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6.「スパイ幼女」

「カレレ、八歳です。どうか、暫くここに泊まらせて頂けないでしょうか? 私、仕事なら何でもしますので」


 丁寧にお辞儀するカレレ。


 こんな山の頂上にある家に?

 幼い女の子が、一人で?


「別に僕は良いんだけど――」

「ロリコンじゃったか、ミチトよ!? だから妾に手を出してこないんじゃな! では、駄目じゃ、カレレとやら! 其方は妾の敵――んぐっ!」

「うん、少し黙っててね。あと、僕はロリコンじゃないから」


 背伸びをして、ドラファの口を手で塞ぐ。


「カレレ。どうしてここに来たのか、教えてもらっても良いかな?」

「はい、勿論です」


 妙に大人びた口調で、無表情な幼女は説明した。


※―※―※


 カレレの両親は、どちらも元奴隷らしい。

 そのため、カレレは、奴隷の子ども、ということで、周りから酷い扱いを受けてきたとのこと。


 両親がいた頃はまだ良かったのだが、二人とも病死してしまってからは、誰も守ってくれる者がいなくなり、カレレに対する当たりは日に日に強くなっていった。


 暴力を振るわれたことも何度もあり、命の危険を感じた彼女は、街中では生きていけないと思った。


 かと言って、山や森、或いは荒野で暮らそうにも、山賊や盗賊、またはモンスターたちがいて、それもまた命懸けだ。


 そこで、ふと、先日脳内に語り掛けてきた声を思い出したという。


「妾の声じゃな」

「はい」


 僕が手を離したので話せるようになったドラファが横から口を挟み、カレレが頷く。


「ミチト様は人間なのに、レジェンドドラゴンであるドラファ様と一緒に暮らしている。もしかしたら、そこなら、私のような人間社会で除け者にされた者でも、受け入れて頂けるのではないかと考えたのです」


 なるほど。

 一応、筋は通っている。


「僕は構わないけど、みんなはどうかな?」

「まぁ、ミチトがこやつに手を出さないと誓うならば、妾も構わんのじゃ」

「いや、犯罪だから。しないから。で、マオミィたちは?」

「わ、我も別に構わないぞ」

「ハッ! 別にあと一人二人増えても、これだけ大きな家だ、問題ないさ!」


 ダエフィが何故か家では無く自慢の力こぶを見せびらかしながらそう言うと、オガリィがカレレに近付き笑みを浮かべた。


「わぁ! 指輪、可愛いの! ちょっと見せて欲しいの!」

「え!? ……どうぞ」


 女の子って、アクセサリーに敏感だよね。

 男はそういうの疎いし、あんまり気にしないからなぁ。

 

 カレレがしていた指輪を見詰めるオガリィ。


「はい、ありがとうなの!」

「いえ」


 三秒ほどして返却された指輪をまた指に嵌めながら、カレレはどこかホッとしているようだった。


「今日から宜しくね、カレレ!」

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 こうして、彼女は我が家の一員となった。


※―※―※


 翌日。

 僕が担当していた洗濯と家の掃除を、カレレは手伝ってくれた。


 彼女は、とても働き者だった。

 真面目で、しっかりとしている。


 ただ、一つだけ気になることがあった。


「今日夕食に食べたいものですか? スパゲッティ――じゃなくて、パスタが良いです」


 食べたいものを聞いた時も。


「すごく美味しくて、スパらしい――じゃなくて、素晴らしいです」


 食べた感想を聞いた時も。


「はい、スッパリ――じゃなくて、すっかり綺麗になりました」


 洗濯物のことを聞いた時も。


 そこから導き出される答えは。


「……スパイっぽいよね?」

「スパイじゃな」

「ス、スパイだろうな」

「ハッ! それしかないだろうね!」

「間違いないの!」

 

 僕らの意見は一致した。


 そのため、来客用の部屋ではなく、オガリィと相部屋にしてもらったのだが。


『……はい。今の所、問題ありません。レジェンドドラゴンさまに、女魔王、ダークエルフの少女、オーガの少女、そして人間の少年の五人で暮らしています。彼女たちの絆は深く、もし誰か一人でも人質に取れれば、他の者は言うことを聞くのではないかと思います。戦闘を見る機会は今の所なかったので、戦闘能力は分かりません』


 相部屋にオガリィが仕掛けた魔導具〝盗聴君〟によって、現在相部屋に一人でいるカレレが誰かと魔導具で通信しているのが、リビングの僕らにも聞こえる。


「あの指輪が、通信魔導具だったの!」


 最初に指輪を見せてもらった、あのたった三秒で見抜いたオガリィは、やっぱり天才だ!


「しかも、あの指輪、ただの通信魔導具じゃなくて――」


 その後オガリィが話した内容に、僕らは顔を顰める。


「段々、見えてきたね」

「ああ。スパイ活動を〝強制されておる〟ようじゃのう」


※―※―※


「え!? わ、私がスパイ……ですか? ち、違いますよ」


 目が泳ぎまくるカレレ。


「これを聞いても、まだ否定出来るかな?」


 オガリィが魔導具で盗聴して録音した内容を聞かせる。


『……はい。今の所、問題ありません。レジェンドドラゴンさまに、女魔王、ダークエルフの少女、オーガの少女、そして人間の少年の五人で暮らしています』

「あっ」


 カレレは項垂れた。

 どうやら、もう隠し切れないと分かったらしい。


「で、でも……私は何も言えません……」

「人質を取られているから、かな? もしかして、ご両親は本当は生きている、とか?」

「!」


 初めて、カレレの顔に大きな感情の揺らぎが見えた。


「僕たちが絶対に助け出してみせるから、何があったかを、今度こそ正直に話してくれないかな?」

「で、でも……」

「こっちにはレジェンドドラゴンがいるんだよ? 負けることなんてあると思う?」

「………………」


 もしかしたら、ここにいるみんなは人型だから、人ならざる者とか、強い力を持つ存在、という認識が薄いのかもしれない。


「じゃあ、ちょっとお出掛けしよっか?」

「え?」


※―※―※


「あわわわわわわ!」

「どう?」

「す、すごいです!」


 ドラファに〝レジェンドドラゴン〟としての、本来の姿になってもらい、その背に乗った僕とカレレは、夜空を飛行していた。


 僕らの国がある大陸を超えて、大海原へと出る。


「こんな力を持つ彼女が――レジェンドドラゴンが、負けると思う?」

「思いません!」

「だよね?」


 興奮しているのか、頬に赤みが差していて、何だか微笑ましい。


「人質って、多分家族のことだよね?」

「……両親です。本当は生きています。奴隷でもありません。嘘をついてごめんなさい」

「ううん、しょうがないよ」


 僕は黙って、彼女の話の続きを待つ。


「……両親と一緒に王都の中央通りを歩いていた時に、馬車の中に乗っていた王様と、ふと窓越しに目が合ったんです。たったそれだけなのに、『睨み付けた』って、言われて……『幼女の内臓を弄ぶのが趣味の貴族に、お前を売り払ってやる』と告げられたんです。それは死刑宣告と同じでした。両親も私も、それだけはどうか御許し下さいってお願いしたんです。そしたら、『お前がスパイをやれば、許してやる。その間、両親は人質だ』って言われて」

「……酷いね……」


 国王のにやついた顔が思い浮かぶ。

 こんな幼い子に……! 絶対に許せない!


「レジェンドドラゴンの力は、もう信じて貰えたんだよね?」

「はい!」

「じゃあさ、〝助けて〟って言って。そしたら、僕らは、全力で助けるから」


 カレレは、今背に乗らせてもらっているドラファを見て、そして僕を見て、叫んだ。


「助けて下さい!」

「ハッ! 任せときな!」

「わ、分かった」

「そんな王様、けちょんけちょんにしちゃうの!」


 密かにドラファの尻尾にしがみついて来ていたらしい、ダエフィ、マオミィ、そしてオガリィが後方から叫び返す。


 風圧で飛ばされそうになりつつも、何とか三人がドラファの背中へとよじ登ってくる。


「ということだけど、良いよね、ドラファ?」

「問題ないのじゃ。一瞬で蹴散らしてくれるわ!」

「うん。僕も全力で助けるからさ、カレレ。大丈夫。もう大丈夫だから、ね?」


 何度も〝大丈夫だから〟と語り掛けると、今までずっと一人で抱え込んでいたであろう彼女は。


「……ありがとう……ございます……!」


 涙を流しながら頭を下げた。


※―※―※


 数日後。


「カレレよ。その指輪を五秒間押し続けて、ミチトを殺せ。そうすれば両親を解放してやる。ぐふふっ」


 山の麓に広がる荒野に、一万の軍隊と共にやってきたジェラディド国王は、下卑た笑みを浮かべながら、相対するカレレにそう告げた。

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