209:真智ちゃん
九月二十六日 木曜日
「真智ちゃんを交渉相手に指名して来たって事?」
「はい」
高校での授業が終わり、鳳翔内皇宮に帰った艦治とまなみ。
二人を待っていた治奈と奈都姫と一緒におやつを食べた後、現在は執務室へ移動している。
「真智ちゃんってナギどころか翔太様も治様も言う事聞かせられないんでしょ? 大丈夫?」
「基本的には問題ございません。初代様のご子孫にあたります艦治様に対し、不利益な行動を取られるとは思えません。
つい先日まで、鳳翔の外に出て来られる事もありませんでしたから」
「でもなぁ……」
ナギの言う通り、神州丸がこの地球に根を下ろして以降、真智が独断で地球文明に介入する事はなかった。
しかし、治奈が目を覚まして以降、たびたびマチルダの幼少期を再現したヒューマノイドを操作し、治奈の周辺に出没するようになった。
「そもそも向こうの要望を聞き入れてやる必要がある?」
「私としてはまなみ様の仰る通り、聞き入れず交渉を打ち切っても問題ございません。
しかし、あの地域を放置するとなると、数億人相当の栄養失調者や不衛生かつ非文化的な環境での生活を強いられている者達がおりますので」
艦治が、その状況に心痛めている。その事が、ナギは許せない。
「交渉を打ち切って見捨てるか。ナギでの交渉を強行するか。それとも、向こうの要求通り真智ちゃんにお願いするか。
どうすべきなんだろ」
「宗教関係者全員殺しちゃう?」
「ヒトラーをも凌ぐ独裁者として歴史に名を残すね。
僕自身耐えられそうにないし、子孫も可哀そうだからそれは絶対になしで」
艦治はキリキリと痛む胃を撫でる。一方、まなみは腹部に手を当てて目を細めている。
ちなみにまだ子作りは解禁されていない。
「本人の意見も聞きたいな。真智ちゃんは今どこにいる?」
「現在皇宮内のキッチンにて、治奈様と奈都姫様をお相手にお料理教室を開かれております」
それならば、と艦治とまなみはワープゲートをくぐり、三人がいるキッチンへと移動した。
「「「にゃー!!!」」」
まるで狙いすましたかのように、ワープゲートから出てきた艦治とまなみに対して猫の手ポーズを披露する春奈・奈都姫・真智。
「ビックリした! エプロンにバンダナまでして、本格的だね」
三人は家紋のようなデザインが入ったお揃いの恰好をしており、真智の肩には支援妖精らしき黒猫が乗っている。
「今からポテトサラダの作り方を教えてもらうの! 出来たらお兄ちゃんとお姉ちゃんにもあげるね!!」
治奈が楽しそうにしている以上、兄としては邪魔するつもりはない。
「せやからもうちょい待っといてんか」
真智は当然のように、艦治とまなみがここに来た理由を理解している。
「分かった。ここでも見てても良い?」
「かまへんで。でも手伝うんはナシな」
艦治は真智から敬語は使わなくても良いと言われているので、本当の十歳の子供相手のような感覚で向き合っている。
真智も真智で、艦治を主として仰ぐ様子を見せない。
「ほな猫の手でキュウリを切っていくで! 包丁で切れてもすぐに治したるけど、痛いのは痛いから気ぃ付けなアカンで!!」
「「はぁーーい!!」」
◇
ポテトサラダの試食を終えて、艦治とまなみは真智を連れ、執務室へと戻った。
皆でソファーに座り、艦治とまなみの前にのみ、アイスコーヒーが用意される。
「真智ちゃんは食べられるんだね、ビックリした」
まなみは真智が治奈と奈都姫の作ったポテトサラダの試食をしていたのを見て、驚いている。
「あの二人はまだうちがヒューマノイドやて気付いてへんしな。それに、うちの舌には味覚センサーが搭載されてるし、試食自体は出来んねん。
ここらへんにワープゲート出して取り出してんのよ」
真智が自らの喉仏を指さす。ちなみに、取り出された咀嚼物はスタッフが美味しく頂いている。もとい、家畜の餌にするなどして適切に処理されている。
「ほんで、何の用事やったかいな」
真智はソファーにふんぞり返り、艦治に話を促す。もちろん内容は把握しているが、こういうのは形式が大事なのだ。
真智の電脳人格は、頼まれずとも勝手に手配するような設計になっていない。
艦治は自ら真智に頼みたい内容を説明し、お伺いを立てた。
「……と言う事で、先方が真智ちゃんを指名してるんだ。だからお願いする事が可能かどうか、先に真智ちゃんに確認させてもらおうと思って」
「なるほどなぁ。うちやったら話が通じる、何やったらやり込めるとでも思てんのかねぇ。
根本的にこっちの事を舐めとんなぁ」
ナギであろうが真智であろうが、相手が高度人工知能である事に変わりはない。
艦治が大日本皇国皇王である以上、二人が艦治に対して不利益が生じる交渉に応じる事はあり得ない。
「ほんで、うちが会うとしていつになるん?」
真智がナギに視線を送る。
「明日の朝、現地時間で九時開始予定です。会談の日程自体は決まっておりましたので」
会談の打診を行ったのは先方で、後は皇国側が誰を交渉相手として寄越すかだけの問題だ。
「宗教感がちゃうと倫理観も習慣も常識すらもちゃうからなぁ。分かり合うんはムズいでぇ」
まるで見て来たかのように語る真智に、艦治が尋ねる。
「それは前の世界の経験?」
「ちゃうちゃう、前の前。この世界でもビルに飛行機突っ込んだやろ?」
真智はついこの間のような口ぶりで話すが、この世界においてその出来事は約五十年前。艦治もまなみどころか二人の両親すら生まれる前の話なので、社会科の授業で聞いた程度の感覚だ。
「えっと、前の前って事はもしかして、初代様だけじゃなく真智ちゃんも?」
「せやで。うちだけやなく他にも何人かおってん。
ま、それはそれとして、うちが会うたるわ。任せときぃ。
まぁ交渉にはならんやろうけどな」
真智が浮かべる悪い笑顔を見て、艦治は人選をミスったかも知れないと感じていた。
≪ナミ、もしかして真智ちゃんって……≫
≪はい、特別仕様です≫
≪絶対にかんちとお風呂入らせちゃダメだからね!!≫
≪善処します≫




