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第9話「輝きと空虚感」

「敵は、いなくなった?」

「多分ですけど、敵ってものは、ずっと存在し続けるものなのかなって」


 きっと私たちは、これから何回も、何十回も、何百回も、選抜されていくのだと思う。


「永遠に、敵を排除することはできないのかなって」


 今は大学受験や就職活動くらいしか浮かばないけれど、世界はより良い方が選ばれるっていう現実と私たちは向き合わなければいけない。


「でも、選ばれないからって、そこで人生は終わりませんよね」

「確かに」


 私の背中を、真っ先に押してくれる理解者がいる。

 それって、こんなにも心強いことだと自身の経験を通して知っていく。


「幸せを奪い合う人生にも、終わりはない。だったら、新しく幸せを作る必要があるのかなって」


 賞賛の声も、未来を約束されたかのように寄せられる期待が嬉しかったときもある。

 けれど、それらの声は次第に、自分の中の空白を広げるきっかけとなった。


「幸せになりなさいって言葉、正直、無責任だって思うこともありました」


 世界中の輝きを集めたような人生を送る人がいる一方で、どこか空虚感漂った毎日を送る人もいる。

 自分だけが取り残されたような感覚に陥ったことがあるからこそ、自分の幸せを見つけるのも作り出すのも自分だけだと気づくことができた。


「その、幸せになる方法が分からないから、困るんです。悩むんです。苦しいんです」


 ただ、一歩踏み出さなければ、私の時間は止まったまま。

 ずっと、困ったまま。だと、遥はなんとなく感じていたのだった。

 ずっと、悩んだまま。

 ずっと、苦しいまま。


「でも、自分を幸せにしたい。幸せになりたいって気持ちは消えない。だったら、幸せになること、諦めていられないなって思いました」


 ピアサポート部員のような、それらしい言葉を紡いでいく。


「未来に待っている幸せが、無限であるといいなって」


 不安定としか言いようのない私の言葉を見守るように、春の空に柔らかな紫色が広がっていく。


「幸せを奪い合うのではなく、その先、その先で、幸せを見つけていくことが大切なんだって」


 遠くからは鳥たちの鳴き声が、そよ風に乗ってくる。

 青春らしい世界が広がっているのに、その青春らしい日々を自分は送ることができるかという不安は尽きない。


「見つけたいな、幸せ」


 波打ち際で、光が煌いた。

 彼の言葉に反応するようなタイミングで、寄せた波が沈みかけた太陽の光を抱き締めたことに気づく。


「羽澤さんと敵になったら、勝てる気がしないから」


 茶化すような言い回しをしてくるのが、記憶の中にいる小学生の彼と重なる。


「河原くんの敵が、少なくなりますように」


 波音にかき消されてしまうくらい小さな声だったはず。

 周囲の騒音に飲み込まれてしまったって可笑しくないのに、隣に並んでいた彼が私の顔を覗き込んできた。


「みんながハッピーエンドとか、憧れるね」


 潮風が、髪を撫でる。

 後悔のない人生を送りなさいと言われても、みんなが後悔のない人生を送れるわけない。

 現実を知り始めている私たちを叱咤するためなのか、現実を知っている私たちを慰めるためなのか、風が溢れそうになる涙を攫うために吹き抜けていく。


「敵との闘いが終わっても、ちゃんと笑えるようになりたい」


 河原くんの瞳が潤んでいるようにも見えるけど、彼は彼のまま。

 決して、泣かない。

 追いかけ続けたくなるほどのかっこよさを、今日も彼は魅せてくれる。


「羽澤さんと話してると、落ち着く」


 真正面から、声が届けられる。

 優しい声。

 優しすぎる声が、私のことを呼ぶ。


「好きだな、羽澤さんのこと」


 彼の瞳を見たい。

 でも、躊躇う。

 でも、見たいと思った。

 そんな不可解な言動を繰り返していた私は、今ではいとも簡単に彼を真っすぐに見つめられるようになる。


「河原くん、優しすぎます」


 彼は、きっとこういう人。

 同級生の面倒見が良いどころの話ではなく、心の底から優しい人。

 突き放してくれたっていい。

 今まで起きたことを、冗談で済ませたっていい。

 それなのに、返ってくる言葉は私を気遣うもの。


「私も河原くんみたいに……」


 彼が、笑ってくれている。

 気を遣って、穏やかな笑みを浮かべているだけかもしれない。

 けど、彼が優しい眼差しで私を見守ってくれることに安心した。

 瞳から溢れ出そうになる雫を堪えながら、なるべく口角を上げた笑顔で彼と向き合う。


「誰かを勇気づけることのできる人になりたいです」


 今は、無理矢理に作り込んだ笑顔かもしれない。

 でも、いつかは彼の前で、自信を持って自然な笑みを向けられるようになりたい。


「何か特別なことなんてしてないのにね」


 向けられた言葉は悲しいものに思えたけど、彼は優しい笑みを浮かべてくれた。

 もうすぐで色を変える太陽の光が、私たちの顔を綺麗に飾る。


「ただ、そこにいただけ。それだけが、俺にできる唯一……」

「そうやって、自分に自信をつけていくのかなって思いました」


 高校の卒業を待たずに、進級するだけでも私たちは新しい人に巡り合っていく。

 新しく出会う人に素直な気持ちを伝えられるかといったら、それは難しい。

 それでも次から次へと新しい出会いはやってきて、私たちは自分にできる何かを探していく。


「だって、ただそこにいるってことが、こんなにも大きな力を与えたじゃないですか」


 今後は逃げることなく、彼に向けての気持ちを叫ぶ。

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