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第4話「おめでとう」

「羽澤さんが、独りで抱えなくて良かった」


 胸に込めていた思いが綻んだ瞬間、涙が溢れそうになった。

 誰かに相談することで、感じられる温かさがあるということを初めて知った。

 その温かさを伝えるために、私は鐘木(しゅもく)高校ピアサポート部を続けたい。

 一年後の未来は見えてこないけど、そんな気持ちが生まれるようになった。


「ピアサポートの部員として頑張る羽澤さんは、すっごく素敵だけど」


 河原くんの優しい声が、張り詰めていた気持ちを少しずつ緩めてくれる。


「他人を助けなきゃって想いに駆られた、お人形さんみたいだったから」


 独りで家に帰っていたら、きっと私の指先は熱を失っていたと思う。

 でも、彼が手を繋いでくれるから、私は熱を逃がすことなくいられる。


「他人を頼ったところで、何ができるんだって思うときもあるけど」


 人は、独りで生きていくことはできない。

 だからといって、他人を積極的に頼ろうとはならない。なれない。


「羽澤さんが、他人を頼れる人で良かった」


 でも、彼は魔法のような言葉をくれる。

 本当に魔法ってものがあるんじゃないかって思ってしまうほどの優しさに包まれて、少し油断すると涙を流してしまいそうになった。唇を結んで、踏ん張ってみせる。


「ちゃんと声、出せる人で良かった」


 優しい言葉を前に涙を流すことは簡単だけど、踏ん張って、耐えた。

 お母さんを笑顔にしたいって夢の先に、まだ秘めた夢がある。

 その夢を叶えたいから、自分の足に力を注ぐ。


「こんな俺を受け入れてくれたんだから、羽澤さんには……」

「河原くんが、自分のことを否定しそうになったら」


 繋ぐ手に、力を込める。


「こんな風に……そんなことないよって伝えます」


 泣きたくなるような衝動に駆られているけど、私たちは顔を上げた。

 少しでも油断すると重苦しい空気が流れると知っているからこそ、私たちは顔を上げて、互いを視界に映して、視線を交えた。


「私たちの未来は、大丈夫です。きっと、何も心配することない……はずです」


 なるべく声は穏やかに。

 繋いだ手に、ぎゅっと力を入れる。

 そして、震えそうになる唇をきゅっと結んだ。


「うん、俺たちの未来は、きっと大丈夫」


 河原くんの言葉を最後に、繋ぎ合った手が自然と離れる。

 鍵を開ける手に躊躇いを感じるけど、その躊躇いを振り払うように意を決する。


「お母さん、ただい……」


 家の中に待っているのは、静寂ではない。

 そう信じて、玄関の扉を静かに押し開いたときのことだった。


「ごめんね、ごめんね、灯里(あかり)……」


 扉を開くと同時に、私を出迎えてくれた人がいた。


「お母さ……」


 そこに、確かな温かさが存在した。

 私を抱き締める母の姿に、息を呑んだ。

 母の温もりを通して、これは幻ではない。

 これは現実だってことを、体が、脳が、受け入れていく。


「お母さ……ん」


 期待は裏切られるものだと思っていた。


「ごめん、ごめんね……」


 いつも、期待なんてものは裏切られてきたから。


「お母さん……っ!」

 言葉にならない想いを伝えるように、母の胸に縋りつく。

 温かな腕に包み込まれ、母の温もりを記憶に焼きつけていく。


「どうして、どうして……」


 どうして、帰ってこなかったの。

 そう言葉を繋ぐはずだったけど、それらは答えが返ってくる前に答えを知っている。

 私に、幸せになってほしいから。

 私に、より偏差値の高い学校で学んでほしかったから。

 より良い教育を受けさせるために、お金が必要だったから。


「っ」

「ごめん……ごめんね、灯里(あかり)……」


 お母さんの声は、不安を隠しきれないかのように震えていた。

 お母さんだって、生きていくのに不安だってことが伝わってくる。


「お母さんと、一緒にいたい……」


 お母さんは、私をしっかりと抱き締めてくれる。

 お母さんの小さな体が痩せ細っているのに気づくけど、その細さを支えるだけの力がまだ私にはない。


「お母さんと一緒が、いい……」


 私の髪を撫でながら、お母さんは何度も何度も頷いてくれた。


「私も……灯里といたい……」


 お母さんの鼓動が聞こえるたび、母からの愛情を胸いっぱいに感じた。


「灯里の、お友達……?」


 母の温もりに甘えていた私は、お母さんの顔も彼の顔も確認することができなかった。

 けれど、いつまでも彼を放っておくわけにはいかない。

 お母さんを失ったと焦る私を助けてくれた彼に顔を向けるために、母の温もりから離れようとしたときのことだった。


「河原、梓那(しいな)くん?」


 溢れた言葉は、河原くんの自己紹介ではなかった。

 河原梓那くんのことを小学生の頃から知っていたのは、私だけではなかった。


「小学生のとき以来かな? おっきくなったね」


 まだ世間のことを良く知らない小学生を、温かく見守ってくれていた大人たちがいたことを思い出す。


「河原、梓那です」


 母の温もりから抜け出して、彼が立つ方向を振り返る。


「今、灯里さんと同じ高校に通ってて……」

「おめでとう」


 母が、優しい声をくれた。


「灯里も、河原くんも、合格おめでとう」


 何かに吹っ切れたような、綺麗な穏やかな笑みを浮かべたお母さんが、そこにいた。

 数週間遅れた《《おめでとう》》の言葉を、私たちは、今日、受け取った。

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