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魔狼の剣 〜裏切りのベルトラン〜  作者: 島津恭介


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第一話 

ベルトラン 魔狼族の戦士。ヴァンドゥール王国の勇者。

挿絵(By みてみん)


グイード 黒鴉族の魔術師。ベルトランの親友。

挿絵(By みてみん)


アルカディア カンディア帝国の皇女。聖騎士。

挿絵(By みてみん)


「なあ、グイード。フライパンの上のそら豆ってこんな気持ちなんじゃねえかな」

「あんたは毛深いんや、ベルトラン」


 灼熱の陽光の下。

 乾いた街道を二人の男が歩いていた。

 大剣を背負った巨軀の戦士は、異常とも言える暑さに始終愚痴をこぼしている。

 逆に、黒尽くめのローブをまとった魔術師は、平気そうな顔をしていた。


「しかし、信じられねーな。いくら小さい蛇(プティ・セルパン)があのババアの息子だからって、こんな現象を引き起こす力はあったか?」

「最古の蛇神をババア言うんはやめてんか……。心臓に悪いでほんま。でも、猪面が白状したんやで。何らかの関係はあるんちゃうか」


 猪人族(サングリエ)の魔王の襲来とともに始まった旱魃は、魔王の死の後も続いていた。

 困惑した女王は、魔王討伐に功があった二人に原因の調査を依頼していたのである。


「猪面を殺しゃこの暑さも収まると思ったのによ」

「やつにそんな力はないやろ。ヴァンドゥール王国だけでなく、カンディア帝国でもこの日照りは起こっているようやで」

小さい蛇(プティ・セルパン)の仕業だとしたら、やつの手も長くなったもんだな」

「せやな。こわいこわい」


 旅立ったときは馬に乗っていたが、この暑さで倒れてしまった。

 熱を蓄えた煉瓦の道を踏みしめながら、二人は東方の人間の帝国カンディアへと向かっていた。


「──なあ、グイード。ありゃ早馬かな」

「先頭は騎士みたいやな……」


 東方から駆けてくる数騎の騎影。

 ただならぬ速度に、二人は警戒をあらわにする。

 騎士は、剣を抜いていたのだ。


「おい、ありゃ追われているぜ」

「後ろの連中は、馬人族(シュヴァル)やで。なんでこんなところに」


 後ろから放たれる矢を、騎士は必死に斬り払っていた。

 見事な技倆だが、矢の本数が多い。

 すでに数本が甲冑に突き立っている。

 このままでは、遠からず射殺されるだろう。


「どうするん?」

「おれたちにゃ関係ねえ。雇われたわけでもないし」


 ベルトランの回答に魔術師は肩をすくめる。

 傭兵というのは、そういうものだ。


 疾駆する馬人族(シュヴァル)の放った矢が、騎士の馬に突き刺さった。

 悲鳴を上げて倒れる軍馬。

 投げ出された騎士は空中で回転し、衝撃を逃がしながら地面を転がっていく。


 そして、その身体が傭兵の目の前で止まった。


「──生きてんのかな」

「普通なら首の骨折ってるんちゃうか」


 剣も吹き飛び、鎧はへこみ、兜もずれてしまっている。

 だが、身動きしたところを見ると生きてはいるようだ。


「おいおい、おれたちは関係ねえぞ」


 六騎の馬人族(シュヴァル)が、ベルトランたちを取り囲んでいた。

 馬人族(シュヴァル)は、上半身が人間で下半身が馬というアルフォルド平原に住む魔族だ。

 彼らは矢をつがえたまま、警戒するように視線を向けてくる。

 傭兵の長大な大剣。

 予想される凶悪な破壊力は、獰猛な馬人族(シュヴァル)をも躊躇わせるには十分だった。


「何者だ、貴様。人間ではなかろう」


 隊長格の馬人族(シュヴァル)が、厳しく誰何の声を発した。

 口角を上げる傭兵。

 その唇から、獣じみた牙が剥き出しになる。

 不意に増した重圧に、馬人族(シュヴァル)たちも声を失った。


 その束の間の静止の間。

 ずれを直すのを潔く諦め、騎士が兜を脱ぎ捨てた。

 さっと広がる黄金の髪。

 翡翠色の瞳が、燃えるように馬人族(シュヴァル)を睨みつけていた。


「──あちゃ、女やん」

「はっ、運が悪かったな、草原の蛮族」


 のそり、とベルトランが一歩前に出た。


「悪漢と美女、どっちを助けるかなんて決まっているよなあ」


 危険を感じた馬人族(シュヴァル)が、一斉に矢を放つ。

 轟!

 抜き放たれた大剣の一振りで、その矢がことごとく斬り払われた。

 慌てる馬人族(シュヴァル)を尻目に、ベルトランが宙を舞う。

 一人が頭蓋から馬体まで両断され、盛大に血飛沫を上げた。


「貴殿は──わたしに助力いただけるのですか?」


 戸惑う女騎士に、大剣を担いだベルトランが破顔した。


「困っている女は見過ごせねえ、それだけのことよ!」

「はあ。それでヴァンドゥールの女王に利用されたっちゅうんに、懲りない狼やねえ」


 グイードの言葉を耳にした女騎士は、何かに気づいたかのように目を丸くする。


「大剣を手にしたヴァンドゥールの傭兵、まさか猪人族(サングリエ)の魔王を討ったという勇者ベルトラン卿?」

「卿なんて大層な柄じゃあねえが、確かにおれがベルトランさ」

「おお、神よ! あなたは帝国を見捨てていなかったのですね!」

「狼やけどな」


 翡翠色の瞳に、希望の色が浮かんだ。

 やれやれとグイードは嘆息する。

 また、厄介事に巻き込まれることになりそうであった。


「何が起きたんや?」

「侵攻です。鬼人族(オーグ)馬人族(シュヴァル)が手を結び、帝国に進軍してきました。わたしはヴァンドゥールに援軍を求めに向かうところでした。でも、途中で馬人族(シュヴァル)の小隊に追われて……」

「ふん、馬人族(シュヴァル)は女性に対する接し方を知らんようだな。来いよ、おれが若造どもを教育してやるよ」


 不敵に笑いながら、ベルトランが手招きする。

 馬人族(シュヴァル)たちが弓を捨て、一斉に剣を抜き放った。

 並外れて巨漢のベルトランであるが、馬人族(シュヴァル)はそれよりさらに大きい。

 だが、大剣を構える傭兵に、怯んだ様子は見えなかった。


「油断するな。やつははぐれ狼(ルー・エラン)──裏切りのベルトランだ」

「人間に味方する魔族の面汚しめ……」

蛇王様(ユラン・クラル)もお怒りであろうよ」


 ベルトランの正体に気づいた馬人族(シュヴァル)たちが、憤激の声を上げる。

 その声を拾ったベルトランは、やはりなと言うように笑った。


小さい蛇(プティ・セルパン)が糸を引いているのは間違いないようだな。ババアが健在なら、やつに好き勝手させないはずだが……。まあ、いい。下っ端相手にゃもったいねえが、ちょっと運動してやるよ!」

 

 再びの跳躍。

 受け止めようと掲げられた剣が砕かれ、また一騎倒れる。

 着地したベルトランに、二騎の馬人族(シュヴァル)が殺到する。

 だが、大剣が旋風の如く回転した後、足を失った馬人族(シュヴァル)は二騎とも地面に衝突し、動けなくなっていた。


「ちいっ、化け物め!」


 剣を構えた隊長が突っ込んでくる。

 速度と重量の乗った撃ち込みを、ベルトランは真っ向から迎え撃った。

 刃と刃の激突。

 轟音の後、吹き飛んできたのは隊長の方であった。


「若造が、鍛え方がなってねえんだよ。ちゃんと飯食ってるか?」


 振り下ろされた大剣が、隊長の首を刎ねる。

 残った一騎は戦意を失い、慌てて遁走に移った。


「逃げられても面倒やっちゅうねん」


 黒衣の魔術師が短杖を向けると、その先端から一直線に閃光が走る。

 稲妻に撃たれた馬人族(シュヴァル)は、黒焦げになって倒れ、動く者はいなくなった。


「ありがとうございます、ベルトラン卿。それとそちらは大賢者グイード様ですね。お初にお目にかかります。わたしはカンディアの皇女アルカディアと申します。危ういところを助けていただき、本当にありがとうございました」


 女騎士が立ち上がり、優雅に一礼した。

 ベルトランとグイードは顔を見合わせ、目を丸くする。

 まさか、皇帝の娘とは思わなかったのだ。


「へえっ、姫さんとはね。こいつは驚きだ。あの身のこなし、ただ者じゃねえとは思ったけどよ」

「聞いたことあるで。聖なる乗り手(ヒエロス・イペアス)アルカディア、帝国のお転婆皇女殿下って。噂はほんまやったんやな」


 無遠慮な感想を漏らす二人に、皇女は気恥ずかしそうに頬を染める。

 だが、弛緩したそのとき、思い出したかのように痛みに顔をしかめた。


「ああ、矢が刺さっとるんやったな。手当てせんとあかんやろ。わいがしようか?」

「いえ、これくらい、自分で対処できます」


 矢を摑んだアルカディアは、豪胆にも自分で抜き取った。

 小さく呻くが、気丈にも声を押し殺す。

 甲冑のお陰で深くは刺さっていなかったとはいえ、乱暴な話である。

 血が噴き出るかと思いきや、淡い光が彼女の身体を包み、自然と傷が塞がっていった。


「なるほど、聖なる乗り手(ヒエロス・イペアス)、ね。たいしたもんだ」

「いえ、お二人に比べれば児戯のようなものです。お恥ずかしい。それより、ヴァンドゥールの英雄たるお二人に、お願いがあるのです。どうか、帝国にお力をお貸し願えませんでしょうか?」

「ああ。魔族の軍が侵攻しているんだったな。どこまで来ているんだ」

「それが……」


 アルカディアが口ごもったのは、おのが帝国の不甲斐なさを恥じる気持ちがあったためか。


「すでに、帝都メガロスが包囲されております。このままでは、時間の問題かと」

「おいおい、さすがにそりゃあ、個人でどうこうできる状況じゃねえだろ。なあ、グイード」

「せやな。ヴァンドゥール王国が援軍を起こしても、もう間に合わへん。この旱魃や。何ヶ月も籠城して耐えきれるもんでもないちゅうねん」


 二人にそう言われると、目に見えてアルカディアは消沈した。

 自分でも、無理を言っているとわかっていたのであろう。

 そのしょんぼりした姿を見て、傭兵はため息を吐いた。


「──まあ、他の連中だったらな。だが、おれさまは別さ。いいぜ、皇女殿下。一緒に行ってやるよ。帝都救出、やってやろうじゃないか」

「結局こうなるんやな。物好きなやっちゃ。──ちょっと待ちいな」


 ベルトランの安請け合いに軽口を叩こうとしたグイードの表情が引き締まる。

 魔術師の制止に、ベルトランも眼光を鋭くした。


 魔術師は、注意深くアルカディアの背後の空間に手を翳す。

 ばちっと何かが弾けるような音がすると、黒い影がそこに浮かび上がってきた。


「ち、小さい蛇(プティ・セルパン)の影か。道理で追手が付いていたわけだぜ」


 舌打ちする傭兵。

 ぼんやりとした影からは、ただならぬ妖気のようなものがあふれ出している。

 中心にある大きなひとつの目は、まっすぐにベルトランを見つめていた。

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