出口ない春とスパイ
僕の名前はシャルル・ホッブズ。フランスの諜報機関から東京に送り込まれた、いわば「情報の受粉」を仕事とする男だ。今は「シュヴァリエ・ペタン」という、いささか古風で仰々しい偽名を名乗り、大使館の文化担当官を演じている。
「いらっしゃいませ」
深夜のコンビニエンスストアの自動ドアが、まるで真空パックを解くような音を立てて開く。僕は迷うことなく、レジ横の温かいショーケースへ向かう。そこには、完璧な静止画のように肉まんが並んでいる。
肉まん。それは、僕が日本で見つけた最も静かな解答の一つだ。
一個150円。その白くて柔らかな皮を割ると、中から立ち上がる湯気は、まるで冬の朝の記憶のように温かい。フランスのブーランジェリーで食べるクロワッサンも悪くないが、この、誰にも媚びない「150円の完結」には、ある種の哲学すら感じる。
「肉まんを二つ」 「はい、少々お待ちください」
店員は、精密機械がプログラミングされたタスクをこなすように、慣れた手つきで肉まんを袋に詰める。その無機質で、かつ徹底的に丁寧な所作が、僕の疲弊した神経を心地よく麻痺させてくれる。
僕はコンビニを出て、目黒川沿いを歩く。夜風には、春が来る直前の、あの湿った土とアスファルトの匂いが混じっている。桜はまだ三分咲きだ。彼らは自分たちの出番を、時計の針を待つようにじっと静止して待っている。
僕は肉まんを頬張る。 この三年間で、僕は一つの決定的な事実に気づいてしまった。 日本という場所は、あまりにも快適すぎるのだ。
翌朝、僕は渋谷のカフェで、セロニアス・モンクのピアノのような不規則なリズムで新聞をめくっていた。
「モーニングセット、お願いします」
運ばれてきたのは、厚切りのトースト、ゆで卵、小さなサラダ、そして黒い深淵のようなコーヒー。これで500円。 パリのサン・ジェルマン・デ・プレで、不機嫌な給仕に投げ出される5ユーロのコーヒーとは、存在の有り様が根本から違う。ここではすべてが、あるべき場所に、あるべき価格で収まっている。
窓の外では、スクランブル交差点を人々が渡っていく。 数千人の人間が、誰一人として他人の肩にぶつかることなく、見えない磁力に導かれるように移動している。彼らは急いでいるように見えるが、どこか深い諦念を抱えているようにも見える。
だが、それがいい。その「規律ある孤独」が、僕にはたまらなく心地よかった。
午後は、新宿の書店へ足を運ぶ。 本棚の迷宮を彷徨い、村下春水の古い文庫本を手に取る。 『ノーウェジアン・ウッド』。 そこに描かれる喪失と再生の物語は、今の僕の二重生活によく似ていた。現実と非現実の境界線が、朝の霧のように曖昧になっていく感覚。
喫茶店に入り、アイスコーヒーの氷が溶ける音を聴きながら、僕はページの海に沈み込む。 一時間後、本を閉じ、窓の外を眺める。 雑踏の中を歩く人々は、誰も僕を見ない。誰も僕がフランスのスパイであることも、本名がシャルルであることも知らない。 僕は、ただの風景の一部だ。 それは、何ものにも代えがたい。
「自由」だった。
夕暮れ時、僕は目黒のスーパーで買い出しをする。 キャベツ、人参、豚のバラ肉。そして、熟成された味噌。 一年前、近所の「田中さん」という名前のおばあさんに、豚汁の作り方を教わった。彼女は、ごぼうのささがきの仕方を、まるでおまじないを教えるように丁寧に伝授してくれた。
僕は今、自分のアパートで豚汁を煮込んでいる。 築40年の木造アパート。畳の匂いは、古い記憶を呼び起こす装置のようだ。 僕は靴を脱ぎ、緑茶を淹れる。急須の中で茶葉がゆっくりと開いていく時間は、パリで任務の合間に吸ったタバコよりも、ずっと僕をリラックスさせた。
夜になれば、煙突が夜空を指差す銭湯へ行く。 「あら、ペタンさん。今日も来たの?」 番台のおばあさんの声は、少しだけ錆びているが、温かい。
42度の湯船に浸かり、目を閉じる。 思考が溶け出し、排水溝へと消えていく。 「極楽だ」 隣の老人が呟く。僕は短く「ええ」と答える。それ以上の言葉は必要ない。ここでは、裸の人間がただ熱い湯を共有しているだけだ。
銭湯の帰り道、僕は60円の「マシュマロ君」を買う。 ソーダ味の青い氷を齧りながら、僕は天井の低い自分の部屋へ戻る。
パソコンを開くと、本国から「帰還時期について」というメールが届いていた。暗号化された無機質な文字列が、僕を別の世界へ引き戻そうとする。 僕はそれを読み、無造作に閉じる。 返信をする気にはなれない。
なぜなら、ここには完璧な肉まんがあり、秩序ある孤独があり、そして来週には満開になる桜があるからだ。 フランスに帰る理由? そんなものは、この春の夜風に吹かれて、どこかへ飛んでいってしまった。
僕は、もう少しだけここにいようと思う。 スパイとしてではなく、ただの一人の「シュヴァリエ・ペタン」として。 目黒川の桜が散り、緑の葉が顔を出す頃まで。あるいは、もっと長く。
僕は電気を消し、畳の匂いに包まれながら眠りにつく。 明日の朝には、またあのコンビニで、温かい肉まんが僕を待っているはずだ。
それだけで、人生は十分にやっていく価値がある。




