではセリアリアの嫌がらせを毛嫌いし、最終的に彼女を冷徹に断罪する役回りを持っていた。
ならば簡単だ。彼に嫌がらせをしてヘイトを稼いでやろう。
「おや、セリアリア嬢。ごきげんよう」
訓練を終え、汗を拭いながら歩いてきたレオンハルト様が私を見つけて微笑んだ。
私は精一杯の悪役スマイル(のつもり)を浮かべ、扇を口元に当てて彼を睨みつけた。
「ごきげんよう、レオンハルト様。今日も粗野に剣を振り回しておいででしたのね」
「粗野、とは手厳しい。これでも近衛騎士団長として、国の防衛を担うために研鑽を積んでいるつもりだが」
「ふふん、口では立派なことをおっしゃいますけれど。その剣の腕、ただの飾りではありませんこと?」
「飾り?」
「ええ。そういえば、最近怪しい噂を耳にしましてよ。次期騎士団長の座を狙う者が、レオンハルト様の剣の鞘に、抜けないような細工を施したとか……」
そう。これは悪役令嬢としてのトラップだ。
実は昨日、たまたま見かけてしまったのだ。レオンハルト様と対立する派閥の騎士が、彼の愛剣の鞘にこっそりと接着剤のようなものを流し込んでいるのを。
本来なら見て見ぬふりをするのが正解なのだろうが、私は悪役令嬢。
「あなたの剣なんて飾りだわ!」と大勢の前で馬鹿にし、彼が怒って剣を抜こうとして抜けない……という屈辱を味わわせてやるのが目的だ。
「さあ、抜いてごらんなさい! あなたの自慢の剣を!」
私は勝ち誇ったように笑って見せた。
レオンハルト様は一瞬ぽかんとした後、真剣な表情になって自身の腰の剣へ手を掛けた。
ギリッ……。
案の定、剣は鞘から抜けなかった。
「……なるほど。確かに細工がされているようだ」
「ほーっほっほ! ざまあみあさ……えっ?」
「感謝する、セリアリア嬢。あなたが教えてくれなければ、この直後に行われる御前試合で、私は剣が抜けず大失態を演じるところだった」
レオンハルト様は深々と私に頭を下げた。
「な、なんで感謝されるのよ!? 私はあなたを馬鹿にしようと……!」
「ご謙遜を。他人の不正を見過ごさず、こうして私の名誉を守るためにわざわざ悪役を演じて忠告してくださるとは。あなたは本当に……不器用で、心優しきお方だ」
黄金の瞳が、私をひどく熱っぽい視線で見つめている。
(ちーがーうー!!!)
私は全力で叫びたかったが、彼の中で私はすでに「不器用だが正義感の強い令嬢」として完全に好感度カンスト状態になってしまっているようだった。
「この借りは必ず返す。……試合の後、少しお時間をいただけないだろうか」
「結構ですわ! 私はただ、あなたを嘲笑いたかっただけですのよ!」
私は真っ赤になって、またしても逃げるようにその場を走り去った。
背後からは「お待ちください、セリアリア嬢! 転びますよ!」という彼からの過保護な声が響き渡っていた。
(どうして……どうして誰も私を断罪してくれないのよぉぉぉ!)
天国の父母に心のなかで泣きつきながら、私の悪役令嬢ライフは着実にシナリオから脱線していくのだった。
翌日、学園の茶会にて。
私は次なる悪役ムーブを決行すべく、マリアさんの座る椅子の脚にこっそりと細工をしていたのだ。彼女が座った瞬間に「バキッ!」と椅子が壊れ、見事にお尻から転んで大恥をかく手はずである。
「皆様、ごきげんよう」
「あ、マリアさん! こっちこっち!」
無邪気に微笑みながらお茶会の席にやってきたマリアさんが、まさにその椅子に座ろうとした瞬間だった。
「――待ちなさいっ!」
「きゃっ! セ、セリアリア様!?」
私は彼女のドレスの襟首をガシッと掴み、思い切り背後へと引き倒した。
ドンッッ! という激しい音と共に、マリアさんがぶつかった拍子で哀れな椅子は見事に大破。そしてその瓦礫の下から――シューッっと不気味な音を立てて、学園には到底生息していないはずの猛毒を持つ毒蛇が這い出してきたのだ!
「きゃあああああっ! 毒蛇よ!!」
「マ、マリアの席のすぐ下に!!」
お茶会は阿鼻叫喚の嵐。
私はすぐさま自分の靴のヒールでその毒蛇の頭をピンポイントに踏み潰し、事なきを得た。
……って、待って!? 毒蛇!? 私、椅子の脚のネジを緩めておいただけなんだけど!? 誰よこんな物騒なトラップ仕掛けたのは!
「セリアリア様……っ!」
へたり込んでいたマリアさんがハッと顔を上げ、涙ぐんだ瞳で私を見上げてきた。
「もしあなたが私を突き飛ばしてくださらなければ、私はあの毒蛇に噛まれて命を落としていました! 昨日からずっと私のお側にいてくださったのは、刺客の存在に気づき、密かに私を護衛してくださっていたからなのですね……!」
「は!? いや、私はただあなたが椅子から転げ落ちる様を嗤ってやろうと……」
「ご自分の身の危険も顧みず、平民の私なんかのためにヒールで毒蛇を仕留めてくださるなんて……!」
「ちーがーうー!」
「セリアリア様はやはり、慈愛の女神ですっ!」
周囲の令嬢たちからも「なんと勇敢な」「他人のために自らの手を汚す覚悟、素晴らしいわ」「アルバーン公爵家の鑑ね」という絶賛の嵐。
だから私はただの姑息なイジメをしようとしただけなんだってば! なんで私の悪意はすべてスーパーファインプレーに変換されてしまうの!?
私のもくろみは、またしても見事に大玉砕し、私の学園での『聖女・セリアリア』としての名声がさらに盤石なものとなってしまったのだった。
時は流れ、ついにゲームの最大イベントである学園の卒業パーティ、別名『断罪イベント』の夜が訪れた。
大広間に集まった貴族たちの視線を一身に集めながら、私はドレスの裾を握りしめて広間の中央に立っていた。
ついにこの日が来た。いろいろあったが、今日こそ私は、マリアさんとレオンハルト様に悪党として糾弾され、追放の宣告を受けるのだ。身の潔白を証明するための弁明など用意していない。もう、心ゆくまで「おーほっほ!」と高笑いしながら、清々しく国を追放される覚悟はできている。
玉座の前で、第二王子の婚約者として(なぜかヒロインルートではなく)王太子とレオンハルト様がマリアさんを挟むようにして並んでいる場面に、私は足を踏み入れた。
「――皆様、少々お時間をいただきたい!」
レオンハルト様がよく通る声で宣言し、ざわめく広間が一瞬で静まり返った。
私は大きく息を吸い込む。
さあ、来るがいい。
「セリアリア嬢、前へ」
黄金の瞳が、真っ直ぐに私を射抜いた。
私は努めて冷ややかな笑みを浮かべ、わざとらしいほど尊大に一歩前に出た。
「私を呼びつけるとは、何事かしら?」
「あなたのこれまでの数々の行いについて、今日この場で皆に包み隠さず公表させていただく」
おお、シナリオ通り! いよいよである。
マリアさんに対する数々の「嫌がらせ未遂」の全貌が明かされ、私は嘲笑の的となる。ふふふ、ついに私の念願が叶う悪役令嬢としての晴れ舞台だ。
「マリア嬢、前に出て証言を」
「はい!」
マリアさんが嬉しそうに私の前に立った。そして、清らかな声で宣言したのだ。
「皆様! セリアリア様は、私のような平民上がりの未熟者に、毎日マナーを身につけるよう自らお手本を示し、他の貴族たちからの嫌がらせからも身を以て守ってくださいました!」
「……え?」
「私が図書館で本棚から落ちそうになった時は、自ら覆いかぶさって下敷きになり、そのせいでセリアリア様は足を捻挫されました。またある時は、私宛の嫌がらせの手紙を真っ先に回収し、その場でびりびりに破り捨ててくださったのです!」
私は絶句した。
確かに本棚から落ちそうになった彼女に体当りして突き飛ばそうとしたら、自分が下敷きになった。
嫌がらせの手紙を見つけた時も、「これを見せつけて泣かせてやろう!」と思って拾おうとした瞬間、他の令嬢が来たので慌てて隠滅しただけだ。
「セリアリア様は……口では厳しいことをおっしゃいますが、行動は常に私のことを第一に考えてくださる、最高のお姉様です!」
マリアさんの瞳には涙が浮かび、周囲の貴族たちからも「おお……」と感動のどよめきが上がった。
「マ、マリアさん? 私、そんな意図では……」
「さらに!」
私の言葉を遮って、次に声を張ったのはレオンハルト様だった。
「セリアリア嬢は、私に対しても、命を救ってくださった大恩人であると証言しよう」
「ちょ、レオンハルト様まで何を……!?」
「私が御前試合で謀略に嵌められそうになった際、彼女は自ら嫌われ役を買って出て、その企みを事前に打ち砕き、私に警告をしてくださった。本来であれば、私はあの日、剣を抜けずに大恥をかき、近衛騎士団長の座を失っていたかもしれないのだ」
「だから! あれは私があなたを馬鹿にしようとしただけで……!」
私は必死に反論しようとしたが、レオンハルト様の熱のこもった瞳が私を捉え、その真剣な声が広間に朗々と響き渡った。
「それだけではない。彼女は不器用で、自分の優しさを隠そうとするあまり、わざと誤解を招くような態度をとる。だが、その本質は国で最も気高く、慈愛に満ちた真の貴族なのだ」
広間から、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
国王陛下すらも「うむ、立派な心がけだ」と頷いている。
私は茫然自失となり、自分が断罪されるはずのステージで、なぜか聖女のように持ち上げられている現実に混乱を極めた。
「そ、そんな……私の破滅エンドは? 国外追放は?」
呟く私に、レオンハルト様がゆっくりと近づいてきた。
そして、私の目の前で、片膝をついたのだ。騎士が主君に忠誠を誓うように。いや、それ以上に特別な眼差しで。
「セリアリア・フォン・アルバーン公爵令嬢」
「は、はい!?」
彼は私の震える手を取り、そっと甲に口付けを落とした。
顔を上げた彼の瞳には、熱狂的なほどの独占欲と、底知れない愛情が満ちていた。
「これまでの私のすべては、あなたの導きによるものだ。あなたの優しさ、あなたの不器用さ、その強がりの裏にある温もり……すべてを愛している」
「えっ」
「どうか、私と結婚してほしい。あなたの隣で、一生あなたを守らせてはくれないだろうか」
公開プロポーズだ。
乙女ゲームのシナリオ上、ヒロインと彼が結ばれるハッピーエンドでなければ見られないはずの、圧倒的熱量を伴った告白。
それを、悪役令嬢である私が受けている。
「う、嘘でしょ……?」
「嘘なものか。私はあなたに出会ったあの日から、あなたしか見ていない」
「ちょっと待ってください! 私はあなたを虐めて嫌われようと――」
「ああ。そんなに照れ隠しをするあなたが愛しい」
「話聞いてえええええええええ!?」
私の絶叫は、マリアさんを中心とした女生徒たちの黄色い歓声と、貴族たちの祝福の拍手に完全に掻き消された。
そうして、私は国外追放されるはずだった悪役令嬢から一転、国の英雄である最強の騎士団長の妻として迎えられることになった。
マリアさんからは「お義姉様みたいな素敵な奥様がいらっしゃるなんて羨ましいです!」と毎日お茶会に同行され、夫となったレオンハルト様からは「今日もあなたは不器用で最高に愛らしい」と四六時中溺愛される羽目になり。
――私の悪役ライフは、どこをどう間違えたのか、最上級の好感度カンスト・ハッピーエンドという大誤算で幕を閉じるのだった。
お読みくださりありがとうございました。
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