意地惡つ子
〈そちらでドンあちらでドンの花火かな 涙次〉
【ⅰ】
肝戸の娘、力子はタイムボム荒磯が預かつた(前回參照)。荒磯は子供好きで、カミさんがゐなくても、子供は慾しいと、常々云つてゐた。さて、幼稚園(力子は5歳)だ。荒磯は「愛車」のバイク、スズキ バンバン200/Zにタンデムはまだ早いと見て、わざわざチャイルドシート付の自轉車を買つた。それぐらゐ力子を、可愛いと思つてゐたのだ。
「パパだうしたの?」この質問は、いつか受けなければならない、さう荒磯は思つてゐたが、結局「お星さまになつたんだ」としか、答へられない。陳腐な誤魔化し方だな、と自分でも思つた。
力子は、「ふうん、死んぢやつたのね」。言葉のオブラートが利かない、荒磯は「そんな子なんだな、これは覺悟が要るぞ」と、心を引き締めた。
【ⅱ】
幼稚園で荒磯は、早速「洗禮」を受けなくてはならなかつた。「力子ちやん、おうちではだうしてゐます?」と担当の先生が訊く。「?」‐「いやね、同じ組の子の親御さんから、苛めを受けてゐる、と云ふ相談が來ていて、だうやら苛めてゐるのは、力子ちやんだと云ふ事らしいんですよ」‐「はあ」
力子は「意地惡つ子」だつたのである。「普段の」肝戸ではなく、「もう一人の」肝戸の性格が、遺傳したらしい。「これは厄介だな」と、荒磯思はざるを得ない。*【魔】である彼だが、彼は至つて性格が良い方で、人に苛めをしたりした事はない。所謂「苛めつ子」の氣持ちは分からなかつた。本人を叱つて、と云ふには、彼と力子にはまだ触れ合ひが足りない。(やんはり云ふしかないか、それも面倒だな。)とは云へ、苛められた子の事を考へたら、さうも云つてゐられない。
カンテラさんに相談してみやうかなあ、と荒磯、ぼおつとだが思つた。
* 当該シリーズ第55話參照。
【ⅲ】
カンテラは「うーむ、『もう一人の』肝戸の性格が遺傳したんだなあ」荒磯の思つた事と、同じ思ひらしい。だが、カンテラ、荒磯に無理を云つて預かつて貰つてゐる、と思つたやうで、「一度力子ちやんを事務所に連れて來てくれる?」と云ふ。で、善は急げ、で、その足で荒磯、力子を事務所に運んだ。
するとだうだらう、タロウが吠える...(こりやいけねえ。【魔】だ。)荒磯愕然とした。荒磯の事はタロウ、覺えてゐて、吠えなくなつた。と、云ふ事は、タロウ、力子に向かつて吠えてゐる、としか考へられない。
カンテラは仕方なく、「相談室」ではなく、ポーチで力子と面談した。「だうして苛めをするの? 氣分がいゝから?」‐「さうよ。苛めをすると、氣持ちがすかつとするの」‐本当に「こりやいけねえ」だ。彼女は【魔】に心を奪はれてゐるのだ。だが、いかなカンテラと云へど、5歳の子を斬る趣味は持ち合はせてはゐない。
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〈佛壇に上げし菓子をば頂きぬ川越の菓子芋のケイキよ 平手みき〉
【ⅳ】
「たぶん子供の【魔】なんだらうなあ」と、カンテラは云ふ。荒磯、「斬らないで下さいよ。彼女が可哀相だ」‐「勿論、斬りはしないが... 荒磯くん、一つ用事を、いゝかな?」‐「用事、ですか」‐「彼女の躰から、【魔】を拔き出したいんだ」‐「そんな難しい事が、僕に出來ますか?」‐「乘り掛かつた船だと思つて、協力して慾しい」‐「はあ」
それは、彼女の好きな食べ物を訊く、と云ふ事だつた。力子「苺のショートケイキ。大きい奴よ」との事。で、荒磯、苺のショートケイキを買つて、力子に食べさせた。カンテラ、それは【魔】の嗜好だと云ふのだが... 力子がまだ食べ終はる前に、荒磯、脊中をドン! と叩いた。力子は当然の如く咽る。すると‐【魔】らしきもう一人の子供が、彼女の口から出て來た!
【ⅴ】
カンテラすぐさま荒磯のワンルームマンションの部屋に上がり込み(後を着けてゐた)、その「子供【魔】」の首根つこを摑んだ。「おイタが過ぎるぞ。これ以上力子ちやんに憑依を續ければ、彼女ごと斬るからな!」‐「子供【魔】」は震へ上がつた。
【ⅵ】
「子供【魔】」はどろんと消えた。急ぎ、力子に冷たい紅茶を飲ませた荒磯、「へえ、上手いもんだなあ」と、カンテラの手際に感心してゐる。「前にもかう云ふ件があつたんだよ」と、カンテラ。
幼稚園側の話では、苛めはなくなつた、と云ふ。「作戰成功だ!」。荒磯、喜んだ。
【ⅶ】
「これ、僕のほんの氣持ちですが‐」と、荒磯、カネの包みをカンテラに差し出した。「あゝ、氣持ちだけ受け取つて置くよ」と、カンテラ、断つたのだが、だうしても、と荒磯は聞かない。「仕方なく」、カンテラそのカネを押し頂いた。本当の力子は、ケイキよりお饅頭が好きだと云ふ事だ。【魔】は消え去つたのだ。力子に一歩近づいた氣分で、荒磯は嬉しかつた。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈いつまでも殘暑晝見る惡夢かな 涙次〉
お仕舞ひ。