3.「一方、勇者たちは」
時は少し遡って。
「ガアアアアアアアアアアアアアア!」
「「「!?」」」
巨大な活火山であるレジェンドボルケーノからの下山途中に、勇者ギンダ、戦士ゴウジ、そして弓使いシュウダは、突然背後から聞こえた咆哮に振り向き、空を見上げた。
「おいおいおい、何だあれ!?」
「ガハハハハッ! 洒落にならんな」
「クックック……赤く巨大なドラゴン。火口から飛び立って来たということは、あれは……」
シュウダが最後の言葉を濁すと、ギンダはごくりと唾を飲み込んで、仲間たちに告げた。
「見なかった事にしよう」
麓の木にロープで結び付けて置いておいた馬車で、勇者たちは、そそくさと逃げ帰った。
※―※―※
「どういうことだ!? 勇者ギンダ、ゴウジ、シュウダよ! ミチトはまだ生きているではないか! この役立たずが!」
くっ!
何で俺様がこんな目に!?
片膝をつきながら、ギンダは国王の叱責に耐えていた。
「しかも、超古代炎竜さまが御復活されて、ミチトがその所有者となったと言うではないか! お前たちがきちんとミチトを殺しておけば、今頃超古代炎竜さまは、我が国のものとなっていたのに! お前たちのせいだ! この出来損ないの勇者パーティーめ!」
黙ってりゃ好き勝手言いやがって、このクソ豚が!
いっそここでぶっ殺してしまおうか、と一瞬脳裏を過ぎるが、壁際に控える、ズラーッと並んだ近衛兵たちが持つ槍がキラリと鈍く光るのが目に入り、腰の剣の柄に伸び掛けた手が止まる。
「……ま、誠に申し訳ございません……」
憤怒で震えながらも、ギンダは何とか言葉を絞り出した。
「まぁ良い。ミチトが超古代炎竜さまを奪ったと言うなら、奪い返せば良いだけのこと。ミチトを暗殺するのだ。そうすれば、自ずと、超古代炎竜さまは我が国のものとなる。そう、伝説のドラゴンが、俺のものに……! しかも、偵察部隊が言うには、絶世の美女の姿になっていると言うではないか! それが、俺のものになるのだ! 毎晩、嫌と言うほど抱いて、鳴かせてやる! ぐふふっ。……コホン。今度こそ失敗は許されないと思え! では行け、勇者ギンダ、ゴウジ、シュウダよ!」
「「「はっ!」」」
※―※―※
「何が『今度こそ失敗は許されないと思え!』だ! あのクソ豚エロジジイが!」
現在ギンダたちは、王都にほど近いB級ダンジョンに潜っている。
『では行け』と言われて直ぐに行くのは癪だったことと、これ以上無いほどに溜まったストレスを、ザコモンスターを討伐することで発散する為だった。
「B級はもう楽勝だからな、てめぇらザコモンスターを殺しまくって、ストレス発散させてもらうぜ!」
だが。
「ぐはっ! 何で攻撃が全然当たらねぇんだよ!?」
「がはっ! あと、向こうの攻撃ばかり当たるぞ!」
「ぐぁっ! しかも、こちらの攻撃は当たっても軽傷なのに、向こうの攻撃は重傷になるだなんて!」
今までは軽く蹴散らせたはずのオーク、ミノタウロス、ハーピーが、今日はやけに強く感じる。
オークとミノタウロスの棍棒の攻撃を受ける度に、壁まで吹っ飛ばされて吐血し、ハーピーが襲い掛かってくる度に、その鋭い鉤爪によって手、脚、或いは腕を貫かれて、激痛と酷い出血に顔を歪める。
「……もしかして、ミチトが言っていたのは、本当だったのではないですか? 【レジェンドドラゴン加護】という固有スキルがあって、ワタシたち全員、〝戦闘中の幸運値〟アップにより、その恩恵を受けていたという……」
シュウダの指摘を、ギンダは頑なに否定した。
「んな訳ねぇだろうが! あのガキはただの無能だ! それに、幸運値アップは俺様の隠しスキルだって言っただろうが! ……って、何だこれ!?」
ギンダの視界に文字が流れる。
「隠しスキルの幸運値アップ(パーティー全体)の追加情報として、0.1パーセントアップだあああ!? 何だよ0.1って!? ふざけんなよ! んなもん誤差じゃねぇか!」
「ガハハハハッ! 俺も出た。クリティカル率アップ(パーティー全体)が、0.1パーセントアップだと。笑えんな!」
「ワタシもです。回避率アップ(パーティー全体)が、0.1パーセントアップであると」
「やはり、ミチトは正しかったのではないでしょうか?」と呟くシュウダに、ギンダは声を荒らげる。
「んな訳ねぇって言ってんだろうが! あのガキはゴミだ! それ以上でもそれ以下でもねぶぼべっ!」
が、オークの一撃で吹っ飛び、最後まで言えなかった。
※―※―※
「はぁ、はぁ、はぁ……なんで俺様がこんな目に遭わねぇといけないんだよ!」
命辛々ダンジョンから舞い戻ったギンダたちは、再び馬車でレジェンドボルケーノへと向かい、現在、登山の最中だ。
なお、ダンジョンで負った深手は、ハイポーションを飲むことで回復している。
かなり値が張るものだが、背に腹は代えられない。
前回の暗殺失敗で金貨十枚の報酬は貰えなかったが、今回の謝礼は十倍、なんと金貨百枚だからな!
「現代日本で言うと、一千万円ってとこか! 高級娼婦抱き放題じゃねぇか!」
「ガハハハハッ! 酒も飲み放題だぞ!」
「クックック……女に酒……まぁ、悪くないですね……」
崖のように切り立っている頂上へと登ると。
「はぁ!? ここ……活火山だったよな……!?」
山頂に地面が出来ており、全体が緑化されていた。
左手の奥には大きな家が見える。右手の奥には森があり、その手前には花畑がある。
「これが、レジェンドドラゴンの力か、ヤベーな……っていうか、あのガキはいねぇのかよ。どこにいやがる? 家の中か? だとしたら、レジェンドドラゴンと一緒ってことだよな。流石にボスとやり合うのは勘弁だが……」
ミチトの姿が見えず、げんなりとしていたが。
ふと、花畑にいる人物の姿が目に入る。
「おい、見ろよアレ」
「ガハハハハッ! オーガだが、小さいな!」
「クックック。あれなら、楽勝ですね」
国王からは、『暗殺対象はミチトだが、他のモンスターは全て殺して構わん。無論、超古代炎竜さまは一ミリたりとも傷つけるな』と言われている。
今日戦ったB級ダンジョンの中級モンスターたちと違って、オーガはA級だ。
巨躯で、なお且つ筋骨隆々という、圧倒的な身体能力から繰り出される猛攻は、凌ぐことすら困難を極める。
しかし、あの雌のオーガは、まだ幼い。
殺すのは容易いだろう。
しかも、子どもだろうが何だろうが、オーガはオーガだ。
かなりの経験値を期待出来る。
「あと、ストレス発散も出来るしな! たっぷり拷問しながら殺してやる!」
ギンダたちは口角を上げて、ゆっくりと近付いていった。
「ミチトの腕時計、すごいの! こんなに小さい時計だなんて、ビックリなの! しかも、とっても綺麗なの!」
花畑の中にペタンと座って、手首に巻いた時計を、うっとりと見詰めるオーガの少女。
どうやら、ミチトから借りたものらしい。
「こ~んに~ちは~、化け物のお嬢さん?」
「ヒッ! だ、誰なの!?」
「俺様たちは、あのガ――ミチトの知り合いなんだ」
「え? ミチトの友達なの?」
一瞬、少女の顔が明るくなるが。
「そうそう。だからさ。あのクソガキのせいで溜まったストレス発散のために、お嬢さんの爪を一枚ずつ剥がさせてよ」
「え!?」
「ガハハハハッ! 指も一本ずつ斬ってやろう!」
「クックック……その後は腕ですね」
聖剣・戦斧・弓矢を構えて、冷酷な笑みを浮かべるギンダたちに、青褪めた少女は。
「きゃあああああああああああああ!」
「「「!」」」
悲鳴を上げた。
「何でかい声出してんだてめぇ! ボスが来たらどうすんだコラ!」
「ヤバいですよ、リーダー! きっと聞こえていますよ!」
「ああ。コイツぶっ殺して、今回は一旦ずらかるぞ!」
聖剣を少女に向けたギンダが、周囲を見回して、まだ他の者の姿が見えないことを確認すると、「そうだ。良いことを思い付いた」と、下卑た笑みを浮かべる。
「てめぇの首を斬ってやるよ。この状況から察するに、あのガキ、てめぇみたいなモンスターどもと仲良くしてるんだろ? 仲良しのてめぇの生首見たら、あのガキ泣き叫ぶだろうな」
「ガハハハハッ! 想像するだけで笑えて来るな!」
「クックック……化け物の死を悲しむとか、滑稽ですね」
「い、いやなの!」と、座ったまま後退りする少女に対して、ギンダが一度聖剣を鞘に収める。
「俺たちが来たことは、きっともう他の奴らにバレてるだろうしな。どうせなら、断末魔の叫びも派手なのを頼むぜ、化け物」
「いやあああああああ!」
ギンダが勢い良く抜剣して、一閃すると。
ザシュッ
斬られて、宙を舞った。
「ぎゃあああああああ!」
ギンダの右腕が。
「ミチト!」
少女が、明るい声を上げる。
「僕の〝家族〟に何してるんだ?」
切断面を押さえ、激痛に顔を歪めながら振り向くギンダ。
「てめぇ……本当にあのクソガキか?」
背後に現れた少年の両腕は、〝鱗〟に覆われている。
武器は見当たらず、どうやら、その大きな鋭い鉤爪で、聖剣を持った右腕を斬り飛ばしたらしい。
身体の変化も驚いたが、つい先日までオドオドしていたはずの少年の目は、今自分たちを目の前にして、怒りに燃えていた。
「無能のゴミが、調子に乗り過ぎです」
シュウダが素早く矢を射る。
よし、殺った!
狙い違わず、矢はミチトの目に当たって。
キン
「「「………………へ?」」」
何か硬い金属にでもぶつかったかのような音を上げて、地面に落ちる矢。
「あ、あれ? も、もう一回!」
キン
「こ、今度こそ!」
キン
「な、何でですか!? 刺され! 刺されえええ!」
キン
何度当たっても、矢はミチトの目に弾き返される。
ザシュッ
「ぎゃあああああああ!」
その背中に一対の翼を出現させたミチトが一瞬で距離を詰め、両腕を振り下ろすと、シュウダの両腕が切断され、宙を舞う。
「ガハハハハッ! 死ねえええええ!」
攻撃終わりの一瞬の隙を突いて、ゴウジが横から戦斧で薙ぎ払うが。
バキッ
「マズい。こんなものを食べさせるな。せっかく今朝ドラファの美味しい料理を食べて気分良かったのに」
「なっ!?」
鋭い牙を生やしたミチトは、戦斧の刃を噛んで受け止めると、そのまま噛み砕いて。
ザシュッ
「ぎゃあああああああ!」
ゴウジの両腕も斬り落とす。
「ふざけんなクソガキいいいいいいいいい!」
ギンダが、先程右腕と共に吹っ飛ばされた聖剣を左手で拾って、ミチトの身体を貫かんとするが。
「分かってる。僕の家族を手に掛けようとしたんだから。腕一本くらいじゃ足りないよね」
「はぁあああ!?」
人差し指一本で聖剣の切先を止められたギンダは。
ザシュッ
「ぎゃあああああああ!」
左腕も斬り飛ばされて。
「て、てめぇ! 分かってんのか!? 俺様は勇者だぞ! 俺様にこんなことするってことは――」
「そんなの知ったことか。誰だろうが、僕の家族には指一本触れさせない。もう良いから、〝消えて〟」
ドカッドカッドカッ
「「「ぎゃあああああああ!」」」
ミチトが、太くて長い尻尾を生やして勢い良く一回転しつつぶち当てると、ギンダたち三人は、山の下の方へと吹っ飛んでいった。
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