沈黙の夜奏 ― 君の声を待つ時間 ―
夜の「風見鶏」は、静かで温かい熱を帯びていた。
ステージテストの成功を祝う、ささやかな打ち上げ。
グラスに注がれるジンジャーエールの泡が、柔らかく弾ける。
「いやー、まさか本当に光で音が“見える”とはね。雷、やるじゃん」
シャケがサンドイッチを頬張りながら感嘆する。
静耶も隣で小さく笑った。
「真理さん、すごく綺麗だった。光と一緒に歌ってるみたいで」
「……ありがとう」
真理は微笑むが、その笑顔の奥には、わずかに影が差していた。
皆、気づいていた。
――今日のステージは、まだ“仮”だったことを。
雷が沈黙を破るように口を開く。
「システムの完成度は上々。でも、まだ安定してない。
本番ステージで使うには、もう少し時間が必要だ」
登夢は静かにうなずいた。
燃はグラスを見つめたまま、しばらく黙っていた。
やがて深く息を吸い込み、低く響く声で言う。
「……なあ、みんな。俺、ひとつ提案がある」
空気が少しだけ重くなった。
燃は真理を見つめる。迷いのない瞳で。
「真理。おまえがいなくても――たぶん、バンドは回る。
CDも出るし、学校も力を入れてくれるだろう。
……うまくやっていけるかもしれない」
そこまで言い、燃はわずかに笑った。
しかしその笑顔は、どこか寂しかった。
「でもな。おまえのいないバンドなんて、ちっとも楽しくない。
俺たちのボーカルは、一人しかいない。
――だからさ。真理、おまえの耳が戻るまで、活動を休みにしようと思う」
その言葉に、雷は眉を上げ、静耶は息をのんだ。
真理はしばらく何も言えなかった。
「……そんな、私のせいで――」
「違う」
燃が静かに遮った。
声は柔らかくも、確かな芯を持って響く。
「おまえの“せい”じゃない。
俺たちが“やりたい”んだ。
おまえがいるステージを。
光が、音になるその場所を、ちゃんとおまえと一緒に見たいんだよ」
真理は唇を噛む。
胸の奥が熱くなる。
声にならない想いを、ただ涙がにじませた。
登夢が小さくうなずく。
「俺も賛成だ。焦る必要はない。音楽は逃げない」
雷も続くように言った。
「機材の調整は俺が続ける。完成するまで、絶対にやめない」
静耶が笑顔でグラスを掲げる。
「じゃあ、約束だね。真理が戻ってくるまで、待ってる」
柔らかな灯りに照らされ、皆の笑顔が静かに揺れる。
窓の外、夜風がカランと風鈴を鳴らした。
真理はゆっくりと顔を上げ、涙を拭い、まっすぐ燃を見つめる。
「……ありがとう。絶対、戻る。
もう一度――みんなと、歌いたい」
その言葉に、全員が笑顔で応えた。
グラスが軽く触れ合う音が、夜に静かに響く。
その音は、まるで小さな誓いの鐘のように澄んでいた。




